第五話―⑤ 双葉・襲来



「ねえ、無理しなくていんですよ。ただでさえ、重い物を持ってるのに」

「いいから、いいから! 俺に任せときなって」


 買い物が終わり、店を出る。あてが当たり、おしようもお野菜も特売品を買えたのは良かった。けど、それらはせいぜい片手に持てるくらいの量なのに、はるくんときたら、自分が持つと言ってきかないのだ。


「これでわかさんに持たせたと知れたら、母ちゃんに何言われるかわかったもんじゃないし。ね、俺を助けると思って頼むよ」


 ずるい。そんなふうに言われたら、断ったりできない。

 じろり、と上目遣いににらんでみるが、笑ってかわされた。

 仕方ない、ここは素直に彼の好意に甘えよう。


「さて、買い物も終わったし、かでお茶でもしていかない? 母ちゃんはもう帰ったってメールが届いたから、気兼ねしなくていいよ」


 言われて、時間を確認する。夕飯がお鍋なら野菜は切って煮るだけ、少しくらい遅くなっても平気だろう。傷みそうな食材もないし、うん、大丈夫、大丈夫!


「あ、じゃあ……いつものケーキ屋さんなんて、どうかな? 新しいメニューも増えたみたいですよ」

「お、そいつはいいね! それじゃ、決定!」

「はい!」


 一応、お母さんに少しだけ遅くなるとメールを入れておいてーっと。よし、これで安心。

 ケーキ屋さんはすぐそこだ。足取りも軽く、私達はいそいそとそちらに向かう。

 お店の前に着くと、お客さんが次から次へと入店していく所が見えた。人気のお店だけあって、人の入りもすごいのだ。


「さ、早く入りましょ。座れなくなったら、それこそ一大事だもの」

「本当に若葉さんはここのケーキが大好きなんだなあ。よし、それじゃあ中に……」

「──あれ? お姉ちゃん?」


 んん? 良く聞き慣れた、この声はまさか──


「やっぱりそうだ! こんなところで会うなんて、珍しいね!」

「ふ、ふたぁ!?」


 ま、またこのパターンなの?

 どうしてこの子は、いつもいつもこんな絶妙のタイミングで現れるのよ!


「あれ、その名前って、確か……」

「う……はい。双子の妹の、双葉です」

「あ、やっぱり! そうじゃないかと思ったんだ」


 ぽん、と手をたたくと、はるくんがふたに向き直り、頭を下げた。


「どうも、初めまして! いる晴斗と申します!」


 初対面の女の子相手でも、全くものじしないのはすごい。コミュ力のお化けみたいな人だ。

 だが、それは我が妹も負けていない。ニパッと笑うと、可愛かわいらしい一礼をしてみせた。


「あ、どうもどうも、ごてーねーに! あさ双葉です!」


 相変わらず、ハキハキと元気が良い。お外でも変わらないんだね、この子は。


「お姉ちゃんのお友達ですか? 男の子と一緒なんて珍し……ああ、そういうことかあ」


 双葉の笑顔が邪悪にゆがむ。ウシシシシ、という妙な声を上げながら、私の脇を肘でつついてきた。


「この人が、お姉ちゃんの良い人なんだね?」

「うっ! その、えっと……!」

「隠す事ないじゃん、水臭いなあ! 入間さんだっけ? いつもお姉ちゃんがお世話になってまーす!」


 晴斗くんの容姿を見ても、双葉は何一つ嫌そうな顔をしない。人を見かけで判断しないのが、妹の美徳だ。正直、ホッとした。良い子だと知ってはいるけど、双葉は少々、空気の読めないところがある。彼に失礼な事を言わないか、心配だったのだ。


「いえいえ、とんでもないッスよ。こっちこそ、お姉さんにはいつも良くしてもらってますし」


 晴斗くんがこちらを見て、何やらニヤッとした。う、嫌な予感がする。


「妹さんの事、お姉さんからよく聞いてますよ。いつも元気で優しい、自慢の妹だって!」

「ちょ! ははは、晴斗くん!? な、何をいきなり!」

「へえ……『晴斗くん』ねえ?」


 私の言葉尻を捉え、双葉がニンマリ笑う。晴斗くんは晴斗くんで、悪戯いたずらを成功させた、とばかりにおなかを抱えて爆笑してるし、もう!


「くくく、わかさんは本当に照れ屋で困っちゃうよ」

「あー、そういう事を言うの? ふーんだ、そんな意地悪をする人には罰が必要ですね。明日のお弁当のおかず、梅干しだけにしてやるから、覚悟なさい!」

「ちょ、それはマジ勘弁! 毎日の楽しみを奪わないで!」

「ふふふーん、どーしよっかなー?」

「私めが調子に乗っておりました! どうかこのほうめに、ご慈悲を!」


 ふふ、あいのないやり取りが、本当に楽しい。彼と話しているだけで、心が弾む。


「……うっそぉ。あんなお姉ちゃん、家でも見た事ないよ。一体、どんな魔法を使ったんだろ。ムムム、ああ見えて凄い人なのかな、入間さん」


 っと、いけない。ふたを放って二人で盛り上がってしまった。


「あ、すみません。はしゃぎすぎちゃって」

「いえいえ、構いませんとも! 仲が良いんですねえ、二人とも! 何だかけちゃうなあ、いひひひひ」

「もう、またそんな事を言って……双葉ったら」


 ……まあ、いずれ家族に紹介しようとは思ってたし、ここで会ったのも何かの縁ってやつなのかも。幸い、はるくんも双葉もお互いに悪印象はないみたいだし。

 うん、そうだ。ある意味、手間がはぶけて良かったと、そう前向きに考えよう。


「ねえ、双葉? 私達、これからこのケーキ屋さんに行くんだけど、良かったらあなたもどう?」

「あ、そうなんだ! それは奇遇だね、私達もここに寄るところだったんだ。お邪魔虫がいて良ければ、ご一緒しようかな?」

「あ、お友達が一緒なんですか?」

「はい……って、しまった!」


 いきなり、双葉がとんきような声をあげる。


「お姉ちゃんを見つけた瞬間に猛ダッシュしたから、みんなを置いて来ちゃった! あちゃー、ちなっちゃん達はともかく、かずっちは怒ってるだろうなあ」


 あ、相変わらずというか、何というか。目の前の事に全力投球しすぎる子だ。


「ちょっと、双葉! いきなりあたしを放っておいて、どこに行くのよ!」

「うわ、ごめん、みんな!」


 怒鳴り声と共に、三人の少女がこちらに走り寄ってきた。

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