第三話―③ ふしぎな体験

「わあ……」


 店内は予想通り、うるさいくらいに盛況だった。

 あちらこちらから楽しそうな笑い声が聞こえてくる。子供の数が特に多いようで、親にゲーム代をせがんだり、友達同士ではしゃぎ合ったりしているようだ。


「……なんだか、すごいですね」


 お店の中には様々なゲームの機械? が所狭しと立ち並んでいる。私でも知っているクレーンゲームに、あれは……竿ざおかな? それにあっちは、競馬? すごい、どうやって遊べばいいのか、想像も付かない。

 こういったお店に入るのは、初めてだ。不安もあったが、同時に何だか新鮮でもあった。


「ふうむ、新作も増えているみたいだな。あささん、何で遊びましょうか?」

「えっと、ごめんなさい。私、こういった所に来たこと無くて」

「あ、なるほど! それでは不肖、このいるはるめがご案内いたしましょう」


 朗らかに笑いながら、彼は不慣れな私を先導してくれた。

 何でも、ここはメダルゲームが主体であるそうで、現金を交換して遊ぶのだとか。

 お財布を取り出そうとした私を制し、入間くんが交換機にお札を入れる。ジャラジャラと銀色のコインが取り皿に流れ落ちてきた。


「あの、私が出します! さっき、映画の代金も払ってもらっちゃったし」

「でも、飲み物は朝比奈さんが買ってくれてたでしょ? それでチャラだよ。チャラ。あれ、うれしかったなあ。こういう言い方はアレかもだけど、朝比奈さんって気が利くんスね」


 照れたようにほおくと、入間くんはメダルがまった皿を両手に抱えた。

 チャラなら、それこそ私の遊ぶ分は私が払うべきだと思うのだけど……

 しかし、そこはどうしても譲れないらしい。彼が特別そうなのか、それともデート中の男の子は、みんなこうなのだろうか……わからない。


「さてっと、まずはどれで遊ぼうかな。女の子がやりやすいゲームって言ったら、UFOキャッチャーとか? でも、ここの台はアームが弱いからなあ。景品も微妙だし。と、すると……ああ、そうだ!」


 入間くんが一台のゲーム台を指差し、もう片方の手で私を手招きする。


「確か、朝比奈さんはクイズ番組をよく見るって言ってましたよね?」

「あ、はい。それが何か?」


 そういえば、彼と一緒に学校から帰る途中、好きなテレビ番組の話をちらっとしたっけ。でも、ソレがどうかしたのかな?


