第四話―④ 少女と犬



 ──帰り道。私はただただぼうっとしながら、道を歩いていた。


 一応、いちくんのお父さんには、名刺の連絡先へと電話をした。詳しい事は後で聞くけど、彼は病院にも行ったらしいから大丈夫です、と。ほうけた頭で説明するのは一苦労だった。

 冷たい風が、ったほおに気持ちが良い。か、体がほんのりと熱いのだ。

 風邪でも、引いちゃったのかな?

 何だか、今日の私は変だ。顔を振って、熱をさまそうとしていると──


「うわーん! どこにもないよぉ!」


 顔を向けた先から、子供特有の甲高い泣き声が聞こえてきた。

 あそこは……公園? 何か、あったのかな?

 先ほどの太一くんの事を思い出す。すると、足は自然と声の方向へと歩き出していた。


「あの子かな?」


 中に入ると、泣き声の主が誰だかはすぐにわかった。

 小学校三~四年生くらいだろうか? 女の子が一人、あせった様子でしきりに周囲を見回している。いつもなら、気の毒に思いつつも関わり合いになるのを避ける所だ。

 だけど、今日の私はやはり、変だったらしい。


「どうしたんですか、こんな所で泣いて」

「ひっく、ひっく……お、おかあしゃんの、おつかい、けいくん達に……」


 泣きじゃくっていたせいか言葉に詰まり、く説明ができないようだ。

 いるくんがそうしていたように腰を落とし、頭をでてあげる。

 ハンカチで目元をぬぐい、落ち着くようにゆっくりと話し掛けてあげると、ようやくんだようで、ぽつぽつと事情を話し出してくれた。

 この子──はるかちゃんと言うらしい──のクラスに圭吾くん、という乱暴な男の子がいる。その子に運悪く遭遇し、お母さんから頼まれたお使いのバッグを取られ、この公園に隠されてしまったらしい。早く見つけないと、お母さんに叱られてしまうのだとか。

 まったく、にもいじめっ子はいるものね。

 何となく、この子の境遇に自分のそれを重ねてしまう。


「よおーし! お姉さんが、手伝ってあげますよ」

「え、いいの!?」

「ふふ。気にしない、気にしない。さあ、早く探しましょう?」

「うん、ありがとうお姉さん!」






 それから探すこと、しばし。中々目当ての物は見つからない。

 公園そのものは手狭で、隠す場所なんてそうそうあるわけもないのに。


「あ、もしかして!」


 私は、ふと思い立ち、公園の真ん中にある木の、その上を見上げる。

 思い当たりそうな場所は全て探し終えた。だとすれば多分、はるかちゃんの盲点になるような所に隠しているはず。つまり、子供の視点では見えない位置、死角になる場所だ。

 と、すると──もしや!

 そう思い、木の茂みに向けて手を伸ばす。すると、布のような感触が手に触れた!

 ビンゴ! 大当たりだ!


「あったあ! ありましたよ、遥ちゃん」

「ホント? わあい、ありがとう!!」


 バッグの汚れを払い、遥ちゃんに手渡す。中身は全部ちゃんとあったようで、彼女は満面の笑みを浮かべている。良かった。本当に、良かったね。

 何だか私までうれしくなってきた。晴れやかな気分で帰ろうとするが、腕をはっしとつかまれる。見ると、遥ちゃんがニコニコしながら私の手をグイグイと引っ張っていた。

 まあ、特に用事もないし、もう少しくらい付き合ってあげちゃおう。

 そのまま、遥ちゃんにせがまれるようにして公園のベンチに座り、おしゃべりを楽しむ。

 彼女は、色んな事を私に話してくれた。家族のこと、友達のこと、好きな男の子のこと。道端で売ってたコンパクトが気に入ったので、毎日身に着けている、ということまで。

 何より、私の興味をいたのは彼女の少し変わった『友達』の事だった。


「レンちゃん、ですか? へえ、犬を飼っているんですね」

「うん、一番の親友なの! 私よりもね、お姉ちゃんなんだよ?」


 遥ちゃんは、レンちゃんの事がよっぽど好きなんだろう。

「彼女」の日常を、ドジであいきようのある所まで含めていっぱい話してくれた。


「それでね、それでね。この間、パパの好きなおつまみのお肉を食べちゃって、怒られて逃げ回って大騒ぎだったの! なだめるの、大変だったんだから」

「まあ、ふふ。はるかちゃんは、本当にレンちゃんと仲が良いんですね」

「うん、ケンカする事もあるけどね。最後は、いつもしょうがないなあって顔をして、私のおなかに鼻をこすり付けてくるの。私の言う事は何でも聞いてくれるし、パパやママの言う事より私の事を優先してくれる、優しい子なの!」


