幕間




「何かさー、最近退屈よねぇ。平和、っていうかさぁ」


 朝の通学路。あちらこちらで、「おはよう」の挨拶が飛び交っている。

 大分寒くなってきたとはいえ、眠気はそう簡単に飛びやしない。

 眼をこすりながら、欠伸あくび交じりに登校する生徒達を横目に、なないくはそうつぶやいた。


「そうですねえ、テストも近いですし、ここらでなーんか息抜きしたいですよネ」


 同意の声は、すぐに返ってきた。七瀬の両脇を歩いている東海林しようじとりまきが、うんうん、とうなずいている。


「そうよね、そうよね。あーあ、何か面白い事無いかなあ。こう、いっそ学校でもどかん、と──」

「リア充、爆発しろよ!!」

「んわっ!? な、何よ、今の!?」


 雷鳴のようにとどろく怒声が鼓膜を揺るがせる。

 気だるげな朝の空気など、一気に吹き飛んでしまった。

 周囲の生徒達も、何事かと、目を白黒させている。

 ──すると。


「お、落ち着けよ。いつもの事じゃねえか」

「これが落ち着いていられるかってんだ! 毎朝毎朝、イチャイチャしやがって!」


 聞き覚えのあるダミ声に、ななたち三人は顔を合わせた。


「校門の前にいるのって、いるぜんじゃない? 朝っぱらから何を騒いでんだか」


 とりまきがため息交じりに肩をすくめる。彼女が指差した方向を見れば、数人の男女がワイワイガヤガヤと、周囲の迷惑も考えずに、何やらわめき散らしているのが見えた。


「ったく、同じことを何度も言わせんなよな。いい加減慣れろって」

「そうですよ、はるさん。何もやましい事など無いのですから」


 備前りよういちの横で、エプロンドレスを身に着けた女性が、にこやかに微笑ほほえんだ。


「さ、亮一さま。今日の分のお弁当です。亮一さまのお好きな唐揚げをいっぱい、入れてありますからね」

「お、そいつは楽しみだ! 昼休みが待ち遠しいな!」


 白と紺のコントラストがまぶしい洋服。頭にちょこんと乗せたヘッドドレス、まがう事なきメイドさんである。日本人があの服を着ても似合わないだろうと誰かが言っていたが、彼女はそれを見事に着こなしている。漫画や映画の中から抜け出たみたいにピッタリだ。


「愛情たっぷりプライスレスな、毎朝の手作り弁当……ッ! 格差社会が極まりすぎだろ! 日本政府は何やってんだ!」

「また始まった……もう諦めなよ、晴斗くん」


 見当違いの怒りを国家にぶつける晴斗に、なみかわしゆんが声をかけた。


「だって、だって! こんな可愛かわいいメイドさんに毎日毎日ご奉仕してもらってる、なんて羨ましすぎるだろ!? ズルイズルイ!」

「たく、晴斗にも困ったもんだぜ。コイツは俺様の大切な家族だ。姉代わり、母代りみたいなもんだって、お前も知ってるだろうに。なあ、ゆい?」

「……むう」

「え、何でそこでむくれるん? お、俺何かした?」

「晴斗君の気持ちが、少しだけわかった気がするよ。亮一君は鈍いからねえ、全く」


 瞬が、涼しげな笑顔で晴斗の肩をぽん、とたたく。


「まあ、無いものねだりをしても仕方ないよ。羨ましい気持ちはわかるけど、ここは男らしくさ、友人の恋模様を見守ってあげようじゃない」

「なーにを悟ったような事を言ってんだ、このムッツリ野郎が! 俺が知らないとでも思ったか? 昨夜もふゆやつと遅くまでイチャコラ電話してたろ!」

「あれ、ばれちゃってた? やだなあ、そんなんじゃないよ、おさん」

「ナチュラルに義兄呼びすんなや! 顔と台詞せりふが一致してねえぞ! 何だそのだらしなく緩んだツラぁ!」


 ひとしきりわめいてクールダウンしたのか、はるが荒い息を吐いたまま肩を落とした。


「チクショウ! やっぱり三次元に夢なんかねえんだ! いいもん、いいもん! 俺には二次元美少女な嫁がいっぱいいるし!」


 と思ったら、今度は地団太踏んで怒鳴り出す。

 どうやら、さっきのは噴火前のめであったようだ。


「負け惜しみじゃねえぞ、クソッタレェェェ!!」


 負け犬のとおえ全開で叫ぶその姿は、あまりにも見苦しかった。正視に耐えない。


「うわ、朝からキモイもの見ちゃった……」


 うげぇ、とななが舌を出すと、今度もまた同意の声が返って来る。


「全く、気色悪いったらありませんねえ! どうしてあんなゴミ虫がこの学校に居られるんだか! 不思議でなりませんヨ!」

「そうよね! ったく、うちの学校一のお荷物の癖に、最近、キモオタぶりが加速してきてない? ぜんたちのツレだからって調子に乗って……どうにかならない────」


 ん? 待てよ。七瀬はそこで、ハタッと言葉を止めた。


「これ、もしかしたら使えるかも」

「え、え。どういう事ですか?」


 悪巧みの匂いを嗅ぎつけたか、東海林しようじが目を輝かせて身を乗り出した。

 ノリの良い友人に気を良くして、七瀬は語り出す。

 調子に乗っているあのキモオタデブにおきゆうをすえて、ついでに自分達の憂さを晴らせる、一石二鳥の『お遊び』を。


「まあ、それは楽しそうですね。くひゅひゅひゅ、私にも一枚ませて下さいな」


 相変わらずよくわからない鳴き声を上げながら、東海林がニンマリと笑う。

 人を陥れるような「作戦」に関して、この娘は天才的なひらめきを持つ。

 これは、面白くなってきた。

 もやっとした気分が一気に晴れ、代わりに胸が熱く、ときめいてくる。まるで恋をしたかのような熱情が、脳内を駆け巡った。


「ふふっ、どうやらこれで、当分は退屈せずにすみそうね」




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