第三話―④ お昼ごはんは、手作りの――


「どうですか? ここ、結構落ち着いて食べれるでしょう?」

「はい、そうですね。こんな所でご飯が食べれるなんて、盲点でした」


 入間くんのおすすめに従い、私達は市民会館へとやってきた。

 ここは、休日も習い事やサークル活動で広く一般に開放されているらしく、館内には食事を取るためのテーブル席なども用意されていた。


「俺もね、ちょくちょく利用させてもらってるんですよ。ここは一階が常時開放されているから、家族連れの人なんかもよく来るみたいで」


 もう、十一月も半ばだ。それでなくてもは陰っているし、外は予想以上に寒い。温かい場所でご飯を食べられるのはうれしい。


「それにしても、ほんっとに、あささんの作ったお弁当はしいです!」

「あ、ありがとうございます」

「これもうまいなあ! こっちも美味しいなあ! ああ、幸せだなあ……!」


 彼は、見かけ通りの食いしん坊だったようで、気持ちの良いくらいの食べっぷりを見せてくれた。

 ひょいひょいひょい、とお箸がリズミカルに動き、みるみるうちにお弁当箱が空っぽになっていく。本当に嬉しそうに、楽しそうにご飯を平らげる彼を見ていると、なんともいえない気持ちになる。

 ──このお弁当、私がそうしたくて作ってきたわけじゃないのに。

 そもそも、今日のデート自体、ななさん達の指示によるものだ。

 いるくんとのお昼ご飯用に、手作りのお弁当を用意するようにと言われたのも、そう。

 ゲームを手早く進めるため……等と言ってはいたが、何の事はない。ようは私と入間くんを笑い者にして楽しみたいんだろう。それがわかっているから、お弁当を作っているときも、気が重くて仕方がなかった。

 けど──


「マジうめぇっすよ! もう、この玉子焼きだけで白メシ三杯はいけるっていうか!」

「……ふふふ」


 ──こんなに喜んでくれるのなら、作って来て良かった、かも。

 そんな風にさえ思える自分が、何だかおかしかった。

 入間はる。彼は、とても不思議な人物だった。喜怒哀楽がはっきりしていて、おまけにそれがいやに感じることもない。

 直接話すようになって、まだ数日しかっていないけど、うわさで聞いていた人物とは随分違うように思う。

 今日だって、えっちなゲームの話とか、いわゆるオタクっぽいアニメや漫画の話を延々と聞かされるのではないかと戦々恐々としていたのに……そんな事は全くない。

 むしろ、逆にこっちを色々と気遣ってくれているのがわかる。

 何より、人見知りの激しい私が、いつの間にか普通に話している事に驚いた。

 なんというか、今まで出会った事のないタイプの男の子だった。

 そんな風に、彼の事をじっと見ていると──


「おっと、食べてばかりで申し訳ないッスね! ついつい、美味しくて」

「あ、いえ! 大丈夫ですよ」

「しかし、本当に料理が上手なんですね。ウチの母ちゃんとは雲泥の差ですよ。ひょっとして、おうちでもよくご飯とか作っているんですか?」

「そうですねぇ、お母さんのお手伝いはよくしますよ。妹が料理だけは苦手なので、代わりに私が──って、しているうちに、自然と上達したというか──」


 どういうわけか、あの子は包丁のたぐいを使うのが苦手なんだよね。むしろ手先は器用な方なのに、どうしてなんだろう。同じ双子なのに、得意不得意が出てくるから不思議だなあ。


「あ、妹さんもいるんですか? じゃあ、あささんのおうちって四人家族?」

「はい、そうです。みんな、とっても仲が良いんですよ」


 家族の話をするのは好き。それだけで、気分が良くなってしまう。


「さっき話に出た双子の妹のふたは、私の自慢なんですよ? 私と違って明るくて朗らかで優しくて。運動神経も抜群ですし、とってもお姉ちゃんおもいの良い子なんですから!」

「うーん、それは羨ましい。ウチとは大違いだ」

「お母さんは怒ると怖いけど、いつもおしとやかで優しいですし」


 母の、あの物腰の柔らかさと優雅さには子供の頃から憧れていた。

 少しでも近づけるようにと、お母さんのように敬語を使い出したのは、いつからだったっけ?


