第五話―④ お母さまへのごあいさつ



「どうしたんだい、はる? ……って、このお嬢さんはどちら様?」


 様子を見ていたのだろうか。先ほどの女の人がこちらに近付いてきた。

 まだ心の準備ができていない。な、何て説明すればいいんだろう?


「あ、こ、この子はその……俺の、彼女だよ」


 ──って、そんな直球で!?

 ごまかしもためらいも全くない。

 ストレートすぎる彼の言葉に、私はすくみ上がってしまった。


「な、何だってぇぇぇ!?」

「いや、そのですね……!」


 すわ、修羅場か! 私は思わず身構えそうになる。

 けれど、予想に反して、何と彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 そのまま私をビシッと指差し……歓喜の叫びをあげた。


「で、でかしたぁぁぁ! こんなじようだまを捕まえるなんて、見直したわよ!」

「ほえ?」

「ちょっ!? なんつう事を言うんだよ!? ていうか、指差すな!」

「固い事を言うんじゃないよ! いやあ、アンタは女っ気がまるでなかったから、どうしようか心配してたんだけどね。あの人に申し訳が立たないって、枕を涙でらす日々だったよ。それが、もう! 良かった、良かった!」


 え、なに? これ。私が思っていたのとはまるで違う。

 というか、この反応は──まるで……


「ああ、もう! 恥ずかしい! ただでさえ、この前の自爆がトラウマになりかけてるんだ。彼女の前ではそういうの勘弁してくれよ、母ちゃん!」


 ……え、え?


「えええええ! ま、まま、まさか! こ、この人は……晴斗くんのお母さんですか!?」

「う、うん。実はそうでして……」


 うそ!? だって、どう見ても彼女は二十代……をしたら十代にだって見えるのに!

 私の両親も若作りな方だが、そんなレベルじゃない! アンチエイジング!?


「あ、あれ? まさか、本当に気を悪くしちゃった? ごめんよ、ついはしゃぎすぎちまって……」

「い、いえ! 大丈夫です! こちらこそ、失礼しましたぁ!」


 いけない、お母さんに変な印象を持たれたくない! 私は慌てて頭を下げる。


「わ、わたしはあさわかといいます! ごめんなさい、とってもお若くてれいな方だったから、驚いちゃって……その!」

「おやまあ、お世辞とはいえうれしい事を言ってくれるじゃないの。いいねえ、ますます気に入ったよ!」


 よ、良かった。どうやらファーストコンタクトは成功したみたい……


「あたしはぜん…‥ああ、いや。いるっていうんだ。この子共々、よろしくね」

「あ、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 あれ、今。備前って言いかけたような……気のせいかな?

 それにしても、ハキハキしてかついい女性だ。

 きつの良い、とはこういう人の事を言うのだろう。まさに姉御肌。

 私が人見知りしがちな性格だけに、少し憧れてしまう。

 何にせよ、はるくんと同様に、とても親しみやすそうな人だと思った。


「朝比奈さんも、今帰りなのかい?」

「いえ、母からお使いを頼まれまして。ちょっと買い物に……」

「そうかい、そうかい! 感心なお嬢さんだねえ。晴斗! 手伝っておあげ!」

「……え? そうしたいのは山々だけど、でも母ちゃんの買い物はどうするんだよ」


 晴斗くんが心配そうに尋ねるが、奈津樹さんはそんな我が子を豪快に笑い飛ばした。


「馬鹿だね、この子は。そんなもん、どうだっていいじゃないの。そら、袋をお貸し! そんなもんぶら下げてたら、邪魔だろ?」

「駄目だよ、重いよ!」

「この奈津樹さんをめるんじゃないよ! こんなの軽い軽い」


 そう言って、晴斗くんの手から買い物袋を奪い取ると、事もなげに持って見せた。


「ったく、言い出したら聞かねえんだから! じゃ、半分こにするよ。俺なら片手さえ空いてたら、幾ら重くても平気だからさ」

「ちっ、しゃあないねえ。それで譲歩してやるよ」

「あの、大した量じゃないですし、私なら大丈夫ですから!」


 せっかくの親子のふれ合いを、邪魔したくない。

 そう言って遠慮するが、しかし奈津樹さんは聞く耳を持たない。


「いいって、いいって! このバカ息子を、精々こきつかってやってよ。年中エロいゲームばかりやってるような子だけど、体力だけはあるからさ」

「ギャアアアア! やめ、やめろ! やめてください、お母様!」


 あ、家族公認なんだ。う、うん。趣味に口出しするのは良くないよね。

 ……でも確か、そういうゲームは年齢制限があった気がするけど。その辺はどうなんだろう。まあ、見た限り、そんな事を気にするようなお母様ではなさそうだ。


「そら、行っといで! 何なら、朝帰りでもいいよ!」

「もう、黙ってくれよ、母ちゃん! ほほ、ほら! わかさん、行きましょう!」

「ひゃ、ひゃい……」


 このままここにいると、何を言われるかわからない。彼の顔はそう物語っていた。


「むう、あたしがそんくらいの年には、もうアンタが腹の中にいたんだけどねえ。最近の子は遅れてるね」

「知りたくもねえよ、そんな話!」


 あまりにも生々しい話に、はるくんがひどあせっている。

 な、なんと言えばいいのやら。とにかく、豪快豪胆なお母さんだ。


「ま、いいか。アンタにはアンタ等のペースがあるよね。そら、楽しんどいで」


 さんの見送りを受けて、私達はその場を後にする。

 ううん、勢いで流されちゃったけど、いいのかな?

 親子の間に割り込んでしまったみたいで、いまさらながら、気まずい感がすごい。


「えっと、本当に良かったの、かな? その、すっごいお邪魔をしちゃったんじゃ……」

「ああ、いいって、いいって! あれ以上ごねたら、逆にしばかれちまうし。若葉さんはなんにも気にすることないんだよ」


 そうはいっても、気になるものは気になる。

 晴斗くんとおしやべりしつつ、こっそり、後ろを振り返り──


「──あ」


 か、奈津樹さんは笑いながら、涙をこぼしていた。

 私は慌てて顔を前に向け直す。冷や汗がほおをすべり落ち、心臓が、どくどくと音を立てているのがわかった。見てはいけないものを見てしまったような、不安と後ろめたさが胸にのしかかる。


「……若葉さん? どうかした?」

「あ、ううん! なんでもないんです! は、はやく行きましょう! タイムセールが終わっちゃうかも!」


 きょとん、とした晴斗くんを尻目に、私は歩く速度を速めた。

 せめて、こうしている間だけでも、仲の良い彼氏彼女に見えますようにと、そう祈りながら。

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