その5


「こ、これ……! もしかしたらこれが……」

 ごくり、と鳴鈴めいろんつばを飲み込み、その内容を読む。

「【〝つがい〟を解消したくなったら、薬膳酒を作りましょう。その材料もご家庭にある物で簡単に作れます。ぜひお試しください】……怪しい……」

 ものすごく、胡散臭うさんくさい。

 しかし、今までなんの手がかりも得られない中で、ようやく見つけたものなのだ。鳴鈴は念のため、その薬膳酒の材料を確認する。

「……確かに、聞いたことのない材料はないし、これならすぐに作れそうだわ。物の試しに作ってみようかしら」

 作るだけなら特に問題ないだろう、と鳴鈴は判断し、さっそく厨房に向かう。

 白麗びやくらいの家の厨房は自分の食事を作るために使わせてもらっているため、大抵の物がどこにあるかは把握はあくしていた。

 鳴鈴は本当ならば料理なんて作る必要のない立場だが、数多の〝お騒がせ〟を起こす課程で、料理どころか家事全般は一通りできるようになったのである。

 ちなみに、りゆうは食事を必要としないらしい。料理を食べられないということはないのだが、あくまで龍にとって食事は嗜好しこう品。食事をしなくても生きていけるのだとか。龍が生きるために必要なものは、自然の力。龍たちは息を吸うようにそれを摂取しているのだ。

 とはいえ、たまには龍も食事をしてみたくなるようで、どの龍の家にも厨房があるのが一般的らしい。

 鳴鈴は厨房にある物と、本に書かれている材料を見比べる。

 幸いなことに材料はすべて揃っており、書いてあった通りに材料を混ぜて一晩置けば薬膳酒の完成だ。

 鳴鈴は本に書かれている通りに材料を混ぜ、翌日、完成した薬膳酒を器に少しだけ出してみた。

 見た目も香りも普通の薬膳酒と大差はなく、おそる恐る味見をしてみる。

(……変な味はしないわ。怪しげな本に書かれていたものだから、少しだけ疑っていたのだけど……これなら大丈夫そう。期待はあまりできそうにないけれど、一応白麗様のところに持って行ってみよう)

 鳴鈴はさっそく薬膳酒と杯を持ち、白麗の部屋を尋ねた。

「またあんたか。今度はなんだ?」

 うんざりとした様子を隠そうともせず、人の姿を取っている白麗は言う。

(そういえば……白麗様は外に出る時は必ず龍のお姿になるけれど、家の中だと人の姿でいることが多い気がするわ。龍の大きさでも大丈夫なような家の造りになっているはずなのに、どうしてかしら……?)

 鳴鈴がそんな疑問を抱き、考え込んでいると、白麗は「用がないなら帰れ」と言って鳴鈴を追い払おうとする。

 鳴鈴はあわてて薬膳酒の入った容器を掲げた。

「よ、用ならあります! 実は、とある本に書いてあっ……きゃあっ!」

「なっ……!?」

 白麗に事情を説明するために、薬膳酒がよく見えるように白麗の前に差し出した鳴鈴は、勢い余って手をすべらせ、薬膳酒を白麗にかけてしまう。

(わたしの馬鹿ばか……! なんてことをしてしまったの! ふたくらいちゃんとすればよかったのに……!)

 鳴鈴は顔を青ざめ、内心で自分を詰りながら白麗に謝る。

「申し訳ありません……! 白麗様のお召し物が……! すぐに拭く物を用意します」

「……」

「白麗様……?」

 いつもなら、ここで「いい加減にしろよ」と怒りそうなものなのに、白麗はなにも言葉を発しない。

 恐る恐る顔をあげると、白麗の体がぐらりと揺れた。

「え……? びゃ、白麗様……?」

 戸惑とまどって鳴鈴が名を呼ぶと──白麗の体が前に倒れた。

 鳴鈴は慌てて白麗の体を支えようとするが、成人男性と変わらない姿をしている白麗を一人で支えるのは難しく、ゆっくりとその場に寝かせる。

「白麗様……? どうしたのですか? 白麗様?」

 白麗の体を揺さぶり、声をかけても白麗が起きる様子はない。

(……体が熱い。それに、呼吸も荒いわ……いったい、どうして……?)

