第34話 食い意地は、時に奇跡を起こす

「球技大会の出場者を決める。バスケは欅、お前は確定な」


「なんでだよ。選ぶ権利ねえのかよ」


「お前に限ってはない。そのでかい図体を十分活かしてくれ」


「横暴だぞこの委員長。つか体育祭もこんなノリだったろ。リコールを要求する」


「安心しろ。クラスの総意だ」


 周囲を見渡すと、何故か男女全員でうんうんと頷いていた。


「一応理由を聞いても?」


「あの『バスケ部エース榊』と是非ガチバトルしてくれ。お前が勝ったら『イケメンざまあ』で、お前が負けたら『あの美人先輩と隙あらばいちゃついてるお前ざまあ』となる。俺ら男子にとって勝っても負けてもwin-winだ」


「クソかよ。てか男子のその謎の恨みはまあ良いとして、女子はなんでだよ」


「榊君×欅君とかそれだけでご飯が食べられる」

「どうしてよ、ここは強面の欅君が攻めでしょ」

「二人で球を取り合う……鼻血が」


「だめだ、腐ってやがる」


「てことで、他のメンバーだが目の前でざまあが見たい猛者四人募集」


「いや待て、俺は納得してねえぞ。俺の図体云々ならサッカーのゴールキーパーとかどうよ」


「うちのクラス、俺も含めてサッカー部十一人いるから。ごめんな、この球技十一人までなんだ」


「じゃあバレー、いやなんなら卓球でもいい」


「残念だ。全部部活に所属しているか経験者がいるんだ」


「くそっ、てかサッカー部がクラスに十一人っておかしいだろ」


「そりゃうちの学校、サッカー部だけは全国区だし」


「……はじめて知った」


「なんかそれはそれで癪だな。まあ、お前の居場所はバスケしかない。諦めてくれ」


「てか参加しないって方向は。球技大会って参加必須じゃないだろ。応援でいいぞ」


「欅はバスケ。先も言ったがクラスの総意だ。恨むなら民主主義を恨め」


「俺から見ると委員長の独裁政権にしか見えねえけどな」




「ってことがあって、今年の球技大会はバスケになりました。正直、一週間前から念入りに風邪を引くよう努力しようかと思ってます」


「いや別に普通に出ればいいじゃん。風邪だってすぐ治るわけじゃないんだよ? 長引いたら私の放課後の楽しみどうするの? てかキミが日々弱ってるの気づかないわけないから、そんなバカな事したら引っぱたくからね」


