第16話 絶・自称硬派君の華麗なる休日

 ただ二人で映画を見ていてもよかったが、まさかセンパイが泊まる気だとは思わなかった。

 部屋は来客用、最悪このシアタールームか俺の部屋を貸せば良い。

 センパイは泊まる気満々なので、着替え等の準備は万全とのこと。


 問題は、晩飯だ。


 1人増えても変わらないとかセンパイに言ったけど、それは食材がある前提だ。

 親父が焼き飯提案してくれて助かったよ。今日に限って冷蔵庫にまともな食材がない。

 頼りの卵も、焼き飯をちょっとでも豪華にするためにいつもより多く使ってしまい残り0個。


「あー、センパイ。このまま映画適当に見てていいんで、その間買い物行ってきますわ」


「ん? 付き合うよ。荷物持ちは多いほうがいいでしょ?」


「うん、はい。助かります」




 近所のスーパーで和食をベースにした食材をカゴに入れている。

 野菜もレタスぐらいしか残ってないしし、いくつか買っておくか。



「これ美味しそう」


「プラムっすか。食べたいならカゴに入れてください」


「そだね、うん、そうなっちゃうよね。大丈夫、美味しそうって思っただけで食べたいわけじゃないから」


「遠慮しなくてもいいんすよ? どうせ親のお金で買うだけだし」


「いいの。ほら、次、早く!」




 旬の素材と呼ばれるものがある。

 確かにそれらはどこで買ってもまあまあ美味しい。

 けれど、旬ではないものが不味いのかと言われるとそれは違う。


「白身か赤身か。今日は鮭のほうが美味しそうだけど、気分的には鯛なんだよなあ」


 金額だけなら、鮭と鯛では倍ぐらい違う。

 しかしその値段差を埋めるほどに鯛が輝いている。

 これ、絶対焼いたら美味い。煮付けたら勿体無いぐらいに鮮度がいい。


「兄ちゃん、この鯛の良さわかるんけ?」


「いやどう見ても塩焼きにしたら最強っす」


「わかってるねえ! お隣の彼女も可愛いし、おまけして半額だ!!」


「ンッッッ!!」


「センパイは彼女じゃないですけど、安くしてくれるならよろこんで」


「彼女、がんばりな」


「ンッッッ!! ンッッッ!! ンッッッ!!」


 やめろ、俺の足を蹴るな。地味に痛いわ。




 今日明日ぐらいはなんとか4人分の食料を買いスーパーを出る。

 まあそこそこの量はあったので、センパイが付き合ってくれてありがたい。


「あ、ゲーセンなんてあるんだ」


 帰り道、センパイがうちの周囲にしては珍しい娯楽施設を発見した。


「ね、ちょっと寄ってかない?」


「二人して両手にレジ袋のでかいの持って? 何するの? 馬鹿なんす?」


「プリクラ撮るだけだけからさ」


「いやどこの界隈にお互い両手にスーパー帰りのレジ袋もった奴がそんな写真取るんすか。てかこのゲーセンのプリクラはカップル限定なんで無理っす」


「そんなの自己申告だし。何か言われたら『カップルです』って言えばいいじゃない? ていうか二人で食材の買い物している時点でむしろ同棲してるカップルじゃない?」


「何度もいいますけど、センパイは勉強しかできない頭おかしい馬鹿なんです? 俺はセンパイが彼女って噂を否定し続けてます。なのに撮りたくもないプリクラのために、その噂肯定して何の意味があると思います?」