 考えて思い当たるのは、あの薬膳酒である。

 鳴鈴があれを白麗にぶちまけるまで、白麗の様子は普通だった。

 だから、あれが原因だと考えるべきだろう。

(でも、どうして……? 変なものは入っていないはずなのに……ううん、それよりも、白麗様をなんとかしなくては……! でも、どうすれば……? 龍と人ではいろいろと違うだろうし……)

 鳴鈴は泣きそうになった。

 意識のない白麗の様子は父の姿を思い起こさせ、余計に混乱する。

(また……また、わたしのせいで……! どうして、わたしはいつもいつも、こんな碌でもないことばかり起こしてしまうの……!?)

 自分が不甲斐ふがいなくて、情けなくて、鳴鈴の目に大粒の涙が浮かぶ。

 そんな弱虫な自分になおさら腹が立って、鳴鈴は乱暴に涙を拭う。

「……とにかく、白麗様をこのまま寝かせるわけにはいかないわ。でも、わたし一人で白麗様を寝台に運ぶのは難しいから……とりあえず、毛布を持ってきて……」

 鳴鈴は部屋の中を見回し、毛布を探す。

 白麗が使っている寝台にある毛布を拝借し、床に寝ている白麗に掛ける。その時に枕も拝借し、白麗の頭の下に差し込む。

 そして厨房に行って桶に水を張り、白麗の部屋に運んで、手巾ハンカチらして固くしぼり、白麗のひたいに乗せる。

 バタバタと鳴鈴がやっているとてんがやって来て、床で寝ている白麗と鳴鈴を見比べて、「きゅう?」と鳴いた。

「天……白麗様が急に倒れてしまって……どんどん体調も悪くなっているし……わたし、どうしたら……」

 天が不安そうに白麗を見つめ、ペロリとほおめる。

 そんな様子を見ながら、鳴鈴は再び溢れそうになる涙を必死にこらえていた。

 白麗が起きる気配はまったくない。

 先ほどよりも熱があがっているらしく、呼吸は荒くなる一方だ。

 それに、顔色もどんどん悪くなっている。

(このままではだめだわ……なんとかしなくちゃ……でも、どうやって? 龍ではないわたしにはどうしたらいいのか……そうだわ。同じ龍に聞けば!)

 鳴鈴は立ち上がり、決意した目で天を見る。

「天……しばらく、白麗様をよろしくね」

 どこ行くの? と不安げな天に鳴鈴は真剣な顔で答える。

「わたし……誰か連れてくるわ。だから天はここで白麗様を見ていて」

 だめ、と言うように天が鳴いたが、鳴鈴はそれに構わず白麗の家を飛び出した。

(家の外に出るなって言われていたけれど……あんな状態の白麗様を放っておけないわ。それに、白麗様がああなってしまったのはわたしのせいだもの。わたしがなんとかしなくちゃ……!)

 白麗の家は里から外れたところにある。そのため、誰かに会うためには城に行くのが一番手っ取り早い。

 鳴鈴はひとまず龍王の城を目指して走った。

 前に白麗と一緒に城に行った時は空を飛んでの移動だったため気づかなかったが、城に行く道はとても険しかった。

 龍は基本的に空を飛んで移動する。そのため、城への道は整備されておらず、獣道けものみちを通った。むしろ、獣道があれば良い方で、道なき道を進むこともあった。

 鳴鈴は前に白麗と一緒に城に行った時の記憶を頼りに、城があると思われる方向をひたすら進む。途中で何度も転び、あちこち傷だらけになりながらも、足を止めることはしなかった。

(空と飛んでいくのと歩いていくのでは、こんなに距離感が違うのね……それに、誰ともすれ違わないわ。誰か一人くらいすれ違っても良さそうなものなのに……白麗様は、こんな寂しい場所にずっと一人でいたの……?)

 今さらながらに、白麗が孤立していることに気づき、胸がぎゅっとつかまれたように痛む。

 より一層白麗を助けたいという気持ちが強まり、息を切らせながら、鳴鈴は気力だけで足を動かす。

 もうどれくらい走っただろうか。白麗の家を出てからもう一時間以上は経っている気がする。それだけ進んでも、城にはまだ着かない。

(早く……早く、誰かを見つけなくちゃ……! でも、白麗様と離れたせいか、胸が苦しくて、思うように体が動かない……)

 〝番〟の副作用ともいえる症状が鳴鈴をおそい、思うように進むことができないことが、歯痒はがゆかった。

(もし、白麗様の身になにかあったらどうしよう……? わたしは、本当に役立たずだわ……この瞬間も白麗様は苦しんでいるのに、なにもできないなんて……)

