第三話―⑤ 小っちゃな襲撃者




「あ、あささんは、俺のどこを好きになってくれたんですか!?」




「え!?」


 突然の質問に、思わずとんきような声をあげてしまった。


「あ、えっと、その……!」


 まずい! 事前にそう聞かれた際の応答まで考えていたのに、いざ本番となると、言葉がく出てこない!


「あ、ご、ごめんなさい! む、無神経な質問でしたよね!」

「い、いえ! あの、その──」


 あせれば焦るほど、舌が回らなくなっていく。何か、何か言わないといけないのに。


「あ、言わなくてもいいんですよ? ちょっと、気になっただけ──」

「とーちゃん! あそこ、あそこみて!」

「……え?」


 突然、からか甲高い子供の声が聞こえてきた。

 驚いて、辺りを見回すと、幼稚園児くらい、だろうか? ちっちゃな男の子が、興奮した顔でこちらを……というかいるくんの方を指差していた。


「でっかいブタさんが服着てごはんたべてる! 何あれ、ぬいぐるみ!?」


 子供は素直だ、素直すぎる。コメントに困る言葉を平気で使いこなすんだから。


「すっげー! おれブタさん、こんなちかくで見るの、はじめて! あれだけ大きいと食いでがあるね! どんだけトンカツ作れるのかな?」

「あ、あの、入間くん、その……」


 子供の言う事だから、とフォローを入れようとするが、少し遅かった。

 こちらが見ている事に気付いたのか、男の子がすごい勢いで走り寄ってきたのだ。

 そのままジロジロと、めるような目つきで、入間くんの周囲を回りだす。


「わあ、ちかくでみると、なおでっけぇ! おはだも、アザラシのあかちゃんみたいにしろい! しろブタさんだ!」

「アザラシレベルの白さの評価。ほほう、中々見所のある少年だな」


 悪気は無いとはいえ、身体的特徴をからかわれているのに、入間くんは涼しい顔だ。

 見知らぬ子供にまとわりつかれていることを、全く気にもしていないみたい。

 これは、どうしたものか。私も反応に困っていると……


「こら、いち!」


 少し離れた所から、大声が聞こえてきた。

 そちらを振り向くと、声の主はまだ若い男性だった。

 この子のお父さん、かな。泡をったように駆け寄ってきたかと思うと、男の子の首根っこをひっつかんだ。


「失礼だろ! その人はブタさんじゃない、人間だ!」

「そうなのか? じんたいってすげぇな!」

「感心するんじゃなくて、謝りなさい! すみません、この子が失礼な事を言ってしまって!」


 男の子の頭をつかみ、そのまま親子そろって頭を下げてくる。


「ブタ扱いされるのはいつもの事ですんで、気にしないでください。ええと、太一くんって言うのかな?」


 ソファーから降りると、いるくんは床に膝を突き、目線を男の子のそれに合わせた。


「ブタさん、好きなのかい?」

「うん! だいすき! ぶひぶひ可愛かわいいし、たべてもおいしい!」

「そっかそっか。トンカツしいもんなあ。俺も父ちゃんとよく食べたもんだよ」

「そうなの? ブタさん──じゃなくて、えっと──」


 彼を知的生命体と認めてくれたんだろうけど、今度は呼び方に困ってしまったらしい。

 そんな太一くんの頭をでながら、入間くんが微笑ほほえんだ。


「俺かい? 入間はる、だよ。言えるかな? は・る・と!」

「はると、って言うのか! よろしくな!」

「こら、お兄ちゃん、だろ! まったく、どうしてそう遠慮がないのか……!」

「素直で良い子じゃないですか。こちらこそよろしくな、太一くん」


 ガッチリ握手を交わし、ニマッと二人が笑い合う。

 見知らぬ子供、それも自分をブタ扱いした子とあんなに早く打ち解けられるものなの?

