第三話―⑥ プラモデル




 それからしばらくして、私達は駅への帰り道を歩いていた。

 まだ時間も早くはあったが、私が疲れていると思ったのだろう。

 いるくんの方から、もう帰ろう、と言い出してくれたのだ。

 罪悪感と申し訳なさで、心がぐちゃぐちゃだった。

 彼の申し出に、少しホッとしてしまった自分が居るのがまた情けなくて、涙が出そう。


 手にぶら下げたスマホを見ると、先ほど撮った写真が目に入る。

 彼と一緒に撮影しろ、という「命令」が下ったため、どうしてもくっ付いて撮る他なかったこの画像。

 入間くんの事は、前ほど毛嫌いしていない。それどころか、好感の持てる男の子だと思う。でも、流石さすがに密着したいとまでは思えなかった。

 ──そんな風に感じてしまう、自分は最低だ。


あささん、やっぱり顔色が悪いですよ。あそこのベンチで、少し休みましょう」


 そう言って、彼は商店街の店先に置いてあるベンチを指差した。


「はい……ごめんなさい」


 その申し出を断る気力もなく、私はベンチに腰掛けさせてもらった。


「こ、ここは俺の行きつけの店なので、少しくらい休んでも大丈夫ですよ。今、店長に声を掛けてきますから!」


 そう言うが早いか、お店の中に飛び込んでゆく。

 ややあって、いるくんがペットボトルを抱えながらこちらに戻ってきた。


「今、許可を取ってきたんで、安心してください! あ、これ! お茶でもどうぞ!」


 ありがたくペットボトルを受け取り、喉を潤す。

 お茶の温かさが胸にみて、何だか泣きそうになってしまった。

 それから、どれくらい休んだろうか?

 大分、気分も落ち着いてきた。あまり彼を拘束しておくのもどうかと思うし……

 もう、大丈夫だから帰りましょう。そう、声をかけようとした時だった。




「あっ!?」


 急に、入間くんが短い叫び声をあげた。



「ど、どうかしたんですか!?」


 驚いてそちらを見ると、彼は店のガラスにへばりつき、中をじっと注視しているようだった。

 あのお店の中に、何かあるのかな? そう思った所で、あっと声が出そうになった。

 そういえば、ここは何のお店なんだろ。それさえも気付く余裕がなかったのかと、少し恥ずかしくなる。それをすように、改めて看板を見上げた。


あお模型店……?」


 模型……プラモのお店なのだろうか。個人商店はあんまり見かけなくなってしまった、とお父さんが言っていたのを思い出す。じゃあ、ここは今どき珍しいのかな。


「あ、ご、ごめん! も、もう大丈夫ですか?」


 私の視線に気付いたか、彼が慌ててこちらに向き直った。


「え? あ、はい。心配をかけてごめんなさい。あの、何を見ていたんですか?」

「い、いえいえ! ぜんっぜん! 大したことじゃありませんから!」


 必死で誤魔化す彼の様子を見て、私は首をかしげた。

 あのガラスケースの中に、何かあったのかな?

