第44話 転・食い意地は、時に奇跡を起こす

 お互い更衣室で着替え改めて体育館に戻る。

 俺は体育用の運動着、対して純は大会用のユニフォームだった。

 ガチかよ。


 体育館で入念にフォームアップをし、軽くコートでボールの感触を確かめる。

 シュートを何本かゴールに向けて投げた。

 違和感はない。むしろ球技大会の時よりしっくりくる。

 今日は調子が良さそうだ。


 俺と純のウォームアップが終わり、試合を開始する。

 まずはボールを俺が持ち、純にパスをする。

 そして純が俺にボールを返して、試合開始となった。


 ゆっくりと純に近づくようドリブルをする。

 距離がある程度縮まり、純のディフェンスの間合いに入った。

 

「意外だったよ。バッシュ、まだ学校に置いておいたんだね」


「家に置いてても使い道ないからな。洗ってロッカーに入れてそのままだった」


「これでシューズのハンデもないし、久しぶりに本気でやろうか」


「お前の財布から二千円を奪ってやるよ」


 俺は姿勢を深くし、前傾姿勢で鋭い一歩を踏んだ。

 純もそれに反応し腰を深く落とし俺の進行方向にディフェンスを構えた。

 たかが一歩、されど一歩。

 マークを外す様フェイントを入れつつ、しかしきちんと対処されてしまうが、じりじりとゴールに向かう。


 大よそスリーポイントラインに近づいたところで、本格的に駆け引きが始まる。

 俺は同じく姿勢を深くし――そのままジャンプしシュートを打った。

 ドリブルをする際、姿勢をわざと深くしているのは踏み込みを鋭くするためと、相手からボールを取りづらくするため。

 そして、ドリブルと見せかけ、そのまま跳べるようにするためだ。


 純は急いでゴールに駆け出した。

 このシュートが外れたら、リバウンド勝負になるからだ。

 だが俺はそのまま放り投げられたボールを目で追った。

 

 ザッと音がなりスウィッシュを決めた。


「先制点のスリーポイントごち」


「ほんとお前、お前なあ」


 先行を取れた時点で、開幕はこうすると決めていた。

 俺は決してスリーポイントが得意というわけではないが、外して相手に点を取られても、後攻を取って相手に点を決められたのと変わりはない。

 一回だけ運頼みのシュートをする権利があった、その程度である。

 そしてそれが運よく入ったので、まだ運頼みの権利は手元にある。

 

「ほい。取り返すからな」


「まあ素人のディフェンス抜けないバスケ部とか恥かしいよな。それ」


 ボールを返すと、間髪入れず純はトップスピードでドリブルをしかけてきた。

 少し油断していた俺の気の抜けたマークをあっさりと切り返しで抜き、まるで練習のルーティンワークのようなレイアップを決められた。


「いえーい」


「流石に反応できなかったわ。技術的なところはやっぱ負けるわ」


「ダウトー。どうせちょっと気抜いてたろ。ボール投げた時点でマークしてなきゃそうなるだろ」


「俺の先手ではしなかったのに」


「そ、わざとね」


 ある程度の間合いまでは暗黙の了解で近づく、って雰囲気をあえて作ってたのか。

 こいつ、意外と小細工上手くなってんだ。

 ……教えてたの俺だけどさ。


「んじゃ、俺の番な」


 純にボールを投げ、そしてちょっとだけ間があったあと純は俺にパスを出す。

 受け取った瞬間、姿勢を深くし相手のディフェンスを警戒した。

 が、純は先ほどと変わらず申し訳程度に手を広げているだけで俺に向かって来なかった。

 

「ふーん、なるほどね」


「俺は颯の実力は疑ってない。けど、だからこそ、限界も知ってる。俺のようなプレーはできないでしょ?」


「そうだな。お前の真似してここから強引に攻めても余裕でお前に止められるだろうな」


 話しつつゆっくりと純、そしてゴールに近づく。


「颯が得意なのは駆け引き。だからゴールに近い所でディフェンスしないと、抜かれた時のリカバリーが難しくなるんだよね」


「よくご存知で」


 俺にテクニックはない。

 仮に純のディフェンスを突破しても、ゴール間際だとシュートに繋げるための行動が極端に少なくなる。

 距離がないと、相手を振り切るために使った瞬発力でのドリブルの勢いを殺せず、そのままレイアップか、精々ジャンプシュートってところだ。

 純はそれがわかっているから、抜かれても即座にディフェンスに戻り、俺の行動を改めて遮ることができる。


 なので、申し訳ないけれど、先行のアドバンテージを使わせてもらう。


「さあ、運試ししようぜ」


 純の間合いに入る前に、手の力だけでシュートをした。

 その強引なシュートはリングに軽く当たり、そのままルーレットの様にぐるぐると回った。

 純はゴール下に駆け出したが、到着する頃にはボールはリングの内側にゆっくりと入っていた。


「なんなの、絶好調なの?」


「わりと。ボール触って、なんかいけるかなって思った。まあ運頼みだけど」


 先行の有利をいつまでも持っているつもりはない。

 後半になるにつれて、万が一という警戒が強くなる前に強気で打っていくのが俺としては正解だと思っている。


「颯の勝負強さって時々恐ろしいって思うわ。それ」


「よっと。まあ今日は勝たないとならねえんでね」


 パスを出すとすぐに純にマークする。

 先ほどと同じく速攻をするつもりだったようだったがドリブルの姿勢を崩し、慎重に俺を見据える。

 対して俺はあまり深く考えず相手の動きを観察する。

 