 太一くんと入間くんの大小コンビは、私達をそっちのけで、ワイワイ楽しそうにおしやべりをし始めた。


「何だか、邪魔をしちゃってごめんね。デート中だったんだろう?」


 それを察したか、太一くんのお父さんが申し訳なさそうに私に話し掛けてきた。

 知らない人と話すのは、どうも苦手だ。どうしても、しどろもどろになってしまう。


「あ、いえ。そのぅ……」

「あいつ、本当にものじしないからさ。誰に似たんだか、全く」


 ハアッとため息をくお父さん。色々、苦労しているのかもしれない。

 でも、そんな太一くんを見る目はとても穏やかだ。きっと、仲の良い親子なんだろうな。


「ほら、お兄ちゃんたちの邪魔をしちゃ駄目だろ。もうすぐ映画も始まるし、行くぞ」

「そうだ! きょうはえいがをみるんだった!」

「お、いちくん達も映画を見に行くのかな。俺達も午前中に見てきたよ」

「そうなの? おれたちは、ペンギンさんをみにいくんだ!」

「ああ、あのアニメかな。結構評判良いし、面白そうだと思ってたんだよなあ」


 そのアニメの話は、私も聞いたことがある。テレビでもよく宣伝をしていたっけ。

 確か、内容は……


「やおやさんもいっぱいでるらしいし、たのしみ!」


 ……あれ? そんなの出たっけ?


