第45話 結・食い意地は、時に奇跡を起こす

 体育館がしんと静まっている。

 そりゃそうだ。

 バスケ部のエース榊純は校内でもそこそこ有名だ。


 それがバスケで負けた、しかも点差がはっきりとあってだ。

 せめて点差が均衡していればこんな雰囲気にもならなかっただろう。


「あっははは! どうですか部長、颯の実力。あいつがいたら本当に全国行けると思いませんか!?」


「疑って悪かった。お前の言う通り、是非バスケ部に欲しい」


 ん? なんだこの流れ。


「颯がバスケ部に入ることに不満がいるやついるか!?」


 え、はあ? え?


「いやあ騙してごめんな。颯をバスケ部に入れたいって言ったら、『二年の帰宅部が今更入っても』って言われてさ。そうなったら実力見せるしかなくて」


「待て待て、俺はバスケ部に入るなんて言ってねえし!」


「全国目指そうぜ! 俺とお前なら行ける!!」


「俺はそういう青春に興味ねえよ!」


 俺は何かに本気になることが苦手だ。

 趣味の映画も、本気なのかと言われると多分違う。

 結局なんだかんだで映画館で見ず、半年後ぐらいに配信サイトで見る程度だ。

 

 俺はそういう、今ここでしかできない何か、という事が苦手だ。

 例えば今流行っている映画を映画館で見るとか、例えば負けが許されない大会とか。

 俺は、そういう今この瞬間がすべてと言う事が、苦手だ。

 



「ねえ、なにそれ。聞いてた話と違うんだけど」




 何故かセンパイが、コート内に入り込んできた。

 不機嫌な顔を隠さず、まったく臆す事無く堂々と純とバスケ部部長に詰め寄った。


「ただ普通にバスケして、そこのバスケ部エース君が颯君にランチ奢るかどうかって話だって聞いてたんだけど。なんか勝手に颯君がバスケ部に入るみたいな流れになってない?」


「それは、その、建前というか」


「ふーん、じゃあ嘘付いたんだ。颯君はあなたのこと、いつも『親友』って言ってるけど、その『親友』は颯君に嘘付いて、入部試験みたいなことさせたんだ?」


「……はい」


「最低。何が全国よ。颯君の気持ちなんも考えてないじゃん。自分達に都合がいいから颯君を巻き込むの? 彼はね、今の勝負のように本気の時は全力だよ。その彼が部活に入ってない意味、考えたことないの?」


「けど、だって勿体無い――」


「それが自分本位だって言ってるの。勿体無いって誰が決めるの? 本人がそう思わないのに周りが勝手にどうこういうのやめてよ」


「……ごめんなさい」


「謝るのは私じゃないでしょ」


 純は俺の目を見ると、ゆっくりと近づき深く頭を下げた。


「すまん! お前と本気の1on1したかったのはマジだけど、こんな強引に部活に誘うような真似して、ほんとうにすまん!!」


「……まあ、入部試験のためにバスケしようぜって誘われたら断ってたし、いいんじゃね。ただし俺は部活には入らないし、お前にスペシャルランチは奢らせる。オーケー?」


「オーケー。悪かった、ほんとに」


「うっせ、許した後にまた謝れると面倒くせえんだよ」


「ドリンクもつける」


「どうせ購買の紙パックジュースだろ」


「何故か五十円高いロイヤルミルクティーだ」


「マジか!」




 更衣室でシャワーを浴び汗を流した後、制服に着替えた。

 ネクタイを結んでいる最中に、ロッカーに置いておいたスマホがブルっと振動した。


「屋上」





「……、ごめん」


「えっ、なんでセンパイが謝るんすか!?」


「キミなら、多分あんな強引な勧誘もちゃんと断れると思ったけど、でもなんでかな、我慢できなくてキミの親友に偉そうなこと言っちゃった」


「結果論でしかないですけど、俺が駄々こねても解決まで時間がかかったかもしれません。センパイが介入してくれたから、あの場がさらっと収まったんですよ」


「勝手にさ、キミは部活入りたくないって言ったけど、実はキミが部活に入っていない理由知らないしさ。これが切っ掛けで親友君と部活で青春って可能性もあったわけだし」


「ああ、もう。体育館での威勢のよさどこ行った。こっちこい」


 俺はセンパイを持ち上げ、膝の上に置いた。

 

「シャワー浴びたけど、汗臭かったらすんません」


「ん。大丈夫」


「俺、嬉しかったです。センパイが俺を庇ってくれたの。俺は部活に入って、それが青春ってのが苦手です。今この瞬間が全て、みたいなのが、怖いんです」


「私も嫌い。今が全てなんて、耐えられない。今じゃない、いつでもいい、けどそれを今やってるから幸せ。そういうのが好き」


「俺もです。俺、今センパイと密着してますけど、別に今までもやってたし、これからもすると思うんですけど、けど幸せです。そういうのが好きなんです」


「似た物どうしだね」


「けど、すんません。『今じゃなきゃいけない』と矛盾するけど、多分今しか言えないと思うから、ひとつだけ言わせてください」


「ん、どうぞ」


「ありがとうございました。センパイが俺のことちゃんとわかっててくれて、本当に嬉しかったです」


「どういたしまして。ケーキご馳走様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る