第四話―⑦ いざ、一組へ!



 そうして、待ちに待った昼休み。私は足早に席を立ち、教室を出ようとする。

 クラスメイト達の不審そうな視線が、背に刺さる。

 それを無理やり振り切るようにして、廊下に出た。


「きき、緊張が……っ」


 実は、いるくんのクラスに行くのは初めてなのだ。彼の教室は、確か一組だったはず。

 なら、三つ先の教室だ。

 一つ、教室を通り過ぎるたびに心臓がはじけそうになる。いっそ引き返そうか、という思いが頭をかすめたほどだ。

 やがて、二組を通り過ぎ……ついに、一組の前に辿たどいた。

 さ、さあ! 中に入ろう……! 私は、ゆっくりと教室のドアに触れた。


「はーっ、はー……っ」


 駄目だ。手を掛けたはいいものの、中々ドアを開く事ができない。

 よ、よぉし! もう一度、深呼吸をして──


「……ム? アンタ、そこで何をやってるんだ?」

「ふ、ふぇ!?」


 突然、背後から声が掛けられた。


「お、どうした兄貴?」

「いや、教室の前に女の子がいてな。──ウチのクラスに何か用かい、お嬢さん」

「い、いえ! そ、そのその……!」


 振り向くと、そこには二人の男子生徒が立っていた。その顔立ちは実によく似ていて、前髪が左右対称な以外は体型さえもそっくりだった。私と同じように、双子なのかな?

 二人とも、その脇に長方形の板のような物を抱えている。あれは、タブレット?

 会話の内容からして、このクラスの生徒だとは思うけど、しまった。

 教室に入る前に声を掛けられるなんて、この展開は予想していなかった……!


「怖がることねえって。別に取ってったりはしないからさ、イッヒッヒ」


 男子生徒の片割れが、そう言ってカラカラと笑う。多分、私を和ませてくれようとしているんだろうけど、こういうタイプの男の人は、どうも苦手だった。


「おい、りゆう。そういう話し方は逆効果みたいだぜ。このお嬢さんには刺激が強すぎるようだ。見ろ、おびえておるわ」

「あーどうやら、そのようで。しまったな、こういう小動物みたいなタイプの子と話すのは久しぶりすぎて戸惑っちまう。ウチの女子共は良くも悪くもアクが強いし、やつもほら、ここんところはノリが悪いじゃんか。全く、アイツのゆがんだ高校デビューはどうにかならないかねえ」


 私を放置したまま、二人は勝手に盛り上がっている。ええと、どうしたらいいんだろ?


「アイツ、反応は未だに面白いんだが、どうも最近はの方が先走っちまってるというか、なんというか。進学・進級を機に気持ちを一新するなら、はるみたいな方向でいけばよいのだがな」


 あれ? 今、この人。いるくんの名前を……?


「あ、あの……?」

「おっと、これは失礼した。俺はりゆういち。こっちのクローン男が双子の弟である伊達りゆうだ。よろしく、お嬢さん」


 伊達兄弟……ああ、そう言えば聞いたことがある。あちらこちらに謎の情報網を持つ、変人の双子がいるらしい、と。うそかまことか、一年のみならず、全校生徒の個人情報をその手に握っている、という怪談めいた話もあったっけ。流石さすがにそれはないと思うけど。

 いや、そんなことよりも大事なことは他にある。そうだ、うわさが確かなら、彼らも入間くんと同じ一組の男子生徒だったはず──


「ほう。さり気なく自己紹介に流れるとは、流石兄貴。デキる男よな」

「お近づきになれるチャンスは逃すな。それが親父おやじの教えだ、弟よ」


 な、何だか、ものすっごくマイペースな人達だなあ。


「わ、私は四組のあさわかと言います。あの、さっき入間くんの名前を……?」

「なんだ、はるやつに用事か? アイツなら多分、教室に居ると思うぞ──って、ん? 朝比奈?」

「お、兄貴。その名前には聞き覚えがあるぜ。この子がほら、そうじゃね?」


 伊達くん達は顔を見合わせたかと思うと、何やら得心したかのようにうなずき合った。

 あれ? どうしてこの人達、私の名前を?

