第2話 1966年 呉(1)千裕さんの秘密
呉の市役所の隣には立派な市民ホールがあってね。市役所庁舎と一緒に出来た当時は「一体こんな立派なもの作っても広島市に行けばいいじゃろう」という声も多かったんよ。
そんな声も全国を回っている放送局の「のど自慢素人演芸会」がついにこの市にもやって来た事で忘れ去られたわね。あの頃は人気が少し落ちていたけどやっぱりあの頃のテレビは大人気やったから。今のネットとかで秋ちゃんが好んで見てるようなドラマだけのチャンネルとかなかったから。そんな中でみんなの前で歌えるなんて晴れがましい機会は早々に無かったからね。
うちはこのころ自動車学校で新米指導員になっとったんよ。千裕さんの思いつきで車の免許を千裕さんの学友の経営する自動車学校で取って、そのままそこで事務員になって、そして運転教習の指導員になるとか想像もしていなかったわ。
仕事を終えて家に帰る途中、千裕さんと待ち合わせで市役所近くに車を停めた。この時だったかなあ。うちが市役所の掲示板で「のど自慢素人演芸会」があると知ったのは。
歌が好きだったうちは千裕さんとデュエットしたら記念になるかもって思いついた。すぐ応募しようと思った。この頃の「のど自慢」は全国大会予選みたいな雰囲気やったけど、そっちはいいから呉大会でテレビで流れなくてもええから出られないかなって思うてね。だから家に帰ってから千裕さんにその事を相談してみた。
「ねえ、千裕さん。今度、のど自慢素人演芸会に一緒に出てみません?」
千裕さんは困った顔をしなすって。うちも驚いたんよ。
「わしはいいから」
「でも」
そう言ったら千裕さんのもう一つの秘密を打ち明けられた。
千裕さんにこんな表情させるつもりじゃなかったのに。結婚して一緒に住むようになっても案外知らない事ってあるんやねえ。
千裕さんからは
「チセさんだけ応募したら、わしが一生懸命応援するし」
と言われたのだけど、二人で出たかったからと言って応募ハガキを出すのを止めたんよ。
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