「じゃあ、これをやってみるのは、どうでしょうか?」


 きようたいに近付いてみると、台の上に妖精、だろうか? 羽を生やした可愛かわいらしい少女のお人形が設置されており、手足をピョコピョコ動かしているのが見えた。


「これは、簡単に言うとクイズゲームです。画面を押して幾つかの答えの中から正解を選ぶだけなので、ゲーム初心者でも問題なく遊べると思いますよ」

「へえ、色んなゲームがあるんですね」


 よく見ると、妖精はクエスチョンマークの形をしたつえを持っている。横に書かれた説明書きを読むと、これで画面をタッチしてゲームを進めていくのだとか。

 あまり気が進まなかったが、せつかく誘ってくれたのだし、少しくらい、いいかな。

 ちょぴりドキドキしながら、椅子に腰掛ける。

 座るのと同時に、ちゃりん、という小気味の良い音が響く。どうやら、いるくんがメダルを投入してくれたらしい。


「不思議な魔法の世界にようこそ!」


 画面が光り、音声が聞こえてきた。どうやら、ゲームが始まるらしい。


「人々を苦しめたテラードラゴンを倒すため、クイズを解いて伝説の武具を手に入れて!」


 可愛かわいらしいキャラクターたちが画面に現れ、何やら問題を出してきた。

 それを眺めていると、入間くんがさり気なく口を挟み、操作方法を教えてくれる。この妖精人形を使って画面に触れ、出て来る問題を時間内に解いていけばクリア、らしい。


「ええと、山梨県の県庁所在地はか、ですか。これは、確か……」


 ファンタジーなのに意外と現実的な問題が出てくる事に面食らうが、答えはわかる。

 画面には「A・こう」「B・みなみアルプス」「C・こうしゆう」の三択が並んでいる。これのどれかを選べば良いのね。


「む、いきなり難問だな。これは南アルプスが妖しい気がするぜ……!」


 うん甲府、よね。Aを選択……っと。


「正解です!!」

「わ、わわ!?」


 次の瞬間、モニターの中から大きな歓声が響き渡り、BGMが高らかなファンファーレを奏でだした。これは、もしかして──


「あ、当たった、の?」

すごい、大当たりですよ!」


 ぱん、と手をたたきながら入間くんが声をあげた。


「俺なんて、全くわからなかったっすよ。あささん、あったまいいなあ!」

「そ、そんな。大したことじゃないですし……」


 大はしゃぎで正解をたたえられて、私は慌てて否定する。けど、入間くんはそれを謙遜だと受け取ったみたい。すごい、すごいと子供みたいに騒いでる。

 ほ、本気で言ってるの? 褒められ慣れていないせいか、体がむずむずしてくる。

 けど……


「え、えへへ」


 ……悪い気は、しなかった。


「さあ、この調子でどんどん解いていきましょう! 目指すは全問クリアーですよ」

「は、はい!」


 威勢の良い掛け声に背中を押され、私は再び画面に向き直る。

 そうして、とても不思議な時間が始まった。




「トウモロコシの原産地……? あれ、日本じゃないの?」

「……えっと、確か前にテレビで見た事があります。中央アメリカだそうですよ」




 次から次に表示される問題を、彼と一緒に解いていく。




「百万の大軍をたった三千人で撃破した戦い……? そ、そんなのあるんですか?」

「あ、これネットで見た事があるかも。何だっけなぁ。チートで有名なこうていのエピソードで、確かが昇りそうな名前だったような」

「むむ……? じゃあ、このこんようの戦い、ですか?」




 時には一緒に悩み、またある時は、わかった答えに口をそろえて声を出して。




「へえ、知らなかったなあ。マラソンの語源って古代ギリシャの都市だったのか」

「もっと詳しく言えば、アテナイ軍の勝利を告げて力尽きた伝令にちなんで、だとか。走る距離も、マラトンからアテナイまで走り続けた実際のソレを元にしたらしいですよ。ああ、そうそう。マラソンと言えばですね──」




 次第に会話にも熱が籠り、になくじようぜつになっていくのが、自分でもわかった。




「よぉっし! 正解! 大正解!」

「さあ次、行きますよぉ! 何でもドンと来いです!」




 ──それはまぎれもなく「楽しい」ひと時であった。






「い、いよいよ、最後の問題ですね!」


 何だか、興奮してきた。これで終わってしまうのがもつたいないとさえ思う。


「俺も、ここまで来たのは初めてですよ。さあ、ラスト……気合入れていきましょう!」

「はいっ!」


 ふたはスマホのアプリでよく遊んでいるようだったが、私はどうにも苦手意識があり、触らずじまいだった。だから、ゲームなんて子供の時にやったきりだ。しかも、途中で投げ出す事も多く、クリアしたゲームなど一つもなかった。

 しかし、ここまで来たら、このクイズゲームだけは是非とも全問正解してみたい。

 さあ、最後はどんな問題なのか……


「おや、最後は英文、かな?」

「ええ!?」




『In my book you should stop smoking.の意味を訳せ』




 ──画面には、そう表示されていた。

 まずい! 私は英語だけは大の苦手なのだ。他の教科ならばそこそこ高得点を取れるのに、これだけはいつも赤点スレスレだ。


「よりによって、最後が英語の問題だなんて……!」


 それでも泣き言を言ってる暇は無い。

 こうしてる間にも、制限時間は刻一刻と迫って来るのだ。

 か、考えなきゃ! 冷静に、冷静になって答えをようく見るのよ!

 三つの、選択は──




 A 私の本には、あなたが禁煙すべきだと記されている



 B 私の意見では、あなたは禁煙するべきです



 C 禁煙する方法は、私の本の中に載っている




 ええっと、bookは本!

 だから、禁煙に関する事が本に書かれている、で間違いないはず!

 じゃあ、Bは引っ掛けか。でも、こういう場合、明らかに他の二つと内容が違うモノこそ正解だと言うケースも十分考えられる。

 でもでも、意味を考えるとあり得ないわけで……!