 すると、ドアが音を立てて開き、そこから一人の男性が姿を現した。


「どうした、はる?」

「ひぃっ!?」


 店内から出てきたのは、天をくかのような大男だった。その顔はひげでモジャモジャで、まるで冬眠から覚めた熊のようにいかつい顔立ちだ。

 その首には、何かのアクセサリーだろうか? 円形の小物をネックレスのようにぶらさげている。


「あ、店長。ベンチを貸してくれてサンキュー」

「ああ、構わんよ。大丈夫なのか、そこのお嬢ちゃんは」


 てん、ちょう? もしかして、このクマさんがこの模型店のあるじ、なのだろうか。

 そういえば、模型店のロゴが入ったエプロンのような物を身に着けてはいるけれど……


「うん、おかげさまでね。あ、あささん。こちらはこの模型店の店長、青井まさひこさん。顔はちょっと怖いけど、良い人ですよ」


 そう言われても、一見のインパクトはものすごいものがあった。何となく、気後れしてしまう。


「あ、朝比奈と言います。休ませて下さって、ありがとうございました……」

「いやいや、気にしないでくれ。しかし、ねえ。アンタ、晴斗の彼女なんだって? まさか、コイツに恋人ができるとはな!」


 がっはっは、と豪快に笑う店長さん。それだけで、体がすくみそうになった。


「えへへ、照れますなあ」

「物好きな姉ちゃんがいてくれて良かったな! 世の中、どんなミラクルがあるかわかんねえもんだ!」

「余計なお世話ですよ!」

「まあ、まあ。それよりお前、アレが気になってんだろ?」


 店長さんがガラスケースの方を親指でクイッと指す。

 その中には、他の物よりも少し大きめの箱が展示されていた。あれもプラモデル、なのかな?


「あの、あれは何ですか?」

「こいつがな、ずーっと欲しがってたプラモがようやく一個だけ、店に入荷したんだよ。ちょっとしたがあってな。手に入れんの大変だったんだぜ」


 へえ、レア物って事なのかな。プラモデルにもそういうのがあるとは知らなかった。


「いやいや、あささんが心配だし! 買い物はまた今度にするから、今日はこれで帰りますって!」

「まあ、そりゃあそうだな。でも、悪いな。次来るまでにまだ売ってるかわかんねえぞ」

「え、そうなんですか?」

「ああ、これを欲しがってるやつは他にもいるしなあ。取り置きとかはできねえんだ。不公平かもしれんが、早い者勝ちってのが一番角が立たないしな」

「うぐ……!」


 痛い所を突かれた、というようにいるくんが顔をしかめた。


「べ、別に構いませんよ。ぷ、プラモはいつか買えるし! 気長にネットオークションでも回るから、平気ッス!」


 私なんて放って、買ってくればいいのに。

 明らかに無理をしている彼を見ていると、心が痛む。

 思い返せば、今日はどれだけ彼のお世話になったかわからない。だったら、最後くらい好きにさせてあげたかった。


「構いませんよ? 私も気分が良くなりましたし、良ければ寄って行きませんか?」

「で、でも……!」

「大丈夫ですから。さ、中に入りましょう?」

「う、うう……俺の彼女は、なんて優しい子なんだ!」


 涙ぐんでいる彼に苦笑しつつ、ドアを通って店内に入る。

 プラモはお父さんの大事な趣味だ。この機会に少し、触れてみるのも悪くないかも。

 ぐるりと周囲を見回すと、辺り一面に整然と並ぶ模型の箱が目に入った。

 その種類も色々で、各カテゴリ毎に区画が分けられているようだ。ロボットや戦車、飛行機。更にはメカ?のよろいを付けた女の子の人形?まであり、実に多彩だ。

 へえ、模型店の中って、こんな風になってるんだ。見ているだけでも、楽しいかも。

 何となく、一つ手に取って見る。白いロボットの箱。その下部に書かれたアルファベットがロボの名前のようだが、何て読むのかわからない。

 そういえば、お父さんも似たようなプラモデルを持っていたような……ちょっと、可愛かわいいデザインかも。


「ふーん、ふふーん♪」


 楽しそうな鼻歌が聞こえ、そちらの方へ目を向けた。

 よほどうれしかったのか、スキップをしながらレジに向かういるくんの姿が見えた。

 彼は、どんなものを買ったんだろう。少しだけ興味がわいて、その後ろに付いた。


「何を買うんですか?」

「あ、これですか? これはAA戦士って言うSDサイズのロボットのプラモデルでして。昔出た、今じゃ手に入りづらい限定品なんですよ!」


 入間くんはキラキラした目で、持っている箱を見せてくれた。


「これは、きんりゆう四大皇帝の陣、っていいまして。初代から四代目までの歴代皇帝のプラモを特注のクリアパーツ製に作り直してセットにしたものなんですよ! 特に三代目のかつ良さは異常でしてね! ああ、電光剣が付けばなおの事良いのに……」

