3話 オカルト研究クラブ(2)



 マーサの顔つきが更に険しくなったその時、荒々しく扉を開ける音と同時に、大声が部屋に鳴り響いた。


「誰だあっ!ヴァインパイアなんぞの話をしている奴ぁっ!」


 全員が目を丸くして玄関に振り向く。

 40を過ぎるかという年頃、ボサボサ頭に薄汚れたコートを引っ掛けたバート警部が、魔物もかくやとばかりの形相で立っていた。


「バ、バートさん。今日は随分早いのね」

 アメルがなだめるように声を掛けるが、バートは窓際の少女に向かって怒鳴り散らす。


「まぁたオカルト好きの小娘が、下らん話をしているのかあっ!」

 窓ガラスにひびが入るかと思うほどの声だが、メグは慣れたもので、耳を塞いで嵐をやりすごしている。

 だが、この大声を初めて目の当たりにしたリゼットは、「ひっ」と小さな悲鳴を上げて泣き出してしまった。


「バートさん、この子はまだ1年生なのよ」

 アメルは泣いている子に駆け寄った。

「ごめんなさいね、声は大きいけど怖い人じゃないのよ」

 頭を撫でようとするとビクリと身体を強張らせたので、そっと声を掛ける。


 1年生といえば歳はまだ11か2。

 ましてエリザ学院の生徒ならば「お嬢様」に違いなく、こんな風に怒鳴りつけられるなど、生まれて初めてかもしれない。


「バート警部、小さい子を泣かせて!警察の人なのにダメじゃないですか!」

 メグからも非難されて、バートはバツが悪そうに「すまん」と頭を掻いた。


「リゼット、これで涙を拭いて。あの人はうちの下宿人なの。謝っているから許してあげてちょうだい」

 くすんくすんとしゃくりあげながら、リゼットはアメルが差し出したハンカチを受け取った。


「全く、あんな小っちぇえ子までヴァンパイアなんぞで騒いで。おたくはエリザ神の名を冠たる学校だってぇのに、いったいどんな教育をしてんですかね、え?テレンス先生よぉ・・・って、あれえ?」

 誰もいない隣を見て、バートは素っ頓狂な声を上げる。


「めずらしく本屋の前で行き会ったから、一緒に来たはずなんだが・・・あれえ?」

 バートは玄関から振り返って、通りを見回した。

 すると行きかう人々に混じって、ゆっくりこちらへ向かってくる若い男は、黒い髪に背の高い姿、整った顔立ちに藍色の瞳を持っていた。


「あー、居た。おぅいテレンス!若いクセに何ちんたら歩いてんだよ!」

 やっとたどり着いた男に、バートは呆れた顔を向ける。。


「あんたが早すぎるんだ。年寄りのクセにな」

 テレンスと呼ばれた男は、ボソリと言い返して中に入った。


「お帰りなさい、テリィ」

 それをアメルが笑顔で迎える。


 テレンスは「ああ」と、返事して、身近な椅子に腰を下ろした。

「疲れた・・・」

 そう言って、背もたれに身体を預ける。


「リゼットは初めてでしょ?テレンス先生よ、学院の講師をされているの。見ての通り美形な男性だからして、そりゃあ生徒に人気だけど、ちょっと怠け者なの。授業中もずっと椅子に座ったままだし、課題をさせといて自分は寝ちゃってる時もあるのよ。だからちっとも怖く無いからね」

 リゼットの気分を盛り上げようとしてか、メグは大げさな説明を付けてテレンスを紹介した。

 テレンスはメグを横目で見て、その向かい側の1年生が、涙を拭いているのに気づく。


「・・・泣かせたのか?」

 メグは無言で、バートを指差した。

 バートは弁明しようとするが、口がぱくぱくと開くだけで声にならない。


「泣かせたのは悪いですがね、少し叱ってやって下さらないと、この子らは無茶をしますんでね」

 マーサがバートを援護する。

 すぐにメグが口を挟んだ。


「最近の連続変死事件はヴァンパイアの仕業だ、って、街中の噂なのよ。だから私、ヴァンパイアの事を調べて、捜査に協力しようとしてるんじゃないの」

 もっともらしい事を言われて、バートが苦虫を潰したような顔をする。

 リゼットを泣かせてしまった手前、怒鳴るのを我慢しているようだ。


 だが、メグが言っている事は嘘では無い。

 ここ最近頻発している、変死体の遺棄。

 解決の兆しの無い奇妙な事件に、あちこちでヴァンパイアの噂が流れていた。


 誰が言い出したかは定かではないが、もともとこの街の人々は、怪異なものの存在を否定しない傾向があった。

 ことヴァンパイアに関しては、伝承や逸話が今も語り継がれているせいもあり、噂が収まる気配は無い。


 街中がそんな様子なので、警官が聞き込みに廻っても、ろくな情報が拾えず、真相になかなか迫れない。

 これではバートが怒鳴りたくなる気持ちも分かる、と、アメルはクスリと笑った。



「ほう、メグ=スローン。なぜヴァンパイアの仕業だというのだ?」

 腕組をしてテレンスが尋ねる。

 マーサがさっと、嫌な顔をテレンスに向けた。

 メグは喜色を浮かべて颯爽と立ち上がる。


「よくぞ聞いてくれましたテレンス先生。いいですか、まず襲われているのは、若い独身の娘さんです。血を失って死んでいるのに、傷も何も無い。しかも哀れな事に、全裸で道に打ち捨てられている」

 メグの言い分に、バートが「ケッ!」と言い放つ。

 これらは新聞にも書かれているので、街の誰もが知っている事だ。


「これは、ヴァンパイアが花嫁を探しているのです」

 花嫁。

 その言葉に、お茶の準備をしていたアメルの手が止まった。


「ヴァンパイアは、妙齢の乙女の中から花嫁を選ぶのです。花嫁となった乙女はヴァンパイアとなり、人の時を捨て、伴侶と共に永遠の愛に生きる事となるのです」

 注目が気持ち良いのか、メグの口調が段々と芝居じみてくる。


「不可だな。メグ=スローン」

 それをテレンスがバッサリ切り捨てた。


「永遠の愛に生きるはずの者が、なぜ死体で転がっている?」

「えーっと、つまりは乙女じゃなかったんですよ。だからポイッと」

 あっけらかんと言うメグを、

「不謹慎よメグ!」

 アメルがいさめる。


「大そうな言葉の割には、説得力に欠けるな」

 テレンスの批評に、バートとマーサはやんやと手を叩いている。

「先生はヴァンパイア否定派なんですかぁ?」

 恨めしそうに、眼鏡の少女はテレンスを見た。


「テレンス先生は科学的な見解の持ち主だから、空想の産物なんかには惑わされないんだよ。今や、街のほとんどの通りにガス燈が設置されて、夜中でも明るい。ヴァンパイアなんぞがほっつき歩く事なんざできやしないんだ。そうだろう、んん?」

 と、なぜかバートがしたり顔で答える。


「じゃあ早く犯人を捕まえて、事件を解決して下さいよバート警部。でないと私たち、お祭り出られなくなっちゃうでしょ!」

 メグに痛いトコロを突かれて、バートはグッと言葉に詰まる。


「2年ぶりのお祭りで、皆、楽しみにしてるんですからね。もし、うちの学院がお祭りの期間中外出禁止になったら、全校生徒が警察を恨みますからねっ!」

 更に言い募られて、いっそう身を縮めるしかない。


 お祭り・・・か。


 アメルはチェリーパイを切り分けながら、心の中で呟いた。


To be continued.

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