第65話 怖い
颯君が風邪を引いたとお母様から聞いた。
きっと、雨の時の所為だ。
颯君に甘えたくて、ビニール傘と折り畳み傘持ってるのに、彼に相合傘をさせた。
気づかないわけない。彼の肩はずっと濡れててた。
腕を組んで少しでも近づいたけど、やっぱり彼を雨に打たれさせて。
とどめではないかもしれないけど、車が跳ねた雨水を抱きしめる様に庇ってくれた。
嬉しかった。
泣いてしまいそう。
彼に傘を貸して、私は折り畳み傘をさせば、彼は風邪を引かなかったのでは?
泣いたらダメ。
悲しいと思ったり、後悔したからって、泣いて済まそうなんてしてはいけない。
少しでも彼が回復するようにと、ご飯を作った。
美味しく食べてくれた。
嬉しい。
体を拭いてあげた。
そのまま横になって、私に頭を撫でてほしいなんて言ってくれた。
可愛い。
一日で治るはずもなく、彼を病院に連れて行った。
単なる風邪だと医者に言われた。
安堵した。
またご飯を作った。
嬉しそうに食べてくれて、処方箋を飲んでゆっくり寝てくれた。
安心した。
嫌悪感しかない。
彼に優しくしたふりをしているだけだ。
もっと意地汚くて、彼にとって私は特別なんだって思って欲しいと心の中にあった。
病気で弱った彼の心に付け込んだ。
つい『頬ちゅっ』もした。つい頭を撫でた。つい――
「センパイ、あざっす。助かりました」
「うん、よかった」
「あれ? センパイなんか顔色悪くないっすか? もしかして風邪移しましたか?」
「多分違う、と思う」
「そっすか。まあセンパイが風邪引いたら俺が今度はお見舞いに行くんで」
「ありがと、でも大丈夫だよ」
「元気だからそう言えるんす。実際風邪引くと、すっげえ心細いというか、素直に寂しいんですよね。センパイがお見舞いに来てくれて凄く嬉しかったっす」
「もう、ばか。簡単にそんな事いうな」
「簡単じゃないっす。センパイに着てもらったから嬉しいって思いました。……センパイは俺が相手じゃダメっすか」
「嫌なわけないし。ああ、もうこっち見て!」
私は、躊躇いなく彼を抱きしめた。
「よかった。元気になって。よかった、よかった……」
嬉しいのは本音だけど、汚い裏心を隠すように颯君を抱きしめた。
「心配かけてすんません」
颯君も優しく抱きしめてくれた。
もう、誰が誰のために何をしたか全然わかんないよ。
「もうちょっと、このままでいいっすか」
「そりゃもちろん。ずっと、ずっと抱きしめて」
「たかが風邪くらいで、なんかお互い大げさになっちゃいましたね」
「大げさなもんか。病気は怖いんだよ。ほんと、怖いんだよ」
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