 ああ、頭がこんがらがってきた。目の前では、残り時間を示すデジタル数字がゆっくりとゼロに向かって進んでゆく。

 ただでさえ、見たくもない英文を自分の目で直視しているのだ。

 それが混乱に拍車をかけて、にっちもさっちも行かなくなってしまう。

 一度わけがわからなくなってしまうと、もう駄目だ。

 私の昔からの悪い癖。選べない、決められない。

 そうして、いつだって何かに乗り遅れるのだ。

 もう、カウントが三十を切った。ああ、もう、駄目──


「……bookには、色んな意味があるんですよ」

「────え?」

「予約や記帳、なんかもそうだし。ある一定の文字を付け加えれば、ガラリと意味が変わってしまうんです」


 突然聞こえてきた穏やかな声に驚き、そちらを振り返る。


いる、くん?」

「これは意地悪な引っ掛けですよ。だから、仲間外れにされているやつを選んであげたらそれでいいんです」


 目を閉じたまま、ゆっくりと。言い含めるように言葉を掛けてくれる。


「仲間外れにされるの、俺は嫌だなあ。だから、仲間に入ってもらいましょう?『正解』という、あささんの答えの中に、ね」


 仲間外れ──その言葉が、胸に重く響く。

 そうだ、この言葉は「私」と同じなのだ。仲間外れにされるなんて悲しいし、許せない。

 ──だったら、選ぶ答えは一つしかないよね。




 →B 私の意見では、あなたは禁煙するべきです




「正解です!」

 その瞬間、今までのBGMをはるかに上回る大音声で、荘厳なファンファーレが鳴り響く!

 けんらんごうなそれは、まるでオーケストラのように私の心を揺さぶり打った。


「やりましたね! 全問正解、ゲームクリアーですよ!」


 ぼうぜんとしている私の前で、入間くんが笑いながら手を振り回した。


「やった……? あ、あは……あはははは! やった、やったぁ!」


 一瞬遅れて、体中を達成感が駆け巡る。

 たかがゲーム、お遊びだというのに、この充実した気持ちはなんだろう!

 久しく感じていなかった、自分が何かをやり遂げたという確かな喜び。それが後から後からあふれて、止まらない。うれしい! すっごく、うれしい!


「でも、最後の問題は入間くんのおかげですよ。クイズ、得意なんじゃないですか!」

「え、英語だけは昔から得意中の得意で……ハハ、他は全然駄目のダメダメだけど」

「謙遜しないでくださいよ。本当に、すごいと思ってますから!」


 なんだろう。自分でも驚くくらい、声が弾んでる。

 それに戸惑う間もなく、彼が照れ臭そうに笑う。


あささん、疲れてません? もし、そうでなければ他のゲームも色々遊んでみませんか?」

「は、はい……是非!」


 普段なら遠慮しそうなその申し出を、この時の私はか、素直に受け入れていた。





 ──それからはもう、凄かった。



「これ、面白いですよ! こっちのりゲーはホントリアルで!」



 いるくんは、私の知らないゲームを次から次へと教えてくれる。



「これなんて最高ですよ! 二人プレイもできますから、今度は一緒にどうです?」



 それは、今まで感じた事の無い……とても不思議で、どこか心地良い時間であった。





「あ、もうこんな時間ですね」


 気が付けば、時計の針が午後一時に差し掛かっていた。

 映画を見終わり、ここに入ったのが十一時前だから、二時間以上も遊んでいた事になる。


「そろそろ、腹も減ったし、お昼ご飯にしましょうか! ここ、ランチがしいお店があるんですよ。良かったら、そっちで────」


 お昼……そうだ、忘れてた!


「あ、あの。それ、なんですけど……」

「あ、まだおなかいてませんでした? それなら──」


 彼の返答を待たず、バッグを開けて『それ』を取り出した。

 布でラッピングされた長方形の箱二つが、光にあたってうっすらと輝く。

 ゲームを円滑に進めるため、と笑うななさんの姿がそれにダブる。

 そう、これが。今日のために作って『こさせられた』お弁当であった。


「……え? こ、これってまさか!」

「は、はい。お弁当です」

「アサヒナサンノ テヅクリノ?」

「はい、そうですが?」


 突然、いるくんがカタコトでしやべり出した。さっきの映画のロボットみたいだ。

 ど、どうしたんだろ? それに、ものすっごい目でお弁当を見つめてるんですけど!?

 これが、何か──


「──あ、そっか! ご、ごめんなさい! 今日、用意してくるって言わなくて!」


 きっと、今日のためにわざわざお店を調べてくれていたんだろう。もしかしたら、予約なんかもしていたかもしれない! だとしたら……

 入間くんが腹を立てるのを想像し、私は思わず身を震わせてしまった。


「ウオオオオオオオオオオオオ!」

「ひゃいっ!?」


 突然、彼が大声を張り上げた!


「な、なななななな!?」


 一体、何? 何が起こったの!?

 混乱する私をに、入間くんは狂ったように叫び続けた。


「うう、女の子からの手作り弁当……! 伝説の武具にも劣らぬ究極のアーティファクトが俺の目の前にあるなんて! うわぁぁぁん! 生きててよかったよぉぉぉ!」

「あ、あの! 落ち着いてください!」


 どうやら、怒ってはいないようだけど、こ、この反応は流石さすがに恥ずかしい!


「うう、人生ってかくも素晴らしきものだったんだなあ!」


 人目もはばからず、泣き出した彼に戸惑ってしまう。

 感情が本当に豊かで、コロコロと変わっていく。


 何というか、見ていて飽きない人だなあ……。


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