第五話―⑥ 予期せぬ再会


「ちょっと、双葉! いきなりあたしを放っておいて、どこに行くのよ!」

「うわ、ごめん、みんな!」


 怒鳴り声と共に、三人の少女がこちらに走り寄ってきた。


「……ったく、しょうがないんだから!」


 先頭に立っている三つ編みの女の子が、彼女達のリーダー格なのかな。ムスッとした顔をしつつも、その表情にはどこか諦めが混じっている。きっと、双葉の奇行にも慣れっこなのだろう。うん、妹がいつも面倒をかけてごめんなさい……


「ごめんね、晴斗くん。双葉は、ちょっとそそっかしいところが──」


 ──って、あれ? どうしたんだろう? 晴斗くんがぽかん、と口を開けて三つ編みの女の子の方を凝視しているみたい。彼女に見とれてる? いや、まさか──


「あはは、ふたちゃん、足が速いですねえ……」

「まあまあ、かずも落ち着いて、落ち着いて。怒るとまたシワが増えるよ」


 私が晴斗くんの態度にうろたえているあいだに、三つ編みの子の後ろにいる、残りの二人が会話に加わってきた。どうやら、彼女をなだめて……いや、火に油を注いでる?

 おっとりした眼鏡めがねの子と、ショートカットの女の子。彼女達を合わせた三人が双葉のお友達かあ──って、あれ? 三人の顔に見覚えがあるような……

 ああ、そうだ! いつぞや、コンビニの前でふたと楽しそうにはしゃぎあってた子達だ。

 今日も双葉と一緒だったみたいだし、仲良しの友達グループってやつなのかな?

 なんとなく彼女達をながめていると、その中のひとり、ショートカットの女の子と目があった。


「んん? おやおや、そちらにいるおじょーさんは誰なん?」


 女の子が、私の方を見て首をかしげた。顔立ちがそっくりだから不思議に思ったのかもしれない。目をパチパチさせながら、双葉と私を見比べている。


「ああ、紹介するね! 私の双子のお姉ちゃん! あさわかでーす!」


 わー、と双葉が両手を挙げて叫ぶ。その後ろでは、はるくんが大きな拍手をして、妹の演出に花を添えていた。みょ、妙に呼吸が合ってるね、この二人。


「わあ、本当にそっくりさんなんですね。初めまして、私はとおゆかりです」


 眼鏡めがねの女の子が、礼儀正しくお辞儀をする。


ありもりかずよ。ゆかりとは中学時代から一緒の腐れ縁なの」


 遠野さんの頭をぽんぽんとたたきながら有森さんが笑う。


「ボクはにつなつだよ、よろしくね。おお、双葉とはまた違った、小動物的な愛らしさがあるねぇ、ふふ」


 怪しげな笑みをこぼすショートカットのボクっ子──新田さんが、こちらに手を差し伸べた。な、なんかこの人、目が怖い。


「ったく、アンタは初対面の人に何を言ってんのよ。ごめんね、若葉さん」


 私のおびえを感じ取ったのか、有森さんがぺし、っと新田さんの頭をはたいた。


「って、あれ? お姉さんと一緒にいる男の子は──」


 有森さんの言葉が途中で途切れる。どうやら、ようやく晴斗くんの存在に気が付いたようだった。


「ああ、この人はね、お姉ちゃんとお付き合いをしているいるはる──」

うそ……! アンタ、入間じゃないの!?」


 有森さんがいきなり血相を変えて、晴斗くんの前に飛び出した。


「ほ、ほんとだ! 入間くんだ! どうして、ここに!?」


 おっとりとしていた遠野さんも、驚いたかおで駆け寄ってくる。

 ど、どうしたんだろう。気のせいか、目に涙も浮かんでるような……?


「やっぱり、有森さんに、遠野さんかぁ。えっと、本当に久しぶり。元気そうで良かったよ、うんうん」

「あ、あれ? 晴斗君の知り合い……なの?」


 まるで死人にでも会ったかのように、有森さん達は慌てている。対して晴斗くんは何だか腰が引けているように見えた。どことなく、ばつが悪そうな顔をしているのは……気のせいだろうか。


「久しぶり、じゃあないわよ、この馬鹿!」

「本当に、心配してたんですよ、いるくん……!」


 あからさまにホッとした様子で、ありもりさん達が息を吐く。


「アンタ、携帯の番号もメアドも変えてたでしょ。こっちから連絡する方法もなかったし、どうしているか、気が気じゃなかったのよ!」

「ど、どうしたのさ、二人とも。かずはともかく、ゆかりまでそんな風に声を張り上げるなんて……」

「そ、そうだよ、かずっち。何があったのさ」


 ふたにつさんがオロオロと友人達を見比べている。どうやら、彼女達も事情を知らないみたいだ。私も、とつぜん巻き起こった修羅場? になんと言っていいのかわからない。

 助けを求めるように、はるくんの方へと顔を向けると……


「……いや、何でもないよ。彼女達とは中学が一緒でね。俺は、途中で転校しちゃったけど」


 雲行きの怪しさに気付いたか、晴斗くんがそう、さらっと説明してくれる。


「有森さん、とおさん。あれだけお世話になったのに、何も言わずに転校しちゃって、ごめん! 色々とゴタゴタがあってさ。卒業式の日くらいは、顔を出したかったんだけど、それもできなくて、本当に悪かった!」


 ぱん、と両手を合わせて、晴斗くんが有森さん達に謝った。

 けど、彼女達はだんまりだ。頭を下げる晴斗くんに対してノーリアクションである。

 さっきまですごいけんまくで詰め寄ってたし、まだ怒ってるのかな?