「へえ、貴重な物なんですね」


 良くわからないけど、彼がこうまで熱弁を振るってるんだし、相当に手に入り辛い物なんだろうなあ。


「どうでも良いが、そんな話をしてたら嬢ちゃんに引かれねえか?」

「ギャアアアアア! またやっちまったぁぁぁ!!」


 突然、たけびを上げたかと思うと、入間くんがのたうち回りながら店内をゴロゴロ転がってゆく。西部劇に出てくるわらのようなアレみたいで、ちょっと可愛いかもしれない。


「せ、せつかくこういったオタ話は彼女の前ではしないようにと心がけてたのに! 台無しだ!」

「まあ、人生なんてそんなもんだ。そら、これをやるから元気出せ、少年!」

「これって……バンプラ? それも、ライトガンナーのプラモっすか? しかもえらく古いような……」

「ユア、プレゼンツ! 今なら+百円でこいつもサービスしてやるよ」


 店長さんがカウンターの上に、プラモの箱を置く。


「どう見ても在庫整理でしょうが……今は間に合ってますよ」

「そう言うなって、ほら。そこの嬢ちゃんにくれてやるとかさ」

「へ?」


 突然水を向けられて、戸惑ってしまう。流石さすがに、初デートの女の子にこれをプレゼントするのはどうなんだろう。

 いるくんもそう思ったらしく、顔をらせながら大声をあげた。


「アホか!? そんなもんプレゼントになるかぁぁぁ!」


 そうだよね、幾らなんでもこれはちょっと……って、あれ?