 もっと小さい時から、いじめられたり、困った事があると、真っ先にすっ飛んで来てくれるのは、レンちゃんらしい。さっき泣いていた時も、彼女が助けにきてくれないかと思って叫んでいたようだ。

 悲しい時、泣きたい時はレンちゃんの毛皮にくるまり、目を閉じる。そうしていると、すごく勇気づけられて、明日も頑張ろうと思えるのだとか。何だか、羨ましいな。

 けれど、うれしそうにレンちゃんの事を話していたかと思うと、遥ちゃんが急に顔を曇らせて、うつむいてしまった。

 どうしたんだろう? 心配になって声をかけると、遥ちゃんは顔を下に向けたまま、つぶやくように言葉を吐き出した。


「本当はね、こんなんじゃ良くないって思ってるの。ママもパパも、いつまでもレンがそばにいるわけじゃないよ、って言うから。私も、このままレンに頼りっぱなしで良いのかなって考えちゃって」

「遥ちゃん……」

「レンの寿命はね、人間より短いんだって。もう犬の中では良い年だし、いつかは、サヨナラしなきゃいけないんだって、思うようになったの」


 私は動物を飼った事が無いが、お別れの時はとてもつらいだろう、くらいは想像できる。

 けど、こんな小さい子が、もう命について考える事ができて、それを受け入れようと思っているなんて。少し、驚いてしまった。


「でもね、その時が来るまでは……ううん! その時が来ても、変わらないよ! レンはずっと、ずーっと、私の大切なお友達だから!」

「……羨ましい、な」


 考えるだけでも辛いだろうに、迷いなく言い切る遥ちゃんの強さと、そのきずなの深さに感じ入ってしまった。


「お姉さんにはいないの? そういう人」

「……え? その子みたいな?」

「うん! 犬や猫さんじゃなくてもさ、お姉さんにとってのレンだよ。いつまでも一緒にいて、遊びたいと思えるようなお友達!」

「私にとっての、レンちゃん……」




あささん』




「──っ」


 か、『彼』の姿が頭に浮かび、再びほおが熱くなってきた。


「あ、ごめんなさい! 変な事、聞いちゃって……」


 自分のせいで気分を悪くさせたのかと勘違いしたか、はるかちゃんが慌てて頭を下げてくる。


「う、ううん。大丈夫ですよ」


 そう答えながらも、さっきの言葉が妙に耳に残った。

 少し考え込むようにして、顎に手を伸ばしていると……


「わん、わん!」

「あ、レン!」


 突然、鳴き声がしたかと思うと、黒い影が風のように公園を走り抜けた。

 私が身構える間もなく、それはぴょん、と遥ちゃんの体に飛び付き、ペロペロと頬をめだした。黒い毛並みの大きな犬だ。種類はわからないが、せいかんそうな顔つきはにも強そうである。これが、話に聞いたレンちゃんなのだろうか。


「もう、リールはどうしたの? また外してきちゃったんでしょ。駄目よ、お母さんに怒られるのは私なんだからね」


 そうたしなめながらも、遥ちゃんの顔は明るい。全身から喜びのオーラがほとばしっているようにさえ見える。


「お姉さん、これがレンよ。さ、ご挨拶なさいレン。私をね、助けてくれた人なのよ」

「わん!」


 こちらに向き直り、お行儀よく足並みをそろえると、レンちゃんは尻尾しつぽを振りながら一鳴きする。まるで、遥ちゃんの言葉を理解しているみたい。本当に賢い子なのね。


「こんにちは、レンちゃん」


 おそるおそる体に触れるが、レンちゃんは嫌がる素振りも見せない。


「わうわう」


 ひとしきりでさせてもらうと、レンちゃんが遥ちゃんのスカートの裾をんで引っ張った。どこか、かしているようにも見える。


「なあに、レン? あ、そっか! お使い、まだ途中だった!」


 おしやべりに夢中で忘れていたのだろう。遥ちゃんは慌ててベンチから飛び降りた。



「ごめんね、お姉さん。私、もう行かなきゃ」

「大丈夫ですよ。こっちこそ、引き止めてごめんなさいね」


 遥ちゃんにせがまれて、アドレスを交換する。また会って、お喋りしたいと言うのだ。最近の小学生は自分のスマホまで持っているのかと驚くが、こちらとしても大歓迎だ。

 こんな可愛かわいらしいお友達が『二人』もできただなんて、本当にうれしい。



「このお礼は、今度絶対するからね! ばいばい!」



 そう言うと、レンちゃんと一緒に、公園の出口へと駆け出してゆく。律儀な子だ。そんなの、気にしなくてもいのに。

 仲良く去っていく彼女達を見送ると、私もゆっくりと立ち上がり、公園を後にする。

 ……何となく、心が温かくなったような、そんな気がした。




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