 そう思ってちらりと見ると、彼女達は目を見開き、戸惑ったように立ち尽くしていた。

 あれ、なんでだろ。有森さん達、すごくびっくりしているような……?


「そういうことだから……ね?」

「あ、う、うん」


 晴斗くんが片目をつむると、有森さんと遠野さんはお互いに顔を見合わせた。

 そうして、おずおずとうなずく。

 あの、意味ありげな視線はなんだろう? 彼女達と晴斗くんの間に、何かあったのかな。何だか、仲間外れにされたみたいでもやもやする……むう。


「おっと、ごめん」


 私の視線に気付いたのか、晴斗くんがおどけたように笑った。


「心配しなくても、俺はわかさん一筋だから、安心してよ! マジ愛してるし!」

「んなっ!?」


 ば、ばかっ! こんなところでいきなり何を言うの!?


「まったく、俺の彼女はやきもち焼き屋さんでしかたないなあ!」


 モテる男はつらいぜ、とばかりに口笛を吹くおまんじゆうさん。似合わないにも程がある。


「な、何よ! 私に隠れて、え、えっちなゲームとかしてるくせにっ! そんなんでイケメンを気取るとか、なんなの!? 調子にのらないで!」

「わわわっ! そそ、それは言わないお約束でしょ!?」


 途端にモテ男の仮面が外れ、慌てだすはるくん。うん、それでこそ私の彼氏です。


「あれ、お兄さん。エロゲーとかするん?」

「あ、その。紳士のたしなみ程度に……」


 目をきらり、と光らせてにつさんがにじり寄ってくる。


「へえ、どんなジャンルが好みなの? その辺を語らせたら、ボクはちょっとうるさいよ? 調教系とかいいよね!」

「いや、俺は純愛専門っすから! 鬼畜お断り!」

「またまた、彼女の前だからって気取らなくてもいいんよ?」


 うへへ、と親父おやじクサい笑いをこぼす新田さん。それを見て、あのふたがため息をもらした。


「もう、ちなっちゃんはそういう会話になると、目の輝きがちがうよね。ていうか、それ十八歳未満はやっちゃいけないゲームじゃないの……?」


 双葉の疑問を華麗にスルーし、新田さんは晴斗くんにおしやべりをしだす。

 どうやら、彼女はゲームやアニメが好きらしい。初対面にもかかわらず、二人はすっかりそれらの話題で盛り上がっている。

 若い女の子たちに人気なケーキ屋さんのその前で、女子高生と男子高校生が十八禁なゲーム談義をしている姿は、絶妙にシュールだ。お客さんとおぼしき人々が、珍獣を見るような目でこちらをチラ見しつつ、そそくさとお店の中に入っていく。

 ……これ、営業妨害にはならないよね?

 そう心配していると、いつのまにやら、双葉も彼ら二人の会話の輪に入り、お喋りを楽しんでいるのだから、たいしたものだ。周りの目なんて、気にもしていない。

 意外な事に、双葉もそこそこゲームを(えっちなのではなく!)やっているようで、晴斗くん達の会話に入り、時折あいづちを打っていた。

 相変わらず、誰とでも仲良くなっちゃう人だ。

 ちょっとだけ、新田さんや双葉が羨ましいかもしれない。

 うーん……私も、もっとアニメやゲームに触れておくべきなのかな?

 そう思い、取り残され組であるありもりさん達に目を向けると──


「あ、あいつ……変わったわね」

「本当に……別人みたいです」


 彼の様子を見て、有森さん達は目を見張っているようだ。

 先ほどからの会話や、意味ありげな態度。ああ、もう! 我慢も限界だ。


「あ、あのっ! ありもりさん達は、はるくんのクラスメイト……だったんですよね」

「え? あ、うん」

「彼って、中学時代はどうだったんですか?」

「あいつの中学の頃? そうねえ……」


 ふっ、と。有森さんが遠い目をする。


「何というか、今のアイツとは全然違うわね。昔は、もっとオドオドしてたし、どちらかと言えば根暗だったわ」

「うん、大人しい人でしたよ。何かあるたびに、なみかわくんがかばっていましたっけ……」


 有森さんの後を引き継いで、とおさんが微笑ほほえんだ。

 え、昔の晴斗くんはそんな性格だったの? それじゃあ、まるで──


「でもね、ちょっとずつ頑張っていましたよ、いるくん」

「そうね、中二に進級した頃にはイジメも軽くなってきたし……気弱な所だけは、なかなか変わらなかったけどね。もう少し、あのウジウジした態度が何とかなれば、といつも思ってたわ」

「ふふ、和ちゃん、波川くんと一緒によく勉強や宿題、手伝ってあげてたものね」

「あんまり駄目のダメダメだったから、見兼ねてね。その代わり、英語だけはアイツ得意だったから、教えてもらえたし。まあ、持ちつ持たれつだったわ」


 二人は顔を見合わせ、懐かしそうに笑い合った。


「お父さんが英語の教師だから、それだけは得意なんだって照れてましたっけ。ほら、入間くん、お母さんがいないじゃないですか。だから、家事とかやらなくちゃいけなかったみたいで、勉強にまでなかなか身が入らなかったとか」

「──え?」

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