パート1:微睡みからの目覚め

 ふわふわ、ふわふわと。

 男の意志は微睡みの中にあった。

 宙を漂っているような、水中に浮かんでいるような。

 感覚が曖昧だった。意識が希薄だった。

 まるで夢の中の様。

 いや、事実夢の中だった。

 男は、曖昧な世界にいた。

 何も見えず、しかし温かい何かに包まれているような。

 何も感じない、しかし誰かの声が聞こえるような。

 時間の間隔もないに等しい。

 短い間のような、もしかしたらとてつもなく長い間そこにいたのかもしれない。

 自身が拡散されるような、または凝縮されるような、不思議な感覚。

 とても寂しいような、とても安らぐような、そんな世界で一人、存在していた。

 

 

 しかし、それも徐々に変化が訪れる。

 時間が経つにつれ、感覚に輪郭が出来、よりはっきりとしてくる。

 自分という存在が少しずつ、しかし明確に形作られていく。

 今まで世界と自分の境界が曖昧だったものが、区別されていく。

 そうなってくると、自分とは違う、別の誰かを感じられるようになる。

 精神が目覚めるには、まだ遠い。

 だから気配を感じとれても、僅かな反射を返せても、判断が出来ない。

 細胞が分裂し、増殖し、はたまた一つ一つ積み重ねるように、男の精神が納められる器が創造される。

 既に魂は込められている。

 誰かと誰かの生命の火の欠片を掛け合わせ、更に輪廻を巡った命の火種に灯った炎が魂となる。

 輪廻とは、転生とは、そうやって巡る魂の旅路を指す。

 肉体が創造されるのと同時に、魂もまた、これからを生きていく為に育つのだ。

 栄養を与えられ、外敵から守られ、何物にも阻まれることもなく大切に。

 生きる準備、それがもうすぐ整うのだ。

 

 

 そして、世界が変わった。

 安寧の孤独から、歩むべき人生へと。

 産声を上げた。

 感情のままに泣いた。

 生きる為に食べた。

 疲れを癒す為に寝た。

 全ては身体由来の反射行動だ。

 そこに男の意志は介在しない。肉体が男の精神を受け入れるに至らないからだ。

 だがそれでも、徐々に徐々に赤子は行動と経験を繰り返し、成長する。

 赤子の成長は日進月歩だ。

 昨日できなかったことが、今日できるようになる。

 今日できなかったことが、明日にはできるようになる。

 生まれたばかりの生命には、無限の可能性がある。

 だが、この幼子の可能性には、一つ、指向性があった。

 輪廻を超え、転生した男という指向性だ。

 『彼』の力により、男の精神と魂を色濃く受け継ぐことになったからだ。

 そこに幸も不幸もない。

 もしかしたら後にこのことに嘆く誰かがいるかもしれないが、それこそ可能性の話。

 逆にそれに価値を見出す者が出て来るかもしれないが、それも『彼』のあずかり知るところではない。

 あるのは事実として、男が転生したという事だけ。

 そうして生まれて、一年と少し。

「……あ」

 男の精神は、漸く覚醒した。

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