第四話―⑤ ウソツキの、あなたに


 一夜明け、私は眠たい目をこすりながら、学校に向かっていた。

 昨日は、何だか色々ありすぎて……逆に、眠れなくなってしまったのだ。

 はるかちゃんと別れた後、ななさん達にデートが中止になったむねを伝えた。ひどく疑われ、電話越しに罵倒されちゃったけど、こればっかりはどうしようもない。

 これから、教室で何を言われるのやら。それを考えるだけで眩暈めまいがしてきそうだった。

 やがて、校門が見えてきた。今日もまた、つらい一日が始まるのだと思うと、憂鬱だ。

 そんな事を思いながら、門をくぐけようとすると──



「あ、あささん!」

「は、はひ!?」


 しまった。寝ぼけ眼の所に突然呼び掛けられたせいで、変な声が出ちゃった!

 慌ててそちらを振り向くと、そこには見慣れたおまんじゆう顔がひとつ。


「あ、い、いるくんでしたか。お、おはようございますぅ……」


 だろう? 彼と話すのが、どうにも照れ臭い。本当に、私はどうしちゃったの?

 顔を隠すようにうつむき、手をもじもじと組み合わせた所で、はたっと気付く。

 ──って、そうだ! 私も、彼に用事があったんだ!

 すっかり忘れてた。いちくんのお父さんが心配していた事を、彼に伝えないと。


「あの、昨日の事ですが──」

「そ、それについて、ちょっと……朝比奈さんにお話があるんです!」


 こちらの言葉を遮るようにして、入間くんがそんな提案をしてきたから驚いた。

 ……何だろう? まだ、頭がぼやけてえないせいか、彼の真意が読み取れない。

 まだ、ホームルームまで時間の余裕はある。それにどうせ、早く教室に行っても七瀬さん達にからかわれる時間が増えるだけだ。それなら、彼に付き合う方が良いに決まってる。


「はい、いいですよ。何でしょうか?」

「こ、ここじゃあなんなので、あっちで話しても良いですか?」

「は、はあ……?」


 そうして、彼に連れられて行った先は、あの校舎裏。いつも私がお弁当を食べている場所であった。一体、ここで何を話すつもりなのだろう?

 そう、私が不思議に思っていると……


「あ、あささん! 昨日は大変失礼しましたぁ!」

「ふ、ふぇ!?」


 いきなり、彼が土下座をして謝罪をしてきた!


「連絡もせず、あんな寒いところで一時間もお待たせしちゃって……ほんっとうにすみません!」

「い、いえ! 気にしてませんから! か、顔を上げて下さい!」


 地べたに額をこすりつけるようにしてび倒すその姿を見たら、面食らうどころの騒ぎではない。逆に恐縮してしまう。ちゃんと理由はあったのだし、そこまでおおにする事じゃないのに。


「わ、私は大丈夫でしたし! そ、それよりも──」


 そう、それよりも、体の方は大丈夫なんだろうか?

 パッと見た限りでは、はなさそうだけど……心配だ。

 ポケットの中に手を入れ、お財布を確認する。この中に、いちくんのお父さんの名刺を入れてあるのだ。丁度良い、ここで渡しておこう。

 でも、その前に一つ。これだけは言っておかなければならない。


「あの、昨日の事なんですが……本当に用事があったのですか?」

「え!? い、いえ、それは、その」


 ぶっちゃけ、私は少し怒っていた。太一くんを助けたのは素晴らしい事だけど、一つ間違えればいるくんまで危なかったかもしれないのだ!

 自然、私の口調は彼を問い詰める様なものになっていた。


「入間くん!?」

「う、うわわわわ! す、すみません! 用事ってのはうそだったんです!」


 ようやく、話す気になったのか。私は少しホッとしながら、彼の言葉を待った。

 しかし──


「じじ、実は寝坊しちゃって! それを話すのがかつ悪くて、嘘をいちゃったんです!」

「──へ?」

「自分はぬくぬくベッドで寝転がってたのに、朝比奈さんは寒いお外に居る。それが、何て言うか申し訳なくて、それで──」


 ……うそだ。何で、そんな事を言うの?

 子供を事故から助けた、だなんて立派過ぎる程に立派な理由なのに。

 寒いと言うなら、彼の方がよっぽど寒かったはず。冷たい泥水を頭からかぶり、拭いもせずにそのまま歩いていたのだから。


「お、俺は最低ッス! 穴があったら入りたい……!」


 なのに、──




『え、えっとその……こ、転んじゃってさ! いやあ、俺ってばドジで仕方ねえよなあ!』




 ──ああ、そうだ。そうだった。彼は、昨日もこう言っていたじゃない。

 何となく、彼という人間が分かった気がする。

 彼は、私に迷惑をかけたということ、それに対して、いちくんを言い訳に使いたくなかったんじゃないかな。

 ……何故か、心のかが、ズキリと痛んだ。



「……体の具合が悪かった、とかじゃあないんですね?」

「は、はい……」

「どこか、をしたりとかもないですね!? これもうそだったら、絶対に許しません!」

「はいぃぃぃ! か,神に誓って! 俺は何処に出しても恥ずかしくない、健康優良児です!」

「──それなら」


 くすり、と笑って口調を和らげる。


「この前、連れて行ってくれたケーキ屋さん。とってもしかったです」

「──へ?」

「ほら、初デートのおびだって言って、ケーキをごそうしてくれたじゃないですか。あそこ、今日の放課後にでも連れて行ってください。それで、全部チャラにしてあげますよ」

「ええ!? そ、そんなんでいいんですか!?」


 私の言葉がよっぽど意外だったんだろうか。いるくんはガバッと顔を上げ、目を白黒させている。何だか、その様子がとても可愛かわいらしく思えて、吹き出してしまいそうだ。

 もちろん、良いに決まってる。それに、あなたは昨日こう言ったじゃない。


「──埋め合わせ、してくれるんでしょ?」

「あ……は、はい!!  喜んで!」

「ふふ……」


 良かった。ようやく入間くんが笑ってくれた!

 何故だか顔を真っ赤に染めてるけど、風邪を引いて熱があるんじゃないよね?

 ぽーっとした顔でこちらを見ているのが気になるが、何だかホッとした。

 私は、笑顔を崩さずに、握りしめていた財布をそっとポケットにい直した。



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