第54話 また明日ね
「うん、今週も楽しかった!」
「俺はすげえ疲れましたけど。……いや俺も楽しかったですけど」
「なら良かった。私は、そろそろ帰るね。また明日ね」
「まだ昼過ぎですけど。そろそろおやつの時間ですけど。早くないっすか」
「んー? 私が帰っちゃうの、寂しいのかい?」
「正直に言うと、はい。疲れましたし、疲れてますけど、この後の時間をセンパイなしでどう過ごそうかと考えると、少し……ほんと少しですけど、なんか、ちょっと嫌です」
「キミは犬みたいだね。噛み付き癖は強いけど、懐いた相手にべったりって感じ」
「気まぐれな猫のようなセンパイに言われるとムカつきます」
「私は、キミの隣にいると幾らでもからかうよ? くっついたり、下ネタも言うよ? もっと疲れちゃうよ?」
「一眠りすれば治ります。辛かったら明日の学校、午前休んで午後から行けばいいだけです」
「お手」
「……なんなんすか。はい」
「キミの手を握ってると、嬉しい気持ちになるんだよね。帰る前に触れておこうかと。――やっぱ大きくて柔らかくて、安心できる」
「……我侭ですけど、わかってますけど。もうちょっとだけ、一緒に居てくれませんか」」
「そう言いながらがっちりと両手で私の手を握られたら、拒否なんて出来ないじゃんか」
「……」
「……、どうしたの。キミらしい、っていうと失礼かな。でも普段とちょっと違うよ?」
「自覚はあります。自分がおかしいって。今日ずっとセンパイが傍にいたから、急にいなくなると思うと凄く怖い。なんだろ、なんなんだろ、ほんとよくわからないけど、寂しい? いやなんていうか――」
「もうしょうがないなー。夕ご飯前には帰るからね? 映画一本ぐらいは居てあげようか」
「夕飯もうちで食えばいいじゃないですか。風呂だって用意します。着替えは……おふくろに言えば何とかするでしょ、多分。そのあと映画一本ぐらい見ても、明日辛くならないでしょ?」
「そりゃ、まあそうだけど。別に遠慮してるわけじゃないよ? けどキミってそんな……えっと、その」
「らしくないって自覚はあると先も言いました。すんません、迷惑かけます。けどもうちょっと……もっとセンパイと一緒に居たいです」
「ッ! ま、まあ? 『警察犬』が急に『子犬』みたいになっても? 私は年上だし余裕で受け止めて上げるし?」
「ありがとうございます。俺、センパイと出会えてよかったっす。こんな風に、思った事を何も考えずぶつけて受け入れてくれる誰かと出会えるなんて、幸せ者以外の何者でもないです」
「ねえ、なんでそんな悲しい顔してるの? なんで少し震えてるの? 今日は楽しかった日じゃないの?」
「だからです。まるで夢心地です。楽しくて、嬉しくて、センパイと触れ合えて幸せで。でも実は本当に夢なんじゃないってぐらいに。だから、さよならするのが、怖いんです」
「ひとつだけアドバイス。キミが心に抱いた想いは自分だけじゃないよ。相手も、きっと同じような想いを抱いているはず」
「相手の心なんてわからないっす」
「面倒くさいなあ! キミが私と一緒に居たいって思うぐらい、私もそう思ってるの! でも、ずっとは無理だし。だからさ、無理ない範囲で今日はキミの傍にいるよ。だって私もそうしたいし」
「じゃあ――」
「だから約束して。また明日って言葉の意味。絶対に明日も会うっていう想いを素直に受け止めて。キミがさっき言ったように夢のような幸せな日を過ごしたけど、起きて夢でしたなんてさせない。そのままいつも通り顔を合わせて、くだらない話をして、ちょっと遊んで、そしてまた明日って。ずっと、ずっと続くんだから」
どうしてか、涙が止まらなかった。
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