11話 12年前(2)

「テレンス、リンダとバーバラは、同じヴァンパイアに殺されたのか?」

 問われて、テレンスは横目でジャックを見る。


「お前の奥方に紋章があったどうか、俺は確認していない。だから、ヴァンパイアに殺されたという証は無い」

「私がその疑念を話したら、可能性があると答えたのはお前だぞ、テレンス!」

 いら立つジャックに、テレンスは冷静に言い返す。


「可能性だと言ったはずだ、確証では無い。死後、長く時間が経ってしまえば、紋章も消えてしまう。お前から話を聞いたのは、リンダの死からひと月以上経ってからだ。埋葬してある遺体を掘り出したとしても、腐り具合を確認するだけの事だったろうさ」

 苦虫を潰したような顔をして、ジャックは自分のグラスにワインを注いだ。


 リンダはジャックの2度目の妻、年齢の離れた後妻だった。

 そのリンダが不審な死を遂げたのは、2年前の夏。

 屋敷の池で彼女の遺体が見つかった。


 不慮の事故と思われたが、死体は水を飲んでおらず溺死では無いとされた。

 なおかつ、重しを付けた痕跡があったので、死んでから池に沈められたとされ、殺人の可能性が濃厚という結論が出る。

 リンダの死と同時に失踪したメイドに容疑がかけられたが、捜査中、そのメイドも遺体となって発見されたため、結局、真相は解明されないままだ。


「・・・とはいえ、大実業家のジャック=ウィルトンと、ヴァンパイアの盟主である俺。そしてお前の息子の伴侶がヴァンパイアに殺された。これを偶然と言い切るのは、いささか浅慮せんりょであろうよ。・・・だとするならば、リンダの死とて今だその範疇はんちゅうにある」


「それは、ヴァンパイアがウィルトン家の人間と分かって襲っている、という事か?」

 驚いてはいるが意外では無い。

 そんな表情で問うジャックに、テレンスは薄い笑いを返しただけで、ソファから身体を起こした。


「つまりそれは、何者かがヴァンパイアと契約を結んで、ウィルトン家の人間を襲わせている・・・と、いう事なのだな、テレンス」

 ジャックは確かめるように問いを重ねる。


「・・・契約者が居ればそれと分かるが、とりあえずあの家に気配は無かった。もちろん、ヴァンパイアの気配もだ」

 テレンスが空のグラスを差し出した。


 人はヴァンパイアと契約を結ぶ事ができる。

 契約によってヴァンパイアを使役し、自らの願いを叶えるのだ。

 だがそれは、人の命によってあがなわなければならない。

 ひとつの契約につき、人ひとりの命。

 生贄いけにえである。


 注がれたワインをふた口ほどで飲みきって、テレンスはグラスを置いた。

「今、俺ができる事はここまでだ」

 そう言って立ち上がり、窓へと向かった。


「待ってくれ」

 ジャックの声に足を止める。

 だがそれだけで、ジャックは黙ってしまう。

 再び歩き出したテレンスに、あわてて言葉を続けた。


「その・・・ジェーンは、アメルは元気にしているか?」

「ああ」

 振り向いたテレンスが答える。


「アメルは・・・ジェーンに似ているか?」

「気になるのなら、会いに行けばいい」

 言われて、テレンスから顔を背けた。


「・・・今さら、どうしろと言うのだ」

 言葉を吐き捨てて、ハッとなる。

 ジャックは自分を立て直すように、頭を振った。

「お前が行って、こまめに金を落としてくれればそれで良い」


「アーサーが出すワインは、安物だが悪くはない。だからつい、足が向く」

 テレンスは真顔で言ったのだが、ジャックは複雑な表情で一笑に付すだけだった。



 ジェーンはジャックの娘だ。

 街の食堂の雇われ料理人であったアーサーとの結婚を、ジャックに反対されて、駆け落ち同然でウィルトン家を出た。

 若い夫婦は、どうにか街外れで食堂を営むに至ったが、食べて行くのがやっとという暮らしぶりだった。


 その食堂に、時折現れる金払いの良い客は、決まって高めの酒を注文し、心付チップをはずんで帰る。

 そんな役目をテレンスに託したのはジェーンの妊娠を知った頃からだ。

 今、夫婦は、幼い娘を育てながら、つつましくも穏やかに暮らしている。


「もし・・・何者かがウィルトン家の人間を狙っているとするならば、類が及ぶかもしれん。・・・頼むテレンス、護ってやってほしい」

 ジャックはおよそらしからぬ、小さな声を搾り出す。

 ほのかな蝋燭の灯りに映るのは、苛烈な経済競争を制した老練な実業家ではなく、娘と孫を心配する、ただの老爺ろうやであった。


 笑うようなため息をついて、テレンスは額にかかる黒髪をかきあげた。

「俺とて万能では無い。できる事には限りがある」

 その返答に、ジャックは落胆の表情で、視線を床に落とす。


「・・・だが、この盟約者が何者なのか興味はある」

 ヴァンパイアの盟主は、不敵に美しい笑みを浮かべた。


「ジャック、俺もヴァンパイアだ。つかい立てようとするのならば、相応の代償が必要だろう?・・・それを忘れるな」


 声を残し、テレンスの姿は闇に溶ける。

 開け放たれた窓に掛けられた錦糸のカーテンが、蝋燭の灯りにわずかに光るだけで、すでにそこには何者の姿も無かった。




 バーバラ=ウィルトンの死から半年後、その夫、ジェームスが急死した。

 ジェームスが経営する紡績工場の屋上から落下しての事故死で、死因に疑念の余地は無かった。


 第一後継者ジェームスの死によって、ウィルトン家の事業の多くは、弟である次男のケインに引き継がれる事になる。



 そして5年後・・・。


To be continued.

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