第一話―② 学園一の嫌われ者
四限目の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。私は、お弁当箱を
目指すは校舎裏。薄暗く、誰も立ち寄らない日陰の場所だ。肌寒いこの季節に、わざわざこんな場所で昼食を取ろうとする生徒はいない。そう、私以外には。
前は、私もクラスでご飯を食べていた。けれど、何度も何度もお弁当に
それでなくても
「よし、誰もいない。今のうちにご飯を──っと、わあ! 今日もおいしそう……」
卵焼きに野菜の煮つけ、
ご飯を食べるこの時間だけが、学校での唯一の楽しみだった。お母さんが、家族が。
……本当は、もう学校になんて行きたくない。でも、事情を話せばきっと両親や妹は心配するだろう。何より、私がこんな目に遭っているなんて、皆には知られたくない。
あと、四ヵ月もすれば進級し、クラスも変わる。そうすれば少しはマシになるはず。
お箸を
そうして、母の作ったお弁当を
「ブヒャヒャヒャヒャ! お前、ぜんっぜんわかってないのな! やっぱり
ビクリ、と体が震える。なに、今の大声は!?
物陰から顔を出し、恐る恐る様子を
思わず、あっ、と声を上げそうになる。彼らの顔には見覚えがあったのだ。
「んだと、てめえ
「何度でも言ってやろうではないか、ンン? お前にはギャルゲーの真価がまるで見えていないのさ。上辺だけの属性に
「くそ、
「それを取ったら戦争だろうが……!」
「何でだよ!?」
……いけない。訳の分からない
どうやら、浅黒い肌の少年と、ぽっちゃりとしたもう一人の少年が、激しく言い争っているようだ。彼ら二人の話から察するに、テレビゲームか何かの話だろうか?
あまりにも無益な論争に
「全く、落ち着きなよ二人とも。いつもの事なんだから、
「これが落ち着いていられるかよ! 俺様が侮辱されたんだぞ、マジ許せん! 来い、晴斗! 今日という今日はそのエロゲ根性を
顔を真っ赤にして怒り狂う長髪の男子生徒は、
……そして、問題なのが、最後の一人。
「へん、何を言うか、この筋肉ダルマ! ダダ甘に甘やかされてるお坊ちゃまがよく言うぜ。どっからでもかかってこいや! この腹は
ふくよかなお
真っ白な肌と、五分刈り頭。締りの無い唇と、垂れた目。メタボ一歩手前のその姿は、お世辞にも整っているとは言い難い。これは確かに女の子受けするはずはないだろう。少なくとも、その見た目は『噂』で聞いた通りのそのまんまだ。
「
デブ・オタ・キモイという三重苦を背負った、学園きっての嫌われ者。
入学式の最中にえっちなゲームの談義で盛り上がり、そのまま強制退場を
その特異な容貌から『白
私は参加させてもらえなかったけれど、女子コミュニティの間では、彼氏にしたくないキモオタランキングで堂々一位を飾った、と小耳にはさんだ事がある。
こちらはもう、何と言うかスゴイ人だ。お近づきになりたくない、という意味で。
「やっぱあれだ! ゲームは健全なのが一番だ! 格ゲーやれや、格ゲー!」
「バッカオメエ! エロの無い人生に何の意味があるんだよ! この童貞ストライカー! いや、格ゲーもそれはそれでいやらしくて大変ご
「そんなキモイ事ばっか言ってっからもてねえんだよ、お前は!」
「この身は二次元に
ますますヒートアップしていく馬鹿騒ぎ。
学園でも有名な三人組。こうして間近で見るのは初めてだったが、何というか、圧倒的なインパクトがある。これは名物トリオ呼ばわりされるわけだと、納得した。
……それにしても、うるさい。これじゃあ、静かなランチタイムが台無しだ。
──入間くんは、皆から嫌われている
どうして、あんなにも楽しそうにはしゃいでいられるんだろう。
私はこの学校に来て、まだ一度も心から笑った事さえないのに。
これは、嫉妬だ。たとえようもない、身勝手で醜い感情。
水で流し込むようにして食事を済まし、校舎裏を足早に立ち去る。
言い知れぬ、モヤモヤとした思いを胸に残して──
放課後の帰り道。私の足取りは朝よりはずっと軽い。ようやく全てから解放された気分だから、だろうか。早く、一分でも早く、家に着きたい。
真新しいコンビニの角を曲がれば、近道だ。
「
思わぬ幸運に、顔がほころんでいくのがわかる。妹は私とは違い、部活に入っている。それも剣道部だというのだから
憂鬱な気分が一気に吹き飛んだ。自然と、足取りも軽くなってゆく。
せっかくだから、お
────寸前で、思いとどまった。
「何だか、急に寒くなって来ましたね」
「ああ、ゆかりもそう思う? そろそろ秋も終わりかなあ。セーターとか出さなくっちゃ」
「この間まで夏だと思ってたのに、もう十一月かあ。何だかここの所、月日が
「あっはっは! もー、ちなっちゃんたら、老いるの早すぎぃ! あは、あははははは、げほ、げほん! ぐほっ!」
「ちょ、双葉!? そんなにツボに
友達らしい三人の少女に囲まれ、妹は朗らかに笑っていた。
ああ、そうだった。あんな風に双葉にはいつも、沢山の友人達がいたのを忘れてた。
本当に、私とは大違いだ。同じ、双子なのに……どうして。なんで、こんなにも。
──いけない。私はこんなにひがみっぽかっただろうか。
大切な妹に嫉妬するだなんて、おかしいよ。
首を振り、
回り道をして、家に帰る。玄関を開けると、双葉の靴はそこにない。
随分と
「────ただいま!」
「あらあら、お帰りなさい。今日も元気が良いですね」
私の声を聞きつけて、お母さんが出迎えてくれる。
その、おっとりとした
ようやく安心できる場所に、お
「はい! 私はいつも元気いっぱいですよ?」
それは、
だから、私は今日という日が終わるのがいつも怖い。
幸せな時間は短い。あっというまに過ぎ去ってしまうものだと、知っているから。
「今日は、おやつにケーキを作ってみました。手を洗ってから召し上がれ」
「わあ! お母さんのケーキ、大好き!」
家に帰ってくるたび、母の優しげな声を聞くたびに、学校での決意が鈍りそうになる。
あと、ほんの半年足らず……しかし、半年という期間は十二分に長かった。
「夕食は、昨日の残りで悪いのですけど、明日は
────ああ……
「はい! お母さん。たの、楽しみにしてますね!」
────明日なんて、来なければいいのに。
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