「あ、これ。このロボットって……」


 そのデザインには、見覚えがあった。確か、お父さんが作った事のあるやつだ。

 そうとわかれば現金なもので、何となく、じーっと見入ってしまう。

 お父さんが持っているのと同じプラモデル……ちょっとだけ、興味があった。


「冗談で言ったんだが……お嬢ちゃん、まさかこれに興味があるのか?」


 よっぽど物欲しそうに見てしまったのだろうか。店長さんが、声を掛けてきた。


「あ、は、はい……」

「そら、彼女が欲しがってるみたいだぞ。よしよし、大負けに負けて、全部で二千円にしといてやろう」

「え、ちょ、待っ──」

「はい、毎度あり!」


 反論を許さず、店長さんはあっという間にこんぽうを済ませてしまった。

 あつに取られて口を開いている入間くんを尻目に、私は商品の入った袋を受け取る。

 どうしたものかと困り果て、とにかく左右に振ってみた。全く抵抗感なく揺さぶられるそれを見て、私は案外プラモって軽いのだなあと場違いな感想を抱くのだった。





 支払いを済ませて店外に出ると、入間くんは大きく息を吐いた。


「ったく、あの店長の強引さにはかなわねえや。すみません、あささん。こんなもの、迷惑でしょう?」


 申し訳なさそうな彼の顔を見ていると、突き返すのも悪い気がしてくる。


「い、いえ! せっかくですし、いただけるのならうれしいですよ」

「ま、マジっすか? じゃ、じゃあどうぞ持って帰ってください」


 了承の言葉と共に、幾つか作るに当たって気を付けなきゃいけない事をいた。

 ……作り方を直接教えようか、という申し出は丁重にお断りする。

 必要な道具もあるようだけど、それはお父さんに借りればいいかな。

 プラモ作成のイロハを聞き終わると、そこで会話も途切れた。

 ここでこうしていても仕方がない。どちらからともなく、歩き出す。

 色々あって疲れたせいもあり、帰り道では特におしやべりはしなかった。

 やがて、駅が見えて来る。彼とは逆方向なので、ここでお別れだ。


「それじゃあ、私はここで。今日は、楽しかったです……」

「本当に、送っていかなくても大丈夫ですか?」

「え、ええ。もうなんともないですから。あの、私はここで」


 心配そうな彼に向かって笑いかけ、改めてさよならを告げる。


「そ、それじゃああささん! また来週、学校で!」


 明るい声を張り上げる彼に、軽く頭を下げ、改札を通り抜けた。

 電車に乗り込むまで、彼が隣のホームから手を振ってくれるのが見える。

 その姿がか、強く心に残った。






「ただいま!」


「お帰り、お姉ちゃん! なんだ、帰ってくるの早いじゃん! まだ四時前だよ?」


 家に帰るなり、ふたがリビングから飛び出し、私に抱き付いてきた。


「お友達と映画を見に行ってたんでしょ? どうだった? 楽しかった?」

「は、はい! 見終わった後なんて、皆で感想を言い合いながら、はしゃいじゃいましたよ」


 いつもの笑顔で、いつも通りのうそく。心の隅っこがキリリと痛んだが、もう慣れた。


「お母さん達は? 買い物ですか?」

「今日は二人とも、夕方までお出かけだって。久しぶりに二人っきりでゆっくり過ごすんだって張り切ってたよ。いやあ、いつまでも若いねえ、うんうん!」

「ふふふ、それで双葉はお邪魔にならないようにお留守番ですか? 良い子ですね」

「そうでしょそうでしょ、褒めて褒めて!」


 ほおを胸元にグリグリとこすり付けてくる妹が、本当に可愛かわいらしい。

 要望通りに優しく頭をでてあげると、双葉は気持ちよさそうに目を細めた。


「あ、そうだ! 明日は私もお出かけするよ。友達が誕生パーティーをやるんだって」

「へ、へえ……い、いいですね」


 内心の嫉妬がにじみださないうちに、その場を離れる。

 大事な妹に、こんな気持ちを知られたくない。

 急ぎ足で部屋に駆け込むと、そのままベッドに倒れ込んだ。

 それを見計らったかのように、LINEの着信音が響く。さきほどと同じメロディ。

 ……ななさんだ。送った画像を見たのだろう。

 どうせ、メッセージの内容は私を馬鹿にしたり、笑い者にするようなものに決まってる。

 今は、それを確かめる気力さえ湧いてこなかった。

 胃の辺りが、ずんと重く痛む。涙がにじんでこないように、顔を枕に押し付けた。

 衝動的に腕を布団に投げ出した所で、ふと、手が何かに触れる。

 持ちあげてみると、今日買ってもらったプラモ、その包装紙が目に入った。

 そういえば、これがいるくんからもらった初めてのプレゼント、という事になるのだろうか……しばし躊躇ためらった後、思い切って包みを破き、中身を取り出してみた。

 箱を手にとってみると、意外と大きいのがわかる。そのパッケージには、勇ましげに銃を構えたロボットが描かれていた。

 中を開けると、ビニールの中に幾つものパーツが重なって入っている。これを、ニッパーで切り離し、組み立てれば良いんだったっけ。


「あ、説明書が入ってる……」


 薄い紙の説明書を開くと、組み立て方法の他に、このロボット……Mスーツというらしい、の説明も記されていた。

 えっと、連合軍、という軍隊に採用された量産型Mスーツというのがこの『ライトガンナー』なのね。

 つまり、同じ型が幾つも作られ、同じようにパイロット達に使われてゆくんだろう。

 量産、みんな、同じ……その言葉は、胸にズキリときた。

 何で、私は皆と同じになれないのかな?

 学校に行ってもいじめられ、初デートも恋人も、偽りに過ぎない。

 特別じゃ無くったって、いい。みんなと、同じになりたかった……!

 そんなちっぽけな願いなのに、どうして。私にはかなえることもできないんだろうか。


「う、ふ、ふぇぇ……」


 こらえていた涙が、ポロポロとこぼれ落ちてゆく。


「もう、嫌だよぉ。皆と同じに、なりたい……! 私だけ仲間外れは、やだぁ……」


 段々と、視界が暗くなってゆく。意識が薄れ、眠りへと誘われてゆくのがわかった。

 もう、いい。疲れた。今日はこのまま、寝てしまおう。

 意識が、そうして、夢の中に落ちる、寸前──




あささん』




 だろう? ほおを緩ませた、彼の優しい笑顔が、頭に浮かんで離れなかった……。


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