第17話 終・自称硬派君の華麗なる休日
昼はなんだかんだで親父の要望と、冷蔵庫事情で手抜きな昼飯を作った。
だが、晩飯はちゃんと買出しをして、作りたい料理の材料がある。
ということで、ちょっと気合入れて晩飯を作った。
「うーん、美味しい」
「美味めえ!」
「美味しい……。悔しい」
三者三様、でもないかもしれんが、まあお気に召してくれたようで。
和食はなんだかんだで手間がかかる。
煮込んだり、漬け込んだりと。
しかし俺はそういうのが嫌いで、焼いた炒めた和えた、はいどうぞってのが得意だ。
メインは鯛の塩焼き。
白身は臭みが少ないので、塩をまぶして1時間程度置いておけばいい。
その間、買ってすぐとはいえ、ちょっとしなびているほうれん草に水を吸わせ戻す。
汁物は味噌汁。和食の定番だ。大根と油揚げ、長ネギを切り、電気ポットで沸かせた水を鍋に移し、少し温度が下がったところで味噌と出汁を入れ、具を入れた。
煮詰まらないよう、けど温度が低くならないよう調整しつつ、具に火が通るようにする。
その間、ほうれん草を水から取り出し、同じく電気ポットで沸かせたお湯を使って、別の鍋で軽く灰汁を取る。
適度に灰汁が取れたら、さらに軽く冷水に浸してシャキシャキ感を戻す。
それを適当に切って、小鉢に添えてゴマと鰹節をまぶし、一品完成。ちょろい。
味噌汁は味見しつつ、味噌や出汁、場合には味醂などで味を調えておけば放置でオッケ。ちょろい。
塩に漬けておいた鯛をグリルで数十分焼いて、完成。
楽なもんだ。一応、おろし大根と青葉を添える
最後にスーパーで買ったナスの漬物を二つ目の小鉢に添えておいた。
誰がどうやっても、その通りやればできるものを褒められるのは正直微妙だ。
俺だって料理は得意とは思っていない。
ネットとか料理本とか、そういう誰かの知識をそのまま模倣しているだけだからだ。
美味しいのは素材が美味しいだけ。
俺が料理上手だと思うのは、料理をしようとしたことがないから。
まあ、言っても仕方ないが。
晩飯を食ったあと、俺が先にシャワーを浴び、後にセンパイがお風呂にはいった。
念のため「うち、基本シャワーがメインだから、湯船のお湯は綺麗です」と言ったら「私もシャワーでいいのに!!」と怒られた。
何故だ、湯船につかるようにしてるって言ってたのに。
「お風呂いただきました」
センパイは少し塗れたままの髪と、もちこんだラフなジャージ姿で俺の部屋に入ってきた。
「ドライヤー使って良いって良いっていいましたよね」
「自然乾燥派。気にしなくていいよ。あ、でもちょっとトリートメントだけはさせて」
そういうとカバン、今思えば人の家に映画見るだけに来るには大きめだなこれ、まあそこから小さな容器を取り出した。
「先に言っておくけどキミの家のシャンプーとかコンディショナーがどうこう言うわけじゃないよ? むしろコンディショナーはうちより高級品かも。でも洗ってて、髪の毛がちょっときしんでるなあて思っただけだから」
そういうとセンパイは容器のポンプから透明な液体を出し、髪に馴染ませた。
「……トリートメントは普通、風呂でやるんでは?」
「これ、洗い流さないトリートメント。美容院でしか買えない、ちょっと高いやつだけど、すっごくいいの」
そういうと再びポンプを押し、トリートメントを髪に馴染ませていった。
「ねえ、どう?」
「髪の話なら、トリートメントつけてすぐどうこうなるもんじゃないでしょ。元から綺麗な黒髪だから違いなんかわかんねえっす」
「ンッッッ!! そ、そうじゃなくて! お風呂上りの女子と二人きりだよ? どうよ男子?」
「強いて言えば、勝手に当日泊まる発言して俺の部屋に居座って、何言ってんだこいつって感じですかね」
「ねえキミ、ほんとに男? 大丈夫? そんな立派な図体して女性とかないよね」
「逆に聞きますけど、センパイから見る男、男子ってどんな扱いなんす? 女と二人きりならすぐこう、不埒な事に及ぼうとするクズだって思ってます?」
「うん。オトコ、キライ」
「即答ありがとう、あと俺も男ね、じゃあなんで泊まりに来てるんだよ。まあ男の俺から言うと、男はそんな簡単に女性を傷つけられる程、野蛮と思うなって事です。俺はセンパイの事、嫌いじゃないし、どっちかっていうと好きですけど、だからって俺の刹那的な欲でセンパイが嫌な思いをする様な事はしません。俺だけじゃないっす、ほとんどの男はそうです」
「ンッッッッッ!! キミは、そういう、そういうのがダメ!! ダメなの!!!」