「それで、お父さんはちょっと変わった趣味を持っていますが、唯一の男手だけあって、とっても頼りになりますし」

「変わった趣味?」

「バンダム、でしたっけ? ああいうプラモデルをよく集めているんです。部屋が埋まりそうなくらい箱を積み上げてたり……」


 母はその辺に関しては大らかなので、一定の度が過ぎるまでは父の趣味に干渉しない。

 一度、作ってもいないプラモの箱が部屋を圧迫し過ぎて、ダイニングにまで浸食した時に雷が落ちたくらいだ。

 私の目にはどれも似たような物に見えるけど、父にとってはそうじゃないのだろう。楽しそうにプラモを作っている様子は、見ているこっちまで微笑ほほえましい気持ちになってくる。


「バンダムは俺も大好きですよ! M91はマジ名機っていうか……っと、いけね」


 いるくんが、慌てたように口をつぐんだ。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ何でもないんですよ。何だか愉快そうなお父さんだなあ、と」


 そう、その通り! 私は身を乗り出すようにして、父の素晴らしさを力説する。


「はい、とっても優しくて面白いお父さんです!」

「……朝比奈さんは、お父さんの事が大好きなんですね」

「ええ。お父さんも、お母さんも双葉も! みんな、みんな大好きです!」


 何よりも、誰よりも大切な家族。彼らの話なら、いくらでもできる。

 入間くんは、そんな私の話にあきれた様子もなく、優しい笑顔でうなずいてくれた。


「えっと、いるくんのお父さん達は、どんな人なんですか?」


 ふと、気になってしまい、そんな言葉が口に出た。

 こんな愉快な男の子を育てたお父さんたちって、一体……。


「ん? 俺の父ちゃん達ですか?」


 ニコニコと笑ったまま、入間くんがぴょこん、と人差し指を立てた。


「父ちゃんは、中学校の教師をやってたんですよ。子供の頃は俺もよく礼儀作法とか注意されたっけ」


 学校の先生とは意外だった。彼の破天荒ぶりからは、とてもそんなマジメで厳しい父親がいるようには見えない。


「けっこー、あれで愉快な性格をしていて、くだらないギャグなんかもよく飛ばしていたっけなあ。酒が入ると泣きじようになるのは困ったけど」


 そう言いながらも、彼の言葉は弾んでいるように聞こえる。実に、楽しそうだった。


「ま、怒るとやたらと厳しかったけどさ。でも、俺にとっては大事な父親ですよ」

「へえ……」

「それで、母ちゃんの方はまさに正反対! きもっ玉も太い上に負けず嫌いだし。この間もスーパーの大売出しに一番乗りするんだと言って、この寒いのに朝の四時から店の前で張り込んでたんですよ?」


 朝の四時から!? それは何というか、すごい行動力だ。


「俺は止めたんですけど、ふゆ──妹のやつまでそれに乗っかるもんだから、一緒に付き合う羽目になっちゃったし……」

「あれ、入間くんのおうちも妹さんがいるんですか?」


 そんな話は聞いた事もなかった。という事は、彼の家も四人家族なのかな?

 少しだけ、親近感が沸いてくる。


「ええ、二つ下の十四歳でしてね。美冬っていうんです。俺に似ずに顔も頭も良くてね。いわゆる才色兼備ってのかな? だからってわけじゃないけど、しゆん──なみかわの奴がもう、べたれでね。暇さえあればメッセを飛ばしまくってるみたいなんすよ」


 あの波川くんが、彼の妹さんに? 何だか、想像がつかない。


「ただ、ウチのはそっちの愛らしい妹さんと違って、極度のドSでねえ。自分にれてるってわかってるからか、瞬を振り回すだけ振り回して楽しんでやがるし……」

「あはは、た、楽しそうなご家族なんですね」

「ホント、毎日がにぎやか過ぎてたまんないっスよ!」


 へきえきしたように肩をすくめるが、その顔は相変わらず楽しげだ。

 入間くんの家族も、きっと明るくて良い人たちなんだな、と想像できた。

 彼の話を聞いて、そんな風に和んでいると、入間くんが急にもじもじと体をよじり始めた。


「と、ところでそのう……ちょっと、聞いておきたい事があるんですが」

「何ですか?」


 首をかしげて問い掛けると、彼は迷うように目を伏せた。

 そのまま二、三度深呼吸をし、息を整えたかと思うと──





「あ、あささんは、俺のどこを好きになってくれたんですか!?」



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