第四話―⑥ 彼へのお返し




「はい、はい。そうです、はい、もう彼は心配ありませんので。ええ、なので心配しないで大丈夫です。はい、もちろん。彼に何かあったら、すぐに連絡しますので。はい、じゃあ、また……」


 通話を切り、一息つく。やはり、というかいちくんのお父さんも大分渋ってはいたものの、最終的にはこちらの意をんでくれて助かった。良い人だな、と思う。

 ベッドに腰掛け、昼間の一件を思い出す。謝罪うんぬんが一段落した後のいるくんは、何だか様子がおかしかった。放課後にケーキ屋さんに入った後もそれは続いていて、何かにつけてはこちらの方をチラチラ見てくるのだ。そのくせ、何事かと見返すと、顔を赤くして慌てだすから不思議だ。やっぱり、どこか調子が悪いんじゃないのかな?

 そんな風に思いながら、スマホを机の上に置こうとして──ふと、思い直す。

 写真のフォルダを開き、目当ての画像をタップする。

 いつぞやの、デートの際に撮った写真が、画面いっぱいに表示された。


「うーん……? 改めて見ると、ひどい顔をしてるよね」


 もちろん、彼が、じゃない。問題なのは、私の表情だ。いかにも嫌そうでかつ涙目で、ほおなどっている。お世辞にも可愛かわいいとは思えない。

 入間くんに見せなくて本当に良かった。送って欲しいと言われても、断固拒否したのは正解だったよね。

 今日は、彼に埋め合わせをしたもらったんだ。なら、この写真のお返しも、何かするべきなんじゃないのかな? 入間くんは、何をしてあげたらうれしいと思ってくれるんだろう。

 うーん? 彼が、喜ぶような事と言えば──


「──あ! そうだ!」


 一つだけ、思い付いた。これなら、入間くんへのお礼にピッタリかも!

 自身の思い付きの素晴らしさに膝をたたくと、私は自室を飛び出した。


「お母さん、お母さん! お願いがあるんですけど!」


 居間でお茶を飲んでいる母を見つけ、すぐさまそちらに駆け寄る。


「まあ、どうしたんですか?」

「はい、実はですね──」





 ──翌日、早朝。

 家族もまだ起きてこないような時間帯に、私は一人、台所で調理に励んでいた。


「ふふーん、ふっふふーん♪」


 何だか、とても楽しい。この間、ななさんに強制され、無理やりお弁当を作らされた時とは大違いだ。心が弾み、手や体の動きまで滑らかになる。知らなかった。気持ち一つで、こんなに変わるんだ。


「よぉし、後はこれを盛り付けて、と……できた!」


 目の前に並ぶ三つの包みを見て、私は満足げにうなずいた。

 うん、我ながら良い出来だと思う。これなら、きっと彼も喜んでくれるはず。


「さ、後は皆に気付かれないように、いるくんの分だけ別にして──」

「おっはよー!」

「ひゃっ!?」


 いきなりドアが開き、ふたがにゅっと顔を出した。なんて、タイミングの悪い……!


「あれ、お母さんじゃないや。お姉ちゃんだ! どしたの、今日はやけに早いんだね」

「あ、あわわ! ふふ、双葉!」


 どうしよう、何て言ってしたらいいの!?

 しかし、私があせっている間に、双葉はテーブルの上の三つの包みに興味を移してしまったらしい。不思議そうに見開かれた目が、見る間に喜色を帯びていく。


「ああ! ひょっとして、お弁当を作ってくれたの? やったね!」


 流石さすがの勘の良さで、妹はこれが何なのか、一目で看破してしまったみたいだ。


「そそそ、そうなんです! ちょっと料理の練習をしたくて、今日はお弁当を──」

「わあ、うれしいなあ! お姉ちゃんのご飯、私大好き! 今日はお昼にお姉ちゃん弁当が食べれるなんて──って、あれ?」


 双葉の目が不審げに細められた。あわ、あわわわわわ!


「お弁当が、三つ? あれれ、おかしいなあ。お父さんは今日、会食があるからお昼は要らないって言ってたよね? お母さんの分? でも、それじゃあ包むのはおかしいし」


 か、勘が良いにも程があるよ! どうなってんの、この子! どっかの名探偵なの!?


「ははぁん?」

「ひぃっ!?」


 にやーっと双葉が笑う。真実を見つけた。もう逃げられぬぞ。覚悟せよ。

 双子の共感がどうとかでなくても、わかる。その顔は、そう物語っている。


「ふうん? 最近、どうも様子がおかしいなあって思ってたら……そういうことなんだ。おめでとうって言えばいいのかなぁ?」

「ちちち、違うの! 彼とは、そんなんじゃ──」

「……『彼』? ふっふっふ、語るに落ちたねえ、お姉ちゃん? 私はまだ、そんな事聞いてないのになあ」

「は、はかったんですね、ふたぁ!」

「ヒヒヒ、わかりやすいお姉ちゃんが悪いのだよ! ねえ、誰? 誰なの? お姉ちゃんをたぶらかした、その男の子! 名前だけでも教えてよぉ」


 ニマニマ笑いながら、双葉が絡んでくる。

 この時、この光景を見ていたのが双葉だけではなかったことを、私は知らなかった。妹の追及をかわすのに精いっぱいで、台所の外にまで気を配る余裕がなかったのだ。

 ぶっちゃけて言えば、両親の存在を、すっかり忘れていたのである。






「……会話が気になって仕方がないのに、この雰囲気じゃ入れない……クソッ! 双葉、追及の手を緩めるな! もう少し、そう! ガードを崩して──そこだ!」

「もう、盗み聞きなんてお行儀が悪いですよ、あなた。さあさ、今日はお赤飯でも炊きましょうかね?」




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