 胸を押さえ、自分の無力感に打ちひしがれそうになりながらも、鳴鈴は一生懸命に足を前に進めた。一歩でも早く城に近づいて、白麗を助けたかった。

 浅い呼吸を繰り返しながら進むと、賑やかな話し声が聞こえてきた。どうやら龍たちがなにやら雑談をしているようである。

 辺りを確認すると上空に龍を発見し、鳴鈴は助かった、と喜んだ。

「あの……すみません!」

 上空で話をしている龍たちに向かって、鳴鈴はできる限りの大声で声をかける。

 すると、龍たちは話をやめて鳴鈴を見下ろした。

「どうか助けてください……! 白麗様が倒れてしまって、わたし、どうしたらいいかわからなくて……!」

 一生懸命に話しかける鳴鈴に龍たちは顔を見合わせる。

 そして、どっと笑い声をあげた。

 鳴鈴はそんな龍たちの様子に戸惑う。

「あ、あの……?」

『ハハッ。人間が我らに助けを求めているぞ』

『よくもまあ、そんな図々しいことができるものだ。我らにあんな仕打ちをしておいて……』

『それに、銀色のが倒れただと? いい気味だ!』

「え……?」

 予想していなかった龍たちの言葉に、鳴鈴は戸惑った。

(どうして……? 仲間が倒れたのに、どうして笑っていられるの……?)

 疑問はたくさん浮かぶが、それを聞いている場合ではない。

 鳴鈴は白麗を助けなければならないのだ。なんとしてでも、彼らに助けてもらわなければならない。

「お願いします、白麗様を助けてください……! わたしでは、どうすればいいのかわからないのです……!」

 鳴鈴は頭をさげて、龍たちに頼み込んだ。

 しかし、そんな鳴鈴に龍たちは冷たい目を向ける。

『人間とはこうもはじ知らずなのか!』

けがらわしい人間め!』

 そう言って龍たちは鳴鈴に向かってするどい爪を振りおろしてくる。

 鳴鈴は胸の苦しさもあって、それを避けるために動くことができなかった。

(白麗様……ごめんなさい……!)

 鳴鈴は白麗に心の中で謝罪しつつ、頭を腕でかばいながら目をつむる。

 誰でもいいから、白麗様を助けて──と鳴鈴が祈った時、

『──なにしているの?』

 と、どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。

 鳴鈴がおそる恐る腕をおろすと、空色の龍が鳴鈴を襲おうとした龍たちと対峙たいじしていた。

『な、なぜ邪魔じやまをする、青嵐せいらん!』

『そうだ。そこの人間にわれらのうらみを思い知らせようと……!』

『……なるほどね。でもさぁ、白麗のところにいる人間に手を出すなって、龍王様から指示があったよね? このことを龍王様が知ったらなんておっしゃるかな』

 青嵐のその言葉に、龍たちは互いに顔を見合わせ、気まずそうに顔を反らす。

『……ここは見逃みのがしてあげる。だからもう、この人間に手を出そうだなんて考えないことだね。今度こんな場面を見つけたら、龍王様に言いつけるから』

 にっこりとして言った青嵐に龍たちは慌てたように立ち去る。

 それをぽかんとして見ていた鳴鈴は、青嵐の深いため息を聞いて、ハッとする。

「あ、危ないところを助けていただき、ありがとうございました! あなたは確か、青嵐様、でしたよね?」

『オレのこと覚えていてくれたんだ』

 空色の龍──青嵐は驚いたように目を見開く。

 そんな青嵐に、鳴鈴は力強く頷く。

「はい! もちろんです! 初めてお会いした時、白麗様の鱗の色も綺麗だなと思いましたけれど、青嵐様の空色の鱗も綺麗だなと思いましたもの!」

『そ、そっか……なんていうか……ありがとう』

 ちょっと引きつった顔をしながら青嵐はお礼を言う。

 しかし、すぐに真面目な顔をした。

『ところで……こんなところに一人でなにをしているの? 白麗は?』

 青嵐のその質問に、鳴鈴も顔を引き締めた。

「実は、白麗様が倒れてしまって……わたし一人ではどうすればいいのかわからなくて、誰かに助けを求めようと思って家を飛び出してきたのです」

『白麗が倒れた……? それは大変だ……! とりあえず、オレに乗って。詳しい話は移動しながら聞くよ』

「はい……! ありがとうございます!」

 鳴鈴は青嵐の言葉に安心した。

(良かった……! これで白麗様は助かるわ……!)

