第五話―③ あの女(ヒト)は、誰!?



 放課後の帰り道。いつものように、二人並んで歩く。


 はるくんとおしやべりをしていると、それなりに長いはずの通学路も、あっという間に歩き終わっちゃう。ああ、もう分かれ道が見えてきた。楽しい時間も、これでおしまいだ。

 いつもなら、駅前のお店に寄ったりと、もう少し一緒に居るのだけど、今日は彼の方に用事があるのだという。ちょっぴり残念だけど、しょうがない。

 申し訳なさそうに謝る彼にいいよ、と微笑ほほえんで。私達は手を振り合いながら別れる。

 そのまま歩くこと少し、もう、あと十分もしないうちに家に着く、という時だった。

 着信音と共に、お母さんからのメールが届く。

 ──お鍋の材料が足りないので途中で買って来て欲しい、か。

 文面に記載された買い物リストを眺めながら、顎先に指を当て、頭の中でイメージ。それらの値段と大きさを、一つ一つ思い浮かべていく。

 量は多くない。ビニール袋一つに収まる程度だ。お金も手持ちで十分足りる。

 けど──


「あ、それじゃあ戻らないと駄目ね」


 こっちの方にはコンビニもスーパーもない。戻るついでに、駅前の方に行こう。

 あそこのスーパーで特売でもやっていたらもうけ物だ。

 程なくして、商店街に辿たどく。年の瀬が近い事もあってか、中々のにぎわいだ。

 行き交う人々も、活気に満ちているように見えた。

 そういえば、もうすぐクリスマス。様々なイルミネーションや派手な装いが、目を楽しませてくれる。

 ──クリスマス、かあ。今年は、はるくんもいるし、二人っきりで……

 彼の家、手料理を振る舞う自分。おなかがふくれたころに、差し出されるプレゼント。受け取った拍子に指先が触れ合う。強く手が引かれ、そのまま二人の距離も近付いて──


「──って、違うし! 彼とはそんなんじゃないもん!」


 我に返って頭を振る。妙な妄想をしてしまった。うわ、胸がドキドキする。

 か、買い物。そうだ、買い物しなきゃ。ええと、スーパーは……


「あ、あった──って、え?」


 あそこにいるのは、晴斗くんと……誰?

 いつもの癖とは恐ろしいもので、私はサッと物陰に身を寄せた。

 ──晴斗くんの隣にいたのは、とてもれいな女の人だった。

 うっすらと白みがかった長い髪。ほっそりとしたほおと切れ長の瞳のマッチングは素晴らしく、見ようによっては冷たい印象を与えるのではないかと思うくらいだ。

 しかし、その表情はとても楽しげで、朗らかで……思わずれてしまいそうになる。

 いくつくらいだろうか。をしたら私とあまり年が離れていないんじゃ?

 私が見ているのも知らず、二人は何やらおしやべりをしているみたいだった。

 買い物の途中かな? 晴斗くんは、両手に大きなビニール袋を下げている。


「まだ買うの? もう、両手は埋まっちまってるよ」

「何、言ってんだい! これからが本番だよ! ほら、荷物持ちに付き合うって約束だろ? 腕が塞がったんなら、口を使いな」

「んな苦行はごめんこうむるっつうの。ったく、人使いが荒いんだからさ」


 晴斗くんが何か文句を言っているようだが、その顔はとても楽しそうに見える。

 わ、私にも、あんな顔を見せた事はないんじゃ……

 お姉さんだろうか? いや、そんな事は言っていなかった。

 確か、妹さんがいると言ってたから、そっち? でも、それにしては態度が横柄すぎる。

 聞こえてくる会話からして、とてもじゃないけど兄に対する言葉の使い方じゃない。

 じゃあ、友達だろうか。でも、それにしては距離が近すぎる様な……


「そら、行くよ! 次はあっちの酒屋だ!」

「グェッ! へ、ヘッドロックはマジ勘弁! 締まってる、締まってるって!」


 あー!? なななな、何、あれ!

 は、はるくんの首に腕を回してる! しかも、とっても自然な動作で!

 彼も口では離すように言っているものの、嫌がる素振りがないし!

 わ、私だってまだ、あんなのしたことないのに! ずるい! ずるいぃぃぃ!

 怒りかあせりか、体が震える。もしかして、彼には他に良い人がいたのでは?

 私が告白したのに同情して、ついあんな返事をしてくれたんじゃ……

 き、きっとそうだ! だって、あんなに素敵な男の子なんだもの!

 彼女の二人や三人、いたっておかしくない!

 ああああああ、どうしよう、どうしよう!

 そうこうしているうちに、二人が歩き出してしまう。

 ──行っちゃう! 待って!

 反射的にそのまま追いかけようとして──見事につまずいた。


「あばっ!?」

「──へ?」


 自分のドジさ加減が嫌になる。どうしていつもこうなの?


「あだだだだ……ふぃ、ふぃたんだぁ……」

「ちょ、大丈夫ですか──って、わかさん!?」


 転んだ音を聞きつけたのだろう。晴斗くんが血相を変えて駆け寄ってきた。


「あ、あわわわわわ!?」


 どど、どうしよう! ばれちゃった!


「だ、大丈夫? すごい音がしたけど……」

「ななな、何でもないです! 大丈夫だから!」


 慌てて立ち上がり、無事をアピールする。

 少し舌がヒリヒリするけど、そんな事は後回しだ。


「な、ならいいけど。びっくりしたよ……」


 晴斗くんが手を伸ばし、髪の毛についた葉っぱや泥を拭ってくれる。

 そのままほおに指が掛かった所で、彼はピタッと固まり、慌てて手を引っ込めてしまった。


「あ、ごめん! その、つい……」

「う、ううん! あ、ありがとう……」


 何だか、無性に照れ臭くなり、彼に触れられた場所をそっとでてしまう。

 上目遣いにチロッと見上げると、ちょうど彼も頭を下げていて。

 視線が不意に絡み合い、私達はお互いの顔を真っ赤に染め、瞳をらしてしまった。


「あ、えっと。と、ところでさ!」

「は、はい!」

「わ、わかさんはどうしたの? 確か、家は反対方向じゃなかったっけ」

「そ、そそそその! かかか、買い物に──」


 私がしどろもどろに説明しようとした、その時だった。


「どうしたんだい、はる? ……って、このお嬢さんはどちら様?」


 様子を見ていたのだろうか。先ほどの女の人がこちらに近付いてきた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る