第四話―④ 少女と犬
──帰り道。私はただただぼうっとしながら、道を歩いていた。
一応、
冷たい風が、
風邪でも、引いちゃったのかな?
何だか、今日の私は変だ。顔を振って、熱をさまそうとしていると──
「うわーん! どこにもないよぉ!」
顔を向けた先から、子供特有の甲高い泣き声が聞こえてきた。
あそこは……公園? 何か、あったのかな?
先ほどの太一くんの事を思い出す。すると、足は自然と声の方向へと歩き出していた。
「あの子かな?」
中に入ると、泣き声の主が誰だかはすぐにわかった。
小学校三~四年生くらいだろうか? 女の子が一人、
だけど、今日の私はやはり、変だったらしい。
「どうしたんですか、こんな所で泣いて」
「ひっく、ひっく……お、おかあしゃんの、おつかい、
泣きじゃくっていたせいか言葉に詰まり、
ハンカチで目元をぬぐい、落ち着くようにゆっくりと話し掛けてあげると、ようやく
この子──
まったく、
何となく、この子の境遇に自分のそれを重ねてしまう。
「よおーし! お姉さんが、手伝ってあげますよ」
「え、いいの!?」
「ふふ。気にしない、気にしない。さあ、早く探しましょう?」
「うん、ありがとうお姉さん!」
それから探すこと、しばし。中々目当ての物は見つからない。
公園そのものは手狭で、隠す場所なんてそうそうあるわけもないのに。
「あ、もしかして!」
私は、ふと思い立ち、公園の真ん中にある木の、その上を見上げる。
思い当たりそうな場所は全て探し終えた。だとすれば多分、
と、すると──もしや!
そう思い、木の茂みに向けて手を伸ばす。すると、布のような感触が手に触れた!
ビンゴ! 大当たりだ!
「あったあ! ありましたよ、遥ちゃん」
「ホント? わあい、ありがとう!!」
バッグの汚れを払い、遥ちゃんに手渡す。中身は全部ちゃんとあったようで、彼女は満面の笑みを浮かべている。良かった。本当に、良かったね。
何だか私まで
まあ、特に用事もないし、もう少しくらい付き合ってあげちゃおう。
そのまま、遥ちゃんにせがまれるようにして公園のベンチに座り、おしゃべりを楽しむ。
彼女は、色んな事を私に話してくれた。家族のこと、友達のこと、好きな男の子のこと。道端で売ってたコンパクトが気に入ったので、毎日身に着けている、ということまで。
何より、私の興味を
「レンちゃん、ですか? へえ、犬を飼っているんですね」
「うん、一番の親友なの! 私よりもね、お姉ちゃんなんだよ?」
遥ちゃんは、レンちゃんの事がよっぽど好きなんだろう。
「彼女」の日常を、ドジで
「それでね、それでね。この間、パパの好きなおつまみのお肉を食べちゃって、怒られて逃げ回って大騒ぎだったの! なだめるの、大変だったんだから」
「まあ、ふふ。
「うん、ケンカする事もあるけどね。最後は、いつもしょうがないなあって顔をして、私のお
もっと小さい時から、いじめられたり、困った事があると、真っ先にすっ飛んで来てくれるのは、レンちゃんらしい。さっき泣いていた時も、彼女が助けにきてくれないかと思って叫んでいたようだ。
悲しい時、泣きたい時はレンちゃんの毛皮にくるまり、目を閉じる。そうしていると、すごく勇気づけられて、明日も頑張ろうと思えるのだとか。何だか、羨ましいな。
けれど、
どうしたんだろう? 心配になって声をかけると、遥ちゃんは顔を下に向けたまま、
「本当はね、こんなんじゃ良くないって思ってるの。ママもパパも、いつまでもレンが
「遥ちゃん……」
「レンの寿命はね、人間より短いんだって。もう犬の中では良い年だし、いつかは、サヨナラしなきゃいけないんだって、思うようになったの」
私は動物を飼った事が無いが、お別れの時はとても
けど、こんな小さい子が、もう命について考える事ができて、それを受け入れようと思っているなんて。少し、驚いてしまった。
「でもね、その時が来るまでは……ううん! その時が来ても、変わらないよ! レンはずっと、ずーっと、私の大切なお友達だから!」
「……羨ましい、な」
考えるだけでも辛いだろうに、迷いなく言い切る遥ちゃんの強さと、その
「お姉さんにはいないの? そういう人」
「……え? その子みたいな?」
「うん! 犬や猫さんじゃなくてもさ、お姉さんにとってのレンだよ。いつまでも一緒にいて、遊びたいと思えるようなお友達!」
「私にとっての、レンちゃん……」
『
「──っ」
「あ、ごめんなさい! 変な事、聞いちゃって……」
自分のせいで気分を悪くさせたのかと勘違いしたか、
「う、ううん。大丈夫ですよ」
そう答えながらも、さっきの言葉が妙に耳に残った。
少し考え込むようにして、顎に手を伸ばしていると……
「わん、わん!」
「あ、レン!」
突然、鳴き声がしたかと思うと、黒い影が風のように公園を走り抜けた。
私が身構える間もなく、それはぴょん、と遥ちゃんの体に飛び付き、ペロペロと頬を
「もう、リールはどうしたの? また外してきちゃったんでしょ。駄目よ、お母さんに怒られるのは私なんだからね」
そう
「お姉さん、これがレンよ。さ、ご挨拶なさいレン。私をね、助けてくれた人なのよ」
「わん!」
こちらに向き直り、お行儀よく足並みを
「こんにちは、レンちゃん」
おそるおそる体に触れるが、レンちゃんは嫌がる素振りも見せない。
「わうわう」
ひとしきり
「なあに、レン? あ、そっか! お使い、まだ途中だった!」
お
「ごめんね、お姉さん。私、もう行かなきゃ」
「大丈夫ですよ。こっちこそ、引き止めてごめんなさいね」
遥ちゃんにせがまれて、アドレスを交換する。また会って、お喋りしたいと言うのだ。最近の小学生は自分のスマホまで持っているのかと驚くが、こちらとしても大歓迎だ。
こんな
「このお礼は、今度絶対するからね! ばいばい!」
そう言うと、レンちゃんと一緒に、公園の出口へと駆け出してゆく。律儀な子だ。そんなの、気にしなくても
仲良く去っていく彼女達を見送ると、私もゆっくりと立ち上がり、公園を後にする。
……何となく、心が温かくなったような、そんな気がした。
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