 今ここで偶然ぐうぜん、青嵐と出会えたことに鳴鈴は感謝した。


 青嵐は鳴鈴から白麗が倒れた経緯を聞きながら、白麗を寝台まで運んだ。そして、びしょ濡れになってしまった白麗の服を着替えさせたあと、薬を用意してくれた。

 これを飲めばすぐに良くなると太鼓判を押し、白麗に薬を飲ませると、またあとで様子を見に来ると言って青嵐は帰っていった。

 やはり同族である青嵐は頼りになる。慣れた様子で白麗の介抱かいほうをしている様子を見て、青嵐に途中で会えて本当に幸運だった、と鳴鈴は改めて思った。

 実際、薬を飲ませて少しすると、白麗の顔色はかなり良くなった。

 そんな白麗の様子に鳴鈴は心底ほっとし、良かった、と胸をで下ろす。

 甲斐甲斐かいがいしく看病を続けていると、白麗のまぶたふるえて目が開いた。

「……ここ、は……?」

 最初はどこかぼんやりとした様子で白麗はゆっくりと体を起こしたあと、ぎゅっと顔をしかめた。

「白麗様、目が覚めたのですね……! 良かった……! まだ寝ていてください。白麗様は病み上がりなのですから」

「そうか……おれは……」

 鳴鈴がほっとして話しかけると、白麗は額を押さえながら、なにかを思い出そうとしているように俯く。

 少しの間そうしたあと、白麗は顔をあげてギロリと鳴鈴をにらんだ。

「……あんたさ、いい加減にしろよ」

「え……?」

「毎回のようにあんたの起こす騒動に巻き込まれる俺の身にもなれ。──迷惑なんだよ!」

 鳴鈴は白麗の言葉に、ひゅっと息をんだ。

(迷、惑……そう、よね……わたし、迷惑よね……)

 ──そんなこと、わかりきっていたことだ。

 いつもいつも、鳴鈴の起こす騒ぎは周りの人たちに迷惑をかける。

 ──また公主様が騒動を……。

 ──その騒動の後始末をするこっちの身にもなっていただきたいわ。

 ──また〝お騒がせ公主〟がやらかしたって。

 ──公主様もりないよなあ。

 そんな会話が裏ではされていることも、鳴鈴は知っていた。

 そのたびに、自分が情けなくて、悔しくして。どうしてわたしは黄蓮こうれんのように上手くやれないのだろう、と悲しくなって、涙が溢れた。

 良かれと思ってやったことはすべて裏目に出る。みんなのためにと思ったことはすべて空回り。

 だから、父も鳴鈴になにも頼まないのだ。

(……知っていたわ。わたしは役立たずな公主……お父様のためにできることも、黄蓮のためにできることも、国のためになにかすることもできない……)

 龍の隠れ里に来て、初めて鳴鈴に〝やらなくてはならないこと〟ができた。

 白麗は素っ気ない態度だけれど、基本的に鳴鈴の好きなようにやらせてくれた。

 鳴鈴がなにかをやらかしても、呆れられるだけだった。

 だから、鳴鈴は勘違いをしてしまっていたのだ。

 ──自分は白麗に迷惑だと思われていない、と。

(馬鹿ね、わたし……そんなこと、あるはずがないのに。本当に馬鹿だわ……)

 どうして、そんな勘違いをしてしまったのだろう。

 思いあがりもいいところだ。そんなふうに思い込んでいた自分が恥ずかしくて、情けない。

「わたし、いつも迷惑ばかりかけて、本当にごめんなさい……ごめんなさい、白麗様……」

(……泣くな。わたしに泣く資格なんてない)

 鳴鈴は必死にそう自分に言い聞かせて、涙を堪えようとした。

 しかし、その努力もむなしく、目には涙が溜まって、今にも溢れそうだった。

 咄嗟とつさに鳴鈴は顔をうつむかせ、深々と白麗に頭をさげることで、白麗に涙を見せないようにした。

「本当に……申し訳、ありませんでした……」

 もう一度、謝った鳴鈴に白麗は返事すらしない。

(それだけ、白麗様は怒っていらっしゃるのだわ……自業自得ね)

 鳴鈴はそう自嘲じちようした。

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銀龍蓮華録 お騒がせ公主、龍の番になりました!? 増田みりん/ビーズログ文庫 @bslog

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