 そう疑問に思っていると、彼らはニコニコ笑いながら、親しげに話し掛けてきた。


「そっか、そっか! アンタの事は、晴斗からようく聞いてるぜ。可愛かわいくてとびきり優しい彼女ができた、ってな!」

「うむ、奥ゆかしそうであるしな。晴斗の奴は果報者だな」


 クラスのみんなが彼に向けるような、嘲笑では無い。伊達くん達のそれは、心から友人の幸福を喜んでいるような、そんな笑顔だった。


「あ、あの? 入間くんは、クラスではどういう……?」


 か、彼の事が無性に知りたくなった。

 その欲求に背中を押されるようにして、私はそんな質問を口にしていた。


「晴斗か? あいつは、何ていったって、面白い奴だぜ! 馬鹿で間抜けだけど、裏表がねえし。しょっちゅうエロゲーの話をしなけりゃ、もっといいのにな!」

「同感だな。あれほど、明け透けに物を言える男は、昨今珍しいぞ。明るいし、何だかんだで優しいしな。あれで、二次元に心をかれすぎていなければもっと良いのだろうが。まあ、それは俺達も言えたことじゃないな」


 うんうん、と双子たちが頷き合う。


「その辺り、お嬢さんには期待してるぞ。是非とも、三次元の良さをアイツに教えてやってくれ」

「は、はあ」

「でもアイツ、時々、スゲエ大人っぽく見える事がないか? ほら、前にクラスで殴り合いのケンカが有った時もさ」

「ん? ああ、そうだな」


 学校で殴り合いのケンカ……そんなの、本当にあるんだ。

 漫画か、ドラマの中だけのモノかと思ってた。


「今から思うと、すっげえくだらねえ理由でケンカをしちまったんだけどさ。二人とも、引くに引けなくなっちまって。そしたらアイツ、殴り合いの真っただ中にいきなり割り込んできて、何て言ったと思う?」

「さ、さあ?」

「このタブに動画を撮ってあるぞ。まあ、絵面を見るのは刺激が強いだろうから、聞くだけでも、ほれ。イヤホン付けて、どうぞ」

『お、何やってんだ? 俺も混ぜろよ』


 あ、いるくんの声だ。


「この後、見事なダブルパンチを左右かららっててな。その打撃音がこれだ」

「ひいっ!? さ、再生しなくて良いです!」

「三ゲージはもってくほどのナッコォだったんだが、あいつケロッとしていてな。そればかりか、ぽかんとしている二人に向かって、こう言ったんだ」


 くん(兄)が、再生ボタンを押した。


『スッキリしたか? んじゃ、ケンカはコレで終わりな。さあ、そんな事はもうやめて、俺のこの『泣いた』エロゲー百選を聞いて魂を震わせろや!』

『聞くか、アホ! このエロゲ脳、エロまんじゆう!』 『そうだそうだ、未来の大魔法使い候補の癖に! どうせ三十路みそじまで童貞だろ、お前』

『何、だと……? お前らには、感動する心ってものがないのか! この冷血漢どもが! いいか、まず! このゲームの泣きポイントはだな!』


 そこから先は、聞くに堪えないブーイングの嵐だった。男女関係なく、クラスの心が一致団結して入間くんを罵倒していく。見ようによっては美しい光景……なの、かな?


「と、まあ、こんくらいだ。いつの間にか、ケンカしている二人もこれに加わっててだなあ。気付いた時には、仲直りを果たしていたわけだ。あれは見事なヒールっぷりだったな」

「全く、大したやつだぜ。アイツにゃ、かなわねえよ」


 だろう? 彼の良い面を聞くと、心がポカポカしてくる。

 いちくんの件を思い出す。多分、ああいった具合に、ケンカを止めたとしても、それを自慢げにふいちようしたりはしていないのだろう。調停の仕方も、彼らしいといえば、彼らしい。


「っと、話が長くなっちまったな。ま、アイツの事を一つよろしく頼むぜ、って事だ!」

「は、はい……」


 彼らは、事情を知らない。私といるくんが付き合ってる本当の理由と、ゲームの事を。

 少しだけ、私の胸が痛んだ。


「ふむ、話はここら辺にしておこうか。はるに会いに来たのだろう? さあ、行こうではないか」

「え、ええ……!」


 そこで、ふっと気付く。先ほどまであった緊張感が、れいサッパリと無くなっていた。

 入間くんの話を聞いたからだろうか。何だか胸がじんわりと温かい。

 それに、彼の違った面がまた一つわかったし……くん達には、感謝しなくちゃ。


「……ありがとうございました」

「へへ、礼を言われるような事はしてねえぜ。ほら、開けるぞ」


 扉が、音を立てながら開く。私は、ドキドキしながら、教室の中へと足を運び入れ──





「だから、言ってるだろうが! 俺はエロゲーやギャルゲーで、その手のシチュは勉強していると! 一晩で五ゲーム全クリア! 全CG回収は…‥伊達じゃあねえんだよ!」




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