第73話 気づいたらいつもの光景

「はい、あーん」


「……」


「無言で食べない。ね、美味しい?」


「美味いっすけど。いやなんでセンパイの弁当食うのに食堂に来なきゃいけないのか」


「今日、残念ながら雨。屋上は使えないしね」


「まあ、それはそれとして。いや普段からあーんとかしてないっすよね」


「ん? 気分」


「その天邪鬼な気分がこう、天気の悪い日に重なるのやめてくれよ!」


「こらこら。雨は農家にとって恵みの天気っていうじゃない? そう邪険にしなくても」


「んじゃあ今から土砂降りの屋上で昼飯食います? 俺ら雨に打たれない安泰な場所で飯食ってますけど?」


「あっ、そのほうれん草の胡麻和え美味しそうだね。ちょうだい? あーん」


「無視しないで? えっ、あーんされたあとに俺からもあーんするの? 馬鹿じゃね? 誤解が誤解を練りに練って招くよ?」


「あーん」


「……キリがないんで、これで」




「颯。本当に、嫌味もなく、疑いもなく聞きたい。本当に、お前『橘桜先輩と付き合ってない』んだよな?」


「何度も言うけど『付き合ってない』なんなら『恋人でもない』もオマケで入れておくぞ。最近、周りが勝手に俺とセンパイが『恋人』って言ってるらしいし」


「殴っていい? あ、いや殴らせて? 反撃されると俺、次の大会出られなくなるぐらい重症になるかもしれないから、許可だけして?」


「ようわからんが、力入れておくから腹ぐらいなら」


「ってそうじゃねえよ! お前、橘先輩と食堂であーんされたあと、普通に『頬にキス』してたろ!!」


「ああ、うん。なんか、センパイが代わりに『あーん』してくれっていうから。あの場合、次に次にってずっと続くから『頬ちゅっ』で止めてないと永遠に続くから」


「は? 『頬ちゅっ?』 何それ異世界語? え? え!?」


「センパイのようわからん我侭は、頬にキスすると急に大人しくなるんだわ」


「ああー、ごめん。蹴っていい? もちろん殴るの前提で。あとお前は絶対に反撃しないで」


「やめろ、俺だって痛いのは痛いし。てか、センパイもあんな場で悪ふざけするの止めて欲しいんだよね」


「人目がなければ普段からあんな事してるの!? え、本当にお前ら付き合ってないの!?」


「何度も言うけど、俺とセンパイはそんな関係じゃないって。まあ仲はいいかもだけど。一緒に居て安心できる人っていうか、まあお前とくだらないやり取りしてる感じだよ」


「……怖っ、えっ? いやごめん。もしかすると俺とお前、もうお友達で居られないかも」


「なんでだよ! おかしくね? お前もセンパイも、同じぐらい大事だって――」


「はいストップ。もう、お前は頭いい癖に勢いで言葉を口にしすぎ。俺と橘先輩は同じじゃない。お前は同じように思ってるかもしれないけど、実は全然違うから。オッケー?」


「いやようわからんけど」


「わかった頃に、頭抱えるほど悶えておけよ?」

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