4話 花の名を持つもの(1)

 お祭り・・・か。


 アメルはチェリーパイを切り分けながら、心の中で呟いた。


 それは、花の盛りと初夏の訪れを祝う「五月祭ごがつさい」の事だ。

 5月を司るエリザ神を守護女神とあがめるこの街では、毎年盛大に執り行っている。

 祭りを楽しむために、たくさんの観光客も訪れ、街は1年で最も賑やかな時期となる。

 なかでも、街に住む独身の娘の中から選出される『花の女神』は、エリザ神の名代として様々な祭事を執り行う、祭りで一番の華であった。


「みんな、お茶にしましょう」

 お茶と共に運ばれたチェリーパイに、少女たちは歓声を上げる。

「いやぁ、五月祭近しといえば、チェリーパイだよなぁ・・・」

 バートも生気を取り戻して、早速、パイにフォークを突き立てた。


「そう言やぁアメル。『花の女神』を断ったって聞いたが、本当かあ?」

 あっ・・・と、アメルは音にならない声を上げた。

 テレンスの目が自分に向いたのが分かって、顔を上げる事ができない。

 しかし、バートは気付かずに話を続ける。


「もったい無ぇなぁ。アメルの母さんだって若い頃に女神をやってなぁ、そりゃあ綺麗だったぞう。それをあいつが見初みそめて・・・って」

 そこまで言ってやっと、バートは周りの空気が冷ややかなのに気づいた。


 下を向いているアメルと、それをじっと見るテレンス。

 そして明らかに、自分へ非難の視線を向けてくるメグとマーサ。


「あ・・・れ?」

 バートは曖昧に笑いながら頭を掻いた。


 こういった話題は女の方が耳が早い。

 こと五月祭の主役である『花の女神』に誰が選ばれたのかという事は、街の女達の気になる所だ。

 だから、アメルがそれを断ったというのも、すでに知れ渡っている。

 若い娘が特別な事情も無いのに、女神役を辞去するのは、まず無いからだ。


「ええ、そうなの。断ったの」

 アメルは笑みを作って顔を上げた。


「私19なのよ?エリザは少女の神様なんだから、ちょっとおかしいでしょ?ママが女神をやったのだって14の時だし。」

 わざとらしく明るい声を張る。

 テレンスがまだ見ているから、そっちに目を向けないようにして、アメルは話を続けた。


「それにお祭りだからって、お店を閉めたりできないわ。見物のお客さんがたくさん来るだろうから、しっかり稼がないとね」

 両の手を胸の前でグッと握って、笑って見せる。


 その時、街の時計台が重々しく鐘を打ち鳴らした。


 メグはハッと顔を上げて、

「ああ、もうこんな時間。リゼット、帰るわよ。寄宿舎の門限に遅れちゃう」

 リゼットを急かしながら、あわただしく本を鞄にしまう。

 その様子に、アメルはそっと力を抜いた。


「ごちそうさまでした!また明日来まーす」

 大きく手を振って出て行くメグを、アメルも手を振って見送った。


 だが、玄関の扉が閉まる気配が無い。

 メグの後から付いていたリゼットが、扉を開いたまま顔だけを外に出している。


「・・・だから通りがかっただけだと言ってるでしょう。学院へ帰る途中なのよ」

 外から漏れ聞こえた声に、アメルは玄関へ向かった。


「フィオ・・・」

 そこにはひとりの少女が立っていた。


 とびきり短いブルネットの髪に、スラリと伸びた長い手足。

 色白ではっきりとした顔立ちは、可愛いというより美人という表現の方が似合う。

 彼女もまた、エリザ学院の制服を着ていた。


「店の中を見ていたくせに。入りたいならそう言えばいいじゃない、フィオ。もうすぐ門限だけど、代表生だいひょうせい様なら見逃してもらえるんでしょうから」

 メグの言い様はとげとげしい。

 まるでケンカ腰だ。


「随分とつまらない事を言うようになったのね、メグ」

 フィオと呼ばれた少女も、不機嫌を隠していない。


「だってフィオ、あんたはひとりのようだけど?今日からひとりでの外出は禁止されているはずよね?これが特別扱いじゃなくて何なの?」

 メグに詰め寄られて、皮肉めいた笑みを浮かべたフィオは、扉から顔を出していたリゼットを見る。


「ああ、だから1年生を無理やり連れて来たって訳?・・・あなた、先輩に言われたからって、嫌な事は断らなくちゃダメよ」

 フィオに水を向けられて、リゼットはぶんぶんと首を振った。

 その時、リゼットの後ろから顔を出していたアメルはフィオと目が合う。

 だが・・・。


「・・・選んだ道が間違いだったわね」

 アメルが声を掛ける間も与えず、フィオはあっさりと背中を向けて、来た方向へ戻って行った。


 だが、その足取りはフラフラとしている。

 壁に手を付きながら、やっと歩いているように見えた。

 そうしていくらも進まないうちに、フィオの身体は歩道の上に崩れ落ちた。


「フィオ!」

 玄関から飛び出したアメルが、倒れている少女の細い身体を抱え起こす。

 その様子に、さっきまでフィオと言い争いをしていたメグも、青ざめた顔で走り寄った。


「ど、どうしよう、アメル先輩」

「とにかく家の中へ連れて行かないと。・・・フィオ!しっかりして!」


 呼びかけにも応えず、フィオはぐったりとアメルに身体をもたれている。

 血の気の失せた顔はまるで死人のようだ。


「それはフィオ=サンティか」

 顔を上げると、テレンスが見下ろしていた。


「テリィ、フィオをアメルハウスに運んであげて」

「俺が、か?」

「私じゃ抱えて行けないのよ」


 言われて仕方なくという風に、テレンスはフィオの身体を両手で抱きかかえた。

 ・・・が


「うわ・・・」

 立ち上がった途端、足元が震えてフィオごと後ろに倒れそうになる。

 駆けつけたバートが、テレンスの腕からフィオを受け取った。


「何でぇ、随分と軽い娘っ子じゃねえか。先生は非力だなあ」

 いとも簡単にフィオを抱え上げたバートは、呆れたというよりは驚きの顔をテレンスに向ける。


 当の本人は、

「疲れた・・・」

 と、その場に座り込んでしまった。


「・・・あれ、この娘っ子見た事あるな。オカルトなんちゃらでお前らと・・・」

「そうよ、学院に居た時の友達なの」

 バートの詮索を遮って、アメルが短く答える。


「2階にお願い」

 そう言って、アメルは先導して階段を上る。

 バートは、うつむきながら付いてくるメグをチラッと見たが、それ以上は何も言わなかった。


 アメルハウスは食堂兼下宿屋だ。しかし下宿人は今のところ、テレンスとバートのふたりだけなので、部屋はたっぷりと空いている。

 その一室にフィオを運び入れ、ベッドに寝かせた。


「あたしがちょいと学校に行ってきますよ。この子らを送り届けるついでに、事情を話して来ましょう」

 そう申し出るマーサに、テレンスが頷く。

「そうしてくれ」

 メグはベッドに横たわるフィオに視線を残しながらも、マーサにうながされてリゼットと部屋を後にした。


「・・・ここは・・・?」

 ベッドから聞こえたか細い声に、部屋に残った者たちが振り返る。

 フィオがうっすらと目を開けていた。


To be continued.



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