第3話 2020年8月 川崎 チセ来たる

 ティエンフェイが長編アニメーション映画の劇中音楽を録音する事になり、ミフユたちは上京していた。ミフユは録音の合間、実家に戻っていた。夕食の場で思ってもいなかった話を両親と妹から知らされた。


 ミフユはご飯茶碗とお箸を持ったまま凍り付いた。


「え、お祖母ちゃんが上京して来るの?」


 全く動じない両親と妹。それどころか笑顔だ。


「そうよ。あなたが呉に来ないなら会いに行くわって言われて、一人娘の私が孫娘に会いたいっていうお母さんに来るなって言う訳ないじゃない」


 そう春海に指摘された。ぐうの音の出ないミフユ。


「そりゃ、そうだけど」


 ミフユは嫌な予感がした。


「ねえ。まさかお祖母ちゃんにティエンフェイのビデオとか送ってないよね?」


 目を逸らす両親。妹を見ると天真爛漫に言った。


「もち、Blu-rayにして送ったよ。雄一お兄ちゃんや紘子お姉ちゃんと一緒に観たって。お祖母ちゃんはお姉ちゃん、あ、お祖母ちゃん、私にもお姉ちゃんとはちょっと話をしなきゃねえって言ってた」

「何よ、それ」

「多分、な・ま・え、だよ。な・ま・え!、ね、お姉ちゃん」


 あ、そうだった。無断借用したのだった。


 際限なく情報が漏れていく。幼馴染二人ももう知っていそうだ。ミフユはメッセで二人に連絡を取って打ち明けたいことがあると告げた。


ミフユ:二人に打ち明け話があるんだけど。

紘子:ん?あの事なら知ってるし。私たちに隠すとはねえ

ミフユ:あ、そう。じゃあ、もう書かなくていいよね。

紘子:待った、待った。それとこれは話が別だけど、今度こっちに帰省した時はカラオケ屋さんでじっくり聞かせてね。

雄一:¯\_(ツ)_/¯


 という紘子ちゃんの悪ノリな回答が来て憂鬱さが増した。雄一くんは君子危うきに近寄らずなのかもう恋人の言いなりなのかだんまりだし。


 なんでこうなるの!


 翌日。お祖母ちゃんの新横浜駅到着10分前あたり。駐車場に車を止めてミアキと一緒に改札に向かっていたミフユのスマフォに連絡が入った。お祖母ちゃんだった。


「はい。ミフユです。……分かった。私とミアキもそろそろ駅に着くから改札で待ってるね」


 スマフォの電話を切ったミフユ。ミアキが大声で聞いてきた。


「お祖母ちゃん、着いたの?」

「もうすぐだって。予定通りみたいだよ」

「わーい」


 ミニパンツ姿のミアキが駆けていく。


「こら。ミアキ、走らないの」


 そんな事を言いながらミフユも小走りでミアキの後に続いた。


 新横浜駅の改札前。お祖母ちゃんの新幹線が到着する前に間に合った。ミフユとミアキは目を皿にして降りてくる人の中にいるお祖母ちゃんを探した。お祖母ちゃんは人混みの最後の方でしっかりした足取りで降りてきた。


「お姉ちゃん、見つけた!」


 大きく両手を力強く振るミアキ。「この子、目も良いんだよねえ」なんて事を一瞬思いつつミフユもお祖母ちゃんに向かって右手を大きく振った。


「お祖母ちゃん、こっち!」

「はいはい。冬ちゃん、秋ちゃんきてくれたんね。ありがと」


 ミフユたちはおばあちゃんを車へと案内した。お祖母ちゃんはミフユの運転する車の助手席に乗った。


 お祖母ちゃんの運転は超絶うまい。広島で車の運転を教える仕事をしていたので運転マナーや法令遵守に厳しい。だから緊張してしまう。


「ゆっくりでええんやからね。冬ちゃん」

「安全第一で行きます」


 心の中では、もう敬礼状態。仮免許で練習した時お祖母ちゃんに優しく厳しく指導を受けたのでどうしても背筋が伸びる。

運転中にお祖母ちゃんが切り出した。


「冬ちゃん、何かうちに言わなきゃいけない事はないのかねえ」


 ちょ、今、今、ですか。お祖母ちゃん!


「うん。お祖母ちゃんの名前借りちゃった。事後報告でごめんなさい」

「いや、それはええんよ」


 ん?じゃあ何だろう?


「冬ちゃんが歌を人様に披露したって聞いてねえ。うちもうれしかったんよ」

「へ?」

「ほら、冬ちゃん。運転に集中する!」


 いや、お祖母ちゃんが突拍子もない事を言うし。赤信号なのでゆっくり停止線近くで止めた。お祖母ちゃんも頷いてくれた。


「そう。停止線は超えてもダメやし、手前すぎてもあかんからね。……お祖母ちゃん、昔、テレビのうた自慢大会に出たんよ」


 食いつくミアキ。身を乗り出して祖母に聞いた。


「え、それって鐘がなる奴?鳴らした?」

「そうやねえ。あれはねえ……」

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