「あー、よろずの神さまの事か。八百屋じゃないって何度も言ってるのに」


 ああ。そうだ。確か、人々からの信仰が無くなり、消えそうになった神さま達を外から来たペンギンが救う、とかいうハートフルアニメ、だった。


「やおやさんじゃないの?」

「八百万の神さまって言うのは、簡単に言えばね。この日本には数えきれないくらい、いーっぱい、神さまがいるってことさ」


 こういう話に詳しいらしく、いるくんが両手を広げて説明しだした。


「火とか雨とか雷とかもそうだし、すごい所ではトイレにもいるんだよ」

「べんじょにもいるの!? 神さま、すごい! ますますたのしみ! 父ちゃん、はやくいこう!」

「わかった、わかった。その前に、お兄ちゃんたちにちゃんとご挨拶してからな?」


 やがて、彼らは仲良くおしやべりをしながら、市民会館を出てゆく。

 元気な男の子と、優しいお父さん。何だか、こっちまで微笑ほほえましくなってくるような光景だった。

 彼も、そう思ってくれているかな? 少し気になって横を見た。

 入間くんは、彼らの様子をじっと見つめている。

 どこか、その横顔が寂しそうに見えたのは、私の気のせいだろうか。


「……ご飯、続きを食べましょうか」

「あ、は、はい!」


 何がどうというわけではなかったけど、会話が途切れてしまう。

 さっきまでは普通に笑いながら話せていたのに、どうしてかなあ。

 そのまま、つつがなくお弁当も食べ終わり、私達も外に出る事にした。

 午前中とは違った意味で、間が持たない。こういった時、何かを話さなきゃいけないとは思うのだけれど、言葉が出てこないのだ。


「とっても、元気の良い子でしたね」

「あ──は、はい! そうですね」


 また気遣ってくれたのだろうか。彼がふっとそんな風に話しかけてきてくれた。


「でも、いるくんって色んな事を知っているんですね。よろずの神さまの説明とか、ぽんと出てくるなんて」

「ちょっとした雑学ッスよ。ああいうお話、好きなんです」

「ふぅん……?」


 そう言って、入間くんが笑う。

 偉そうに知識をひけらかす訳じゃなく、子供にもわかりやすく、ああやってみ砕いて説明できるのは、すごいと思うけどなあ。私にはとてもできそうにない。


「でも、いちくんの見るって言ってたアニメ、何だか切ないですね。誰からも忘れられて、消えちゃう神さまなんて」


 何となく、私自身の境遇と重ねてしまう。

 もしも、自分がいなくなったら……すぐに、その存在なんて誰も気にしなくなってしまうのではないか。そんな、不安に駆られてしまった。

 すると、入間くんが急に立ち止まり、ふっ、と曇り切った空を見上げた。

 何か、気にさわる様な事を言っただろうか? 不安がる私に、しかし彼は穏やかな口調で語り始めた。


「この世界には、目に見えない何かが、本当にいるかもしれませんよ」

「え?」

「普段は誰の目にも映らないけれど、きっと『彼ら』はそこにいて、俺達の事を見守ってくれているんじゃないかな」


 いきなり、不可思議な事を言い出されて、正直、戸惑ってしまう。


「彼ら? 神さまとか、妖精、みたいな?」


 でも、その語り口はちやすようなたぐいのものではなく……私も、られて話に乗ってしまった。

 子供の頃、母から聞かされた古いおとぎばなしを思い出す。

 彼ら、彼女らはにでもいて、自然の営みを守り、人間たちの生活を良くしてくれているのだとか。


「お、妖精さん、という表現は面白いですね! 知ってます? 西洋のある地域の伝承では、人は死ぬと妖精に生まれ変わるそうですよ。特定の誰か以外には姿も見えず、声を聞く事もできないなら、日本の幽霊と変わりないかもしれませんね」


 幽霊……午前中に見た映画のヒロインがそうだったっけ。

 主人公であるロボットにしか見えず、声も聞こえない。一人ぼっちの女の子。


「──彼らは、何処にでもいるんじゃないでしょうか。火にも、水にも。もちろん、この土にも」


 いるくんがまん丸の体を更に丸め、足元の土を手に取る。


「そして──風、にも」


 その手から土がこぼれ、風に舞いながら空へ散ってゆく。それは、何だかとても幻想的な光景だった。


「皆、心のかでは信じているんですよ。そういった彼らが確かにここにいて、俺達を見守ってくれている、という事を。きっとね、どれだけ時がたっても、たとえ俺達が死んでしまったとしても……完全に忘れられることなんてないし、忘れない。だから、どんなに寂しくても、つらくても──耐えられるんです。思い出はちゃんと、この胸に残ってるから」


 私は、息をするのも忘れたように、ただただ彼の言葉に耳を傾けていた。


「──実は俺、妖精さんとお話ができるって言ったら信じます?」

「へ!?」

「最初に会った時、あいつらが教えてくれたんですよ。あささんが、優しい女の子だってね」

「え、ええええ!?」


 突然、おかしな事を言い出されて、混乱してしまう。

 何と言っていいものか、言葉に詰まっていると……


「なーんて、ね!」


 急に、彼がへにゃっとした、だらしのない笑みを浮かべたではないか!


「あ、だましたんですね! 今までのは全部うそですか!?」

「ぷぷっ、朝比奈さんは純粋ッスね!」


 ころっと騙されてしまった! いや、信じる方がどうかとは思うけれど!


「もうっ あのですね──」

「元気は、出ましたか?」

「──え?」


 文句を言ってやろうと口を開く、まさにその瞬間を狙ったように。彼が、出し抜けにそんな事を言ってきた。


「あ、あれ?」


 言われて、気付く。の間にか、嫌な気持ちや寂しく切ない気持ちは何処かに飛んで無くなってしまっていた。


「朝から何だか元気がなかったから、心配していたんですよ。ま、まあ映画館のアレは俺のせいですけど……」


 入間くんはそう言うと、照れたようにほおき、ほっと息を吐いた。


「どうやら、大丈夫みたいですね。良かったぁ」

「あ──」


 何、だろう。今、何かこう、心がふわっとした、ような……

 今日は、来て良かったのかもしれない。

 悪くない……ううん、とても楽しいデートだった。心から、そう思う。

 ──しかし。


「……ッ!?」


 スマホから鳴り響く着信音が、その平穏な気持ちを切り裂いた。

 このメロディは、あらかじめ登録しておいたものだ。特定の誰かからメッセージが届いた時、すぐに判別できるように。そう、つまり。この相手は……





なないく:デートの具合はどうなのよ(笑) さっさと証拠の写真、送んなさいよね】





 一瞬で、心が冷える。ああ、やっぱり現実は『こう』だったんだ。忘れてた。


「ど、どうかしましたか?」

「いえ、大したことじゃありません。それより、お願いがあるんですが」


 その言葉を告げるだけで、心がじくりと痛む。


「お、俺でできる事でしたら、何でも言ってくださいよ!」

「……ごめんなさい、じゃあ──」


 震える手で、スマホを差し出す。





「──私と一緒に、写真を撮ってくれませんか?」



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