「完全に道化だよ。せめて普通の理由ならまだしも、あいつ――、あ、純……じゃねえ、榊っていう俺の親友と対戦させるのが目的とか。バスケ部エースに勝てるかよ」


「でも彼のチームだってバスケ部以外もいるんでしょ? ワンマンチーム相手だし、もしかするとがあるかもよ?」


「プロの棋士は歩と玉だけで素人に勝てるんすよ。そういうのっす」


「まあまあ。私も応援に行くから。負けたからって、まあ話からするとクラスメイトからからかわれそうだけど、普通に楽しみなよ。多分、学生生活で最後の球技大会だよ」


「ん? センパイは?」


「三年は自由参加。受験生だしね。競技に参加しないなら登校する必要もないの。だから私、休みにするつもりだった」


「おい推薦組。その運動能力を腐らせるな。クラスメイトがきっと泣いていますよ」


「まっさか。受験組の良い息抜きだよ。私を入れて本気で勝とうって感じじゃないし。別に私は運動は出来ても好きではないし。特に球技大会だと男子の目もあるし」


「ああ、飛んだり跳ねたりするとセンパイの二つの球がゆっさゆさしますもんね」


「セクハラ」


「いや下ネタは普段センパイから振るじゃないですか。なんでジト目で睨むんすか。あと声のトーンすっげえ低くてちょっとビビってます」


「私の場合、自分で自分の体をネタにしてる。キミ、私の体をいやらしい感じの表現した。大違い。わかる?」


「ごめんなさい。以後気をつけます」


「ケーキご馳走様」


「うっす」


「で、話を戻すとキミが折角の球技大会を楽しめればいいんだよね。そこで私から提案、もしキミが勝ったら私、なんでも言う事聞いてあげる」


「万が一もないご褒美とかどうでもいいっす」


「じゃあキミが一点でも入れたらさっきのお詫びケーキ取り消してあげる」


「マジっすか! あ、でもバスケってフリースローでもない限り二点すよ。スリーポイントもありますし」


「そ、だから二点目で逆にケーキ奢ってあげる」


「マジっすか! 季節限定のタルトでも!?」


「喫茶店行くと思うの、キミ結構甘いの好きだよね。紅茶もケーキも」


「甘いは正義っす」


「ちょっとはやる気でた?」


「うっす。せめてシュート一本入れて見せます」




 球技大会当日。

 よく考えれば純のクラスと当たる前に他のクラスに当たって負ける可能性もあったが、幸か不幸か初戦であたった。


「颯とバスケ、結構久しぶりだな。半年ぶりぐらいか?」


「クラス変わってからあんまコートに行かなくなったからな。あと二年になってからバスケ部の活動がいきなり活発になったし」


「それもあるけど、お前大体橘先輩と放課後いちゃついてるから、誘う機会がなかったんだよ」


「……。まあずっと部活に打ち込んでたお前と、ブランクある俺。昔みたくまともに1on1できると思うな。俺はもはや雑魚だ」


「そういって。絶対油断しないからな」


 逆に言えば、純が俺へのマークを徹底してくれる事になる。

 俺にとっては都合が良い。

 クラスメイトと相談した、一矢報いる作戦にはまず純の意識を俺だけに向かせる必要がある。


 試合開始の合図でボールが放り投げられた。

 

 本来ジャンプボールは一番身長の高い俺がやるべきだろう。

 だが相手のチームは目算170cm中ごろ、そしてクラスメイトもほぼ同じ体型の高飛び専門の陸上部がいた。

 俺がジャンプボールに参加し、純の意識を他に回させるよりは陸上部にやってもらうほうがいい。

 

 順調に味方ががボールを弾いた。

 キャッチしたのは野球部のエースピッチャーだった。

 作戦通りだ。


「純、悪いが試合に負けて、勝負に勝たせてもらう」


 事前にお願いしておいたとおり、野球部は豪腕でそのままゴールへ円を描くようにボールを投げた。

 

 相手チームは、この状況がいったいなんなのかわかないだろう。

 入るはずもない、無謀な超遠距離シュートだ。


 だが、これはパスなのだ。


 俺が純の一瞬の隙を付き、マークをかわす。

 そしてゴールに向かって駆け出した。


 ドリブルなら純のほうが圧倒的に速い。

 だが、純粋な速力なら?

 ゼロスタートで踏み切った時の瞬間速度は?


 残念ながら、これは俺に分がある。

 出だしが遅れた時点で、純は俺に追いつけない。


「タルトはもらったあああ!!」


 野球部の投げたボールがゴールに届く前に、ゴール下で思いっきり飛んだ。

 そのボールを片手で拾い、強引にゴールに叩きつけた。


 体育館内がしんと静まり、ただ審判の笛の音が鳴った。


「アリウープダンクとか、おいおい、やっぱ今からでも遅くない。颯、俺と一緒に全国目指そう!」


「うっせ」


 そんなことよりも、体育館の観客席にいるだろうセンパイを探す。

 あ、いた。

 やっぱあの長くて綺麗な髪は目立つなあ。


「センパイ! やったっす! タルトごちっす!!」


 ブイサインを向けた。


「ンッッッ!! もう、あんな無邪気な笑顔浮かべて……。ほんと、もう」

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