「センパイこそ思い込みの男嫌い直してさっさと彼氏作ってください。じゃないと俺に彼女ができません」
「……てかさ、なんで彼女欲しいの? 女子相手なら私でいいじゃん」
「恋をした事がないからです。恋して、告白したりされたりして、付き合って。そういう経験がしたいっす」
「私じゃダメなの?」
「逆に聞きますけど、俺の事どう思ってます」
「からかって面白い後輩」
「ですよね。だからダメです。これは恋じゃないです」
「なるほど、なるほどね。うん、わかった。きっと私の覚悟が足りなかった」
「よくわかりませんが、まだ寝るには早いです。何の映画見ます?」
「え? 映画限定? 他にもあるでしょ?」
「映画見るって理由でうちに来て、映画見る以外何があるんですか?」
「それを言われると。でもさ、ずっと映画ってのもさ」
「ダークナイトを2回見ようとした人の意見とは思えない」
「それはそれ、これはこれ。ほんとは映画見て帰るだけだったの! でも泊まって良いって言われたら、また違うの」
「お泊りセット持ち込んでおいて何を……。で、何します?」
「それはキミが決めて」
「母上ー。センパイが母君と一緒に女子トークしたいってさー」
「えっ、ちょっと」
「来た、見た、勝った! 桜ちゃんおいでー、美味しいお菓子と紅茶用意してるわよー」
お袋がセンパイを掻っ攫っていった。
はあ、やっと一人の時間が作れた。
といっても、やる事なんてなんもないけど。
シアタールームで本当は今日見る予定だった映画をぼんやりと見た。
「え、どうしてこうなった?」
「その、キミのお母様が今日はここで寝るようにって」
「そうよー。だって急だったものー。客室も汚れてるし他に部屋も布団もないし、そうしたら颯と同じベッドで寝るしかないじゃない?」
うん、俺の判断ミスだ。
お袋にセンパイをぶん投げたら、どう悪ふざけするかってことを一切考えてなかった。
「もちろん、拒否権はないわよ? 颯が床で寝てたら……わかるわね」
「イエス、マム」
「本当に……一緒のベッドなの? 私、一応今からでも家に帰れるよ? 電車も余裕で間に合うし」
「そうしたら俺がお袋にしばかれる。1ヶ月ぐらい学校に行けなくなるんで」
「どんなお母様なの……。凄くいい人なのに」
「人間には二面性があって、いやお袋の場合両方あってこそお袋なんだけど。優しいし恐ろしいんだよ」
「ああ、だからお父様が私にちょっときわどい質問する時、お母様に睨まれて震えてたの」
親父、センパイにセクハラしたのかよ。しばこう。
「ねえ、本当になんとも思わないの? 今、二人で同じベッドで寝てるんだよ?」
「強いて言うなら、早く明日を迎えたいってぐらいっすね。正直言います。男はやっぱ野蛮です。こういう状況だと、さすがに理性を保てるか自信がないです」
狭いベッドだがお互い極力離れている。
当然センパイと密着なんてしていない。
けど同じベッドで寝ている。それだけで頭がおかしくなりそうだ。
「やっぱ俺、床で寝ます。お袋にひっぱたかれるほうがマシです」
「ダメ、イヤ」
センパイは俺のシャツの裾を弱く引っ張った。
「私が男嫌いを直せば、キミにも彼女ができるかもしれないんだよね。じゃあ付き合ってよ。この状況でも男は女を襲わないって証明して」
「……うっす」
彼女欲しい云々は正直どうでもいい。
センパイがどうして男嫌いかも今はさておいて。
今、震えるような声をしながらも、男嫌いを克服しようとしている。
一歩間違えれば襲われるかもしれないのに。
それに応えられなくてどうするよ。
男は女の守るもの、なんて考えは古いとされている。
別に考え自体が古いとか新しいとか、全員そうあれとか、なんなら男とか女とかどうでもよくて。
俺は、誰かを守りたいんだ。
今この瞬間はセンパイを守りたい。
この出来事でセンパイの未来が守れるなら、俺が理性を保つぐらいどうってことはない。
「ヘタレ」
「朝食の時間、一言目がそれっすか」
結局俺とセンパイは同じベッドで眠り、俺は何時もの時間に起き二人分の朝食を用意した。
トーストとスクランブルエッグとサラダ、コンソメスープという簡素なもの。
お袋と親父は普段から休日の朝は起きないので、自分の分と念のためセンパイの分を用意しておいた。
「映画一本見たら帰るから! キングスマンね!」
あれー? グロいのダメって昨日言わなかったっけ。
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