閑話 

私が授けた証が役に立ってよかった。

あかりを愛する神として最初の役目、かな。

あかりのことは生まれる前からずっと見てきた。母であるつきよのお腹に宿った時から。いや、そのずっと前からと言っても過言では無いかもしれない。

あかりの母方の血筋の娘たちは代々この神社の宮司等の神職を務めてきた。しかしおよそ4代前、宮司となり得る力を持つ娘が生まれなかった。皆尽力し、どうにか存続しようとしたが力ある娘の居なくなったこの神社は年を重ねるごとに信仰者も減り、廃れる一方だった。その代で一度この神社の歴史は幕を閉じている。

しかし、信仰者もほとんどいなくなり、廃れ、宮司がおよそ50年おらず、主神である私も力を失いかけていたこの神社をこのまま無くしてしまうのは惜しい、と物好きな人間が現れた。それが今の宮司の両親だった。彼らは廃れたこの神社にいつも足を運んでいた数少ない信仰者のうちの2人で、ここで出会い、結ばれ、それなりに幸せに暮らしていた。そんな場所が無くなるのは惜しいと感じたのだろう。彼らはどうにかあかりの母方の血筋の娘たちから力のあるものを見つけようとした。しかし力ある者などただの一般人である彼らに分かるはずもなく難航していた。

そんな彼らを見てこのまま力を失い消えてしまうのはここまで尽力してくれた彼らに申し訳ない、そういえば彼らに幸運が舞い降りていなかったと思い立った私は幾ばくか残っていた力を使い私の存在を明らかにし、更に探している力ある者は数年前まで毎日のようにここに通っていたつきよであることを明かした。しかしその娘は虚弱で、とても宮司など出来そうには無かった。

落胆する彼らを見て私はどうしようもない虚しさに襲われた。力を持つ者がつきよであることはずっと知っていた。なぜもっと早く教えてあげなかったのか、つきよを救う方法は無いのか…。

そうして数日、宮司の代替わりが行われた。たまたまなのか宮司が呼んだのか数年ぶりにつきよが参拝に来た。力ある者が来ると廃れたこの神社も私も少し元気になる。

彼女は宮司たちに何かを話し、参拝堂に移り私に祈る。

「神様久しぶりでごめんなさい。子を宿しました。ですが私は娘と長く共に過ごすことは出来ないでしょう。どうか娘をお守りください。」と。

私はつきよの前に姿を現した。

つきよは幼い頃からこの神社に足繁く通っていた娘だ。とうの昔に「お友達」である。

その頃からつきよは虚弱で急に参りに来なくなることがあり心配でよく様子を見に行っていた。窓から覗けば気づいて笑顔を返してくれる。私は彼女に会いに行くために彼女の守護を司るものになった。

しかしその頃既に私には彼女の病をどうにかできるほどの力はなく、ただ眺めることしか出来なかった。一時的に体調が良くなりまた動けるようになると遊びに来てくれたつきよは、しばらくすると結婚の報告をしてくれた。

そしてここ数年つきよが来れなくなったのは彼女の体を再び病が蝕んだ為、街の方の大きな病院で治療を受けるために引っ越しをしたからだった、急だったので報告に来れなかったごめんなさい…と泣きながら話す彼女に私もうっすらと涙を浮かべてしまった。

今は病状も落ち着き、子を宿らせることが出来るほどに回復したのよ、と先程泣いたその顔で笑うものだからつきよの顔はくしゃくしゃだった。

私にもしものことがあった時には…と続けて言う彼女に私は

「まかせろ。私は君と君の夫とこの娘を護るよ。今は弱くなってしまった力だが、きっと護ってみせる。」

とつい強がってしまった。護る力などもうほとんど残っていないのに。

「その話で来たの。神様。この子に私の力を移せるかしら。私はもう長くないって分かってるわ。だったらこの子に力を継がせたい。そしてこの神社とあなたを守りたい。人の子である私が神様を守るなんて変ね。でも…そうしたいの。」

こんなに虚弱な体でいつまで持つか分からない命で神、いや…私のことも考えるなんて…。

これ程嬉しくも悲しいことがあるだろうか。この娘の願いを何とか叶えてやりたい。しかし彼女の力を娘に移すことなど…。たとえ私に力があったとしても人の子の力の移動はできないのだ。

それでも何か彼女達の力になりたい、願いを叶えてやりたい。

そう思いつつ私はつきよのお腹に触れた。ただ、どうか無事に産まれてくるよう、丈夫な子に、つきよの様に優しい子に。

突然つきよと私がぱぁぁと光った。いや、正確にはつきよのお腹と私の指先が光った。つきよの信仰心が私に力をもたらしたのだろうか。私は力が漲るのを感じた。さすがに昔ほどの力は戻らなかったが、ある程度人の子の願いを叶えられる程度の力が戻ったのを感じた。つきよと私は目を合わせ頷きあった。

彼女の力を娘に移すことはもとより出来ないことであったが私には寵愛の力がある。

彼女たちを愛し護る力だ。力を持ち神社を守る者とその周囲を護るための力。ずっと使っていなかったから忘れていた。

つきよは少しでも長く娘と居られるよう、またその夫には妻と娘を守るが為の力を、そして娘には…たくさんの愛を受け明るく生きていけるよう。

もう一度ぱぁぁと光るとその光はつきよのお腹に吸い込まれるように消えていった。

娘が生まれてから気がついた。つきよから娘に力を移す必要などなかったのだ。その娘は既に力を持っていた。だからあの時、つきよのお腹に触れた時今までにないほど力が漲ったのだ…。

そうして宮司の交代とつきよの参拝が済んだ後、数ヶ月して再びつきよが入院した。病のためではなく出産のためであった。私はいてもたってもいられず病院へと飛んだ。

おぎゃぁぁと元気な産声をあげ生まれたその子は煌々と輝いていた。もちろん一般人には見えない。力の発現であった。

寵愛の力により本来ただの一般人であるつきよの夫も私の存在を認識でき、あかりの力も確認できるようになっていた。

「本当だったんだ…」

そう呟いたその男は私に向かって深々と頭を下げた。

寵愛の力について軽く説明した。信仰を忘れないこと、力にも限度があること、そして今信仰者が少ないために力が弱いこと。全てを聞いた後その男はもう一度私に向かって深々と頭を下げ、つきよの腕の中で眠る娘を覗き込んだ。

「神様もどうぞ」

呼ばれてしまえばその輪に入らない訳には行かないだろう。娘の顔を覗き込み私たちは語らう。

「私、この子をいつまで見ていられるでしょうか。」

「何言ってるんだ。ずっと見ていくだろう。」

「もちろんそのつもりよ。でも…」

「変えられない運命はある。だけど最善を尽くしなさい。私も手出しができないのがもどかしい。すまない。だが私は友人として、君たちの守護者として、あかりを守っていく。あかりはきっと良い子に育つ。」

「僕も1人になったとしてもあかりを必ず守っていくよ。あかりの父は僕だ。君が生きていた証をあかりと共に刻んでいく。いつかくる最後のために、大事に生きていこう。」

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