 純は右に向かって駆け出す――とみせかけフロントチェンジで左に踏み込みを入れた。

 だが俺はそれを見逃さず、すぐに左を塞ぐ。

 純はそのままロールターンを仕掛けてくるがそれもきっちりと塞ぐ。


「……相変わらず颯のディフェンスは硬いね」


 フェイクをいくら入れても、正直俺にはまり通用しない。

 1on1はオフェンスとディフェンスの駆け引きの要素が強い。

 フェイクを交えつつお互いの予測と直感で攻防をするからだ。


 だが俺の場合、それに加えて『見てから対応』ができる。

 俺は人一倍、相手の重心の動きを捉える事が得意だ。

 さっきの純のフロントチェンジも明らかに右に進むような重心の動きではなかった。

 あくまでフェイク、なので見てから左を塞ぎ、そのあとのロールターンも踏み足が軽かったので察知できた。


「ふう、正攻法じゃ今でも無理かー。じゃあ仕方ない」


 そういうと純は左右前後、いくつも仕掛けると見せかけてすぐに戻る仕草を続けた。

 俺の見てから行動に対するアンサーはこれだ。

 全部本気、もしくはフェイクだと純のドリブルテクニックに追いつかない。

 となると、通常通りの駆け引きに持ち込まれる。


「そいっと」


 そして純の術中に嵌り、無様にもアンクルブレイクされてしまう。

 コートに尻餅を付いている間に、純は見せ付けるかの如くダンクを決めた。


「ヘイヘイ、どうよ。俺だって個人プレーもできるんだぜ」


「知ってるわ。てかなんで球技大会でそれしなかったんだよ」

 

「颯と俺のガチやったら、球技大会しらけるでしょ、一応ね」


 こういうところが爽やかイケメンなんだよな。

 仲を取り持つというか、自分よりみんな仲良くってのが。

 だから周りから好かれる。

 まあ俺はこいつのダークサイドいっぱい知ってるけど、けど本質的には純粋に良い奴なんだよな


「6-4、まあ俺のほうが優勢だし? それ」


「神様お願いスリーポイントしか入れてないのに、そのアド維持し続けるかな? よっと」


 ボールを受け取ると、俺はそのままドリブルで攻めた。

 純は相変わらず動かず、さあこいと言わんばかりに手を広げていた。


 それを無視し、大回りだが純を避けるように右側にドリブルをする。

 俺のドリブルは純のような鋭さはない。

 ましては緩急の付け方雲泥の差だ。

 なので、ある程度距離があるうちに勢いを付ける。


 当然純もそれを追って来る。

 俺の進行方向を防ぐが、俺はそのままフロントチェンジで左に進行方向を変えようとした。

 駆け引きとしてはだいぶ雑なので、純も当たり前のようにディフェンスを切り替える。

 ――それを見てから、俺は軸足を足首だけの力でそれ体勢を右に戻し、重心を右に傾けた。

 バックビハインドでボールを持ち替え、完全に純の体勢が戻る前に空いている右を勢いで抜いた。

 そのまま仕返しの如くダンクで決める。

 ……レイアップ苦手なんだよね。


「つか、颯さ。昔より強くなってない?」


「バスケ自体は昔のままかそれ以下。体の使い方は、ちょっと上手くなってるだけ」


「てか4-8て。あれ、俺追い込まれた?」


「大人しく俺に奢れ。そしてセンパイとの――、あ、いやなんでもない」


「もしかして、勝ったら橘先輩からご褒美があるってか? だから本気なのかい?」


「逆、負けたら罰ゲーム」


「い、意外だね。ま、ほいっと」


「次で終わらせてやる。それ」


 純にパスを出すと、俺はすぐに純――、ではなくゴール下でディフェンスをする。

 あと俺がシュートを決めたら終わり。

 そして普通に点を取っても、俺にまだアドバンテージが残っている。

 先のような攻防を考えると、下手にゴールから遠いところでやりあっても俺が不利だ。


 そして純は俺のようにノーマークだからといってジャンプシュートで無難に攻めて来るかといえば、悪手だと俺は思う。

 絶対がない以上、もし万が一外してリバウンド勝負になったら?

 体格差でリバウンドは俺が有利だ。

 それこそ運頼みだ。

 仮にシュートを決められても8-6で俺の優勢は変わらず、そのまま俺がオフェンスに回るだけだ。

 そして、それこそ俺のお願い神様シュートが入ってしまえばそれで俺の勝ち。


 純はゆっくりとドリブルで進み、お互いの間合いに入る。

 ピリッとした空気がコート内を包む。

 

「……。俺だって意地ぐらいあるんだよ!」


 どれも本気、どれもフェイク。そんなドリブル捌きで俺のマークを振り切ろうとする。

 だが俺は微動だにせず、ただ純の動きを観察する。

 下手に反応すると先のようにアンクルブレイクを受けてしまうからだ。

 

 しばしの膠着の後、俺はわざとフェイクに引っかかる。

 当然純はそれを見逃さずすんなりと俺の抜き去った。


 俺はすぐ踏み足を着いた瞬間、180度捻りそのまま片足で純を追った。

 そして純のレイアップと共にディフェンスファールを取られないようジャンプをする。

 軽く指でボールを弾くだけ、それだけでいい。

 お互いコートに着地し、すぐにリバウンド勝負となる。

 

 ……悪いな、純。

 俺は着地したあとすぐに腰を――ほんの少し落とし、あとは足首の力で跳躍する。

 純はお手本のように腰を深く落としているが、初動で明確な時間差が出ている。

 そして身長差。たった数cmだが、絶望的な差だ。


 俺はリバウンドボールを片手で掴み、そのままリングに叩きこんだ。


 10-4


 結果として、俺の圧勝となった。

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