第9話 ネクタイが曲がっている

「あ、ネクタイ曲がってるよ」


 そうセンパイは言うと、さも当然の様に俺へ手を向けてきた。

 俺はそれをセンパイが痛くない程度に払いのけた。


「……普通に傷つくんですけど」


「すんません。条件反射半分と意図的半分でした」


「悪意の塊しかないね! なんでよ、直してあげるだけなのに」


「センパイ、ここはどこっすか?」


「ん? 図書室だけど?」


「そうっすね。みんな無言で読書してたり勉強している所っすね」


 センパイが声を出した瞬間、更に言うとその後俺のネクタイを正そうとした瞬間、この場の99%の人間が俺らに視線を向けてきた。


 こんな状況で当たり前のようにネクタイを直されたら、噂が余計に払拭できなくなる。

 センパイのこういう天然な所はきちんと回避していかないと取り返しが付かない。

 高校時代、彼女のかの字もありませんでしたで終わりたいとは思わない。

 草食系だの絶食系だの流行ってようが、俺は絶賛肉食系を自負している。


「センパイ、ただでさえ目立つし、嘘100%なのに彼氏扱いされている俺が対面にいるんすよ。自重してください」


「うるさい。ここ図書室。静かに」


「すんません」


 俺は謝りつつネクタイを正した。


「もう。元々が不器用なんだから、まだ曲がってる」


 すると、センパイはさっと俺のネクタイに手を向け、俺が払う隙もなくきゅっと締めてくれた。


「よし。キミは背筋も綺麗だし、体格も恵まれてるんだからさ。身だしなみも気をつけたほうがいいよ」


「はい、肝に銘じます」


 じゃないと、また次もこんな公衆の面前でネクタイを、いや例えば寝癖とかですら直されてしまいかねない。

 それは避けたい。避けねばならない。

 ますます誤解と噂が広まってしまう。


 あと、ここ図書室なんで。

 俺らのやり取り見てヒソヒソ話で盛り上がるのやめてくれませんか?

 もうやだ……。



「で、センパイはなんで図書室に俺を呼んだんす?」


 今朝スマホを見たらSNSに着信があった。

 内容は『図書室』といういつものセンパイらしいシンプルな放課後のお誘いだった。


「勉強を教えてもらおうと思って」


「え? センパイが後輩の俺に? 熱でもあるんですか?」


「測ってみる? キミがこないだキスしてくれたこのおでこで」


 さらに周囲がざわざわとする。

 やめて、ここは図書室、静かにして!

 私語厳禁! 周りの迷惑、ていうか俺の迷惑を考えて!?


「別に熱があったとしてもいいっす。で、何を教わりたいんす? 保健体育とか言ったらそのおでこにデコピンするから」


「保健体育」


「せいっ!」


「あ痛っ。女の子相手に本当にそういう事する!?」


「男女平等、ジェンダーフリーが世界のトレンドなんで。あ、そういう勉強ならいいっすよ? あと図書室なんで静かにしてください」


「確かにフリだと思ったから乗った私が悪いけどさ……」


「んで本題はよ」


「実は本当に保健体育って言ったら怒る?」


「分野、というか内容によります」


「私、スポーツのルールを覚えるの苦手でさ。なんとなーく、こうやっておけば良いんでしょ?って感じで試合出ると細かいファール取られることが多くて」


「バスケだとトラベリング、バレーだとタッチネットとか?」


「いや初歩的なのはわかるけど、大体そんな感じ。助っ人として参加はするけど、競技自体は真剣に取り組んでたわけじゃないからさ、良い所までやれても細かいミスで負けることが多くて」


「あれ、助っ人やらないって話してませんでした」


「大人の事情。今度教えてあげる」


「俺まだ高校生のガキなんでいいっす」


「……。で教えてくれるの、どうなの?」


「教わる側の態度じゃないのがすげえっすね。まあ、いいっすよ。てかルールブック見ればいいだけだと思うんですが」


「実際に、こういう場面でこういう事するとってのが本だと想像付かなくって」


「ねえセンパイ。それ、図書室じゃなくて校庭か体育館でやることじゃないっすか?」


「……、確かに」


 センパイはクールビューティ。そんなイメージは正直消えてます。

 ポンコツめ。可愛いからいいけど。


「じゃあ、今度助っ人呼ばれてるバレー部にお願いして、一緒に練習できるようにしてくるから。明日は体育館で」


「いやバレー部にルール聞いてくださいよ」


「練習の邪魔したくないし」


「体育館使わせてもらう時点で邪魔だし、そもそも助っ人依頼してるバレー部は教える義務があると思いますが」


「もう、いつも捻くれた事言って! はいかイエスしか望んでないの!!」


「なんて暴君。あと図書室なんで静かにしてください」


「で、どうするの? はいかイエスかヤーとかイエッサーとか」


「ああもうそんな無駄にバリエーション増やさなくていいんで。わかりました、わかりましたよ」


「やった。ご褒美にランチを奢ってあげよう」


「スペシャルっすか?」


「んー。お肉飽きたから焼き魚定食で」


「いや食うの俺なんすけど」


「私が食べたあまりをあげるの」


「残飯処理? いじめっすか? パワハラっすか?」


「うそうそ。普通に奢るよ」


「まあ、そういうことなら。んじゃまた明日」


 さっさと図書室から逃げ出したい。

 周囲の桃色な視線が辛い、辛すぎる。

 ヒソヒソ声も当然心に刺さる。

 オレ、カノジョ、イナイノニ。


「え、なんで? 予習としてルールブック読もうよ」


「1人で読んでください」


「解説がないと」


「ああもう……」


 最近、ちょっと自覚してるのがすっごく嫌だけど。

 なんだかんだでセンパイの言いなりになっている気がする。

 だから余計話が拗れるんだろうけどさ。

 どうしよ、まだ純の愚痴聞けてないけど、聞いてやった後に相談するか……。

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