「女避け。正直、キミはかなり変わってる子だから、変な女子に誑かされたらって思うと心配」


「だから俺は彼女が欲しいって言ってるでしょ」


「まあまあ」


「……あと、こっちが本音っすけど、うちの近所治安が悪くて。一見何もないようで、こういう娯楽施設だと色々と」


 とか説明しているうちに、明らかに恐喝、いわゆるカツアゲをしようしてそうな中学生連中が目に入った。


 1人は気が弱そうな印象を受ける男と、それを囲むいかにも不良って風貌な男数名と、それを見て下品な笑いをしている女。

 そいつらがゲーセンに入っていくのが目に見えてしまった。

 まあこのまま人目に付かない場所か、トイレか何かに連れ込まれるだろう。


「センパイ、俺の手持ちの袋持ってもらえます? センパイが持ってるのは地面に置いても問題ないようにしてるんすけど、俺のは一応持っててもらいたいんで」


「えっ、いいけど、なに?」


「説明する気はないっす。まあ、この辺の治安の悪さの典型例が目に入ったで」





「運が悪かったな、ていうか俺がこの辺の学校離れたからって何しても許されると思ってんのかクズ」


 俺は不良一人が地面に倒れこんだ後、躊躇いもなく顔面を踏みつけた。

 当然鼻っ柱から踏むので鼻血、切れやすい眉からも流血している。

 周りがああだこうだ、ダサい不良が言いそうな陳腐な台詞を無視して、男共を一蹴する。

 見た目と口調だけで、人を見下せるほどこの世は甘くないんだよ。


「もしかして『南中の警察犬』…!?」


 さすがに女は殴らないようにしてたが、年下のくせにケバいババアみたいなクソ女が俺に言ってはいけない言葉を発しやがった。


「そういうの言われたくないから、ちょっと遠い翠巒に通ってるのに、お前らまだバカなの事してんの? お前が言う『南中の警察犬』は女でも容赦しねえって聞いた事ないか? 今からちょっとずつ痛い目見て、このクソどもが『また生まれた』理由問い詰めようか? 答えなきゃまあ、一生ただでさえブサイクが化粧でもどうにもならんぐらいブサイクにするけど」


「言います! だから顔だけは!! もう『南中の警察犬はいないから』って男子が!!」


「ああ、そういう」


 俺が遠い高校に進学したから、まあそういう感じか。

 ほんと、人を虐げる人間の頭はどうかしている。

 別に、俺は今でもここに住んでいるのになんで見逃されるのか。




 クソ女を少し弱めに蹴り飛ばし、気弱そうな少年とゲーセンを出た。


「あのっ、『南中の警察犬』って、『欅颯さん』ですか!?」


「その警察犬の所は一生忘れてくれ。まあ俺は欅楓だが」


「その、ありがとうございますっ! ずっと彼らからお金を取られてて……、ちょっと前なら警察犬がいるから安心って言われてたので」


「うっせ。警察犬言うなつったろ」


 少年に軽く小突いた。


「またなんかあれば俺に連絡しろ。これ連絡先。俺がすぐどうかできなくても、なんとかしてくれそうな奴ぐらいには声をかけるから」


「ほんと、ほんとありがとうございます!! 俺と同じような目にあってる友達にもこの話してもいいですか!?」


「あー、うん。むしろ是非」


 え、たまたまこいつがって話じゃないの?

 ほんと、ガキはガキだな。

 何してもいいって思っている奴多すぎ。

 だから俺、俺たちは何でもやったのに。




「ねえ『南中の警察犬』はさ」


「センパイでも……叩くのはちょっとアレか、弁慶のなんちゃらを軽く蹴りますよ」


「泣き所ね。軽くでも痛いから辞めて欲しいけど」


「じゃあこの話はなかった事に」


「本当に聞かれたくないこと?」


「話して面白い話でもない、て事だけ。中途半端な興味で聞かれると、ちょっと嫌」


「中途半端じゃないけど、でもいつか、絶対に聞くから!」


「うっせ、いいからレジ袋返せ」


 センパイから荷物を奪って、そのまま無言で帰宅……できるわけもなく。


「暴力が良いとかじゃないけど、でもかっこよかったよ。誇っていい、誰かを助けるのに、綺麗事だけじゃ解決できないのが現実だから。だからこそ、誰かを助けたキミは正しいしカッコイイって思う」


「……昔は顔出せば終わったんけどね」


「え、番長とかそんなんだったの!?」


「いつかね、話せる時があるかもっすね」


「まあ、でも、そっか。キミと私も、そんな感じで出会ったもんね」


「……?」


 そういえば、俺とセンパイがなんでこんな風になったのか思い出せない。

 これもまた、俺がやってきたこと、そして今では見て見ぬふりをしてきた代償なのかもしれない。

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