2話 オカルト研究クラブ(1)



「天の神様、エリザ様。私の願いをかなえてください」


 蜂蜜色の髪を風になびかせて、幼い女の子は、摘んだ花で輪を編んでいる。

「天の神様、エリザ様。どうか私を早く大人にしてください」


 歌うように唱えながら、編み上げた花輪に青いリボンを結ぶ。

「天の神様、エリザ様。どうか私を花の女神にしてください」


 花輪から垂れ下がるリボンの先には、花の形のビスケットが付いている。

 女の子は黄緑色の大きな瞳をいっぱいに開いて、嬉しそうにそれを掲げた。


 一面の緑がそよぐ、遅い春の野原。

 花の中に座る女の子は、すぐ隣で寝そべっている男の顔を覗きこむ。


「また寝てるの?テリィ」

 彼はいつもそうだ。

 ここへ来るとその大きな身体を転がして、すぐに眠ってしまう。

 きゅっと鼻を摘まんでやったら、パチリと藍色の瞳が開いた。


「起きているよ。欲張りな願いもちゃんと聞こえている」

 あら、欲張りだなんて。

 女の子はツンと唇を尖らせる。


「エリザの花輪か、上手に編めたな・・・ああ、もうすぐ五月祭ごがつさいか」

 そう褒めながら、男の目はリボンに付けられたビスケットの数を数えた。

「・・・まだ願いがあるのか?」

 女の子はうふふ、と笑って、その花輪を自分の頭に載せる。


「天の神様、エリザ様。どうか私をテリィのお嫁さんにしてください」

 花輪からぶら下がった3枚のビスケットが、風に揺れて乾いた音を鳴らす。


「お祭りで花の女神になった女の子は、大好きなひとのお嫁さんになって、幸せになるんですって。ママも花の女神になって、パパのお嫁さんになったのよ。だから私も、急いで大人になって、早く花の女神になって、すぐにテリィのお嫁さんになるの」

 女の子は両手を合わせて、祈りの仕草をする。


「これはまた、随分とせっかちな願いだな」

 寝そべったままの男は、声を上げて笑った。


「・・・だって、のんびりしてたらテリィがおじいちゃんになっちゃうもん」

 女の子のか細い声に、男は笑いを止める。


「だからね、急がないとダメなの」

 真剣な顔で、女の子は男を見つめた。

 その桃色の頬を、男の大きな手が撫でる。


「急がなくていい。お前が大人になるのを待っているから」

 途端、女の子の顔がパッと輝いた。


「ほんと?ほんとに?」

「本当だ」

「ありがとうテリィ。大好きよ」

 女の子は花輪を放り出して、男の首に抱きついた。


「じゃあ、普通に大人になったら花の女神になって、テリィのお嫁さんになる!ね、ね、約束ね」

 そう言って、女の子は目を閉じた。

「・・・何だ?」

「誓いのキスよ。私をお嫁さんにするって誓ってちょうだい」

 男は少し戸惑うような仕草をしたが、


「お前は、俺の花嫁となる者だ。・・・アメル・・・」

 と、女の子の小さな唇に自分の唇を重ねた。



「アメルさん!アメルさん!」

 名を呼ばれて、娘は目を開いた。

 テーブルから顔を上げて、辺りを見回す。

 どうやら、うたた寝をしていたらしい。


 夢・・・だったのか。

 ずいぶんと子供の頃の夢を見たものだ・・・。


「アメルさん、オーブンを開ける時間ですよ!」

 従業員のマーサが、時計を指差して大きな声を上げている。


 ああ、いけない。

 あわててオーブンに向かう。

 厚手のミトンをはめて扉を開くと、香ばしく甘い匂いが熱気と共に広がった。

 どうやら焦がさずに済んだようだ。


 取り出して少々冷ましてから焼き型を外せば、食堂「アメルハウス」ご自慢のチェリーパイの出来上がりだ。


「うん、上出来」

 蜂蜜色の髪をした娘、アメルは満足の笑顔を見せる。

 その頃合いを見計らったように、玄関の扉が鈴の音と共に開かれた。


「アメル先輩、こんにちはあ」

 明るい声を上げて、大きな眼鏡をかけた少女が入って来る。

 白い襟に、幅広のリボンを結んだ灰色のワンピースは、店の隣にあるエリザ女子学院の制服だ。


 昼食が終了した午後3時から、アメルハウスはお茶の時間である。

 出来立てのお菓子を目当てに来る学院の生徒たちは、良いお得意さんになっていた。


「いらっしゃい、メグ。・・・あら、今日はお友達も一緒?」

 アメルはメグに付いて入って来た、背の小さい少女に目を向ける。

 その子も同じ制服を着ていた。


「我が『オカルト研究クラブ』の期待の新人、リゼットです!編入して来たばかりの1年生ですっ」

 窓際のいつもの席に座りながら、メグが得意気に紹介する。


「リゼット、こちらがさっき話したアメル先輩。エリザ学院に在籍していた頃、一緒にこのクラブ活動をしていたの。そして今は、ここアメルハウスの若き経営者なのです」

「そんな立派なものじゃないけど・・・アメルよ。よろしく、リゼット」

 リゼットと呼ばれた子は、アメルに向かってチョコンと頭を下げた。

 編み込んだ髪をカチューシャのようにしているのが可愛らしい。


「その髪、上手にできてるわね。私とおそろいよ」

 アメルはゆるく編んでまとめている自分の髪を指差した。

 褒められて、リゼットは頬を染めながら嬉しそうに微笑んだ。


 エリザ学院に在籍しているのはいずれも良家の子女なのだが、寄宿制なので、自分の支度は全て自分でやらなければならない。


「どうせ私は不器用ですよぅ」

 雑に結んだだけのくせ毛を撫でつけながら、メグは拗ねたように口を曲げた。


「はい!時間が惜しいので始めます。本日の『オカルト研究クラブ』は、ヴァンパイアについての考察です」

 仕切り直しとばかりに、メグが声を上げる。

 そして抱えていた鞄から分厚い本を出すと、眼鏡をクイと指で上げてから、おもむろに読み始めた。


「・・・えー、わが国には古来より、ヴァンパイア伝説が数多く残されています。彼らは人間の生き血を糧とし、永遠を生きると伝えられています。また、呼び出した人間と契約を結んでその望みを叶えるとも言われ、300年ほど前には・・・」

 メグが滔々とうとうと読み上げるのを、リゼットは大人しく傾聴けいちょうしている。


 「オカルト研究クラブ」とは、エリザ学院でメグが主催しているクラブ活動だ。

 その名の通り、神秘現象オカルトを研究するクラブで、占いから魔術、魔物、魔獣に至るまで幅広く調査、研鑽けんさんする・・・と、いうのは主催者たるメグのげんによるものだ。


 アメルが学生としてエリザ学院に在籍していた頃、後輩のメグと共に活動していたクラブだが、現在は主催者ただ一人きりという寂しい状況だった。


 その弱小クラブに新入生が入ったのだから、メグの気合の入れようはかなりのものだ。

 後輩の意気揚々としている様子に微笑んで、アメルはお茶の準備に取り掛かった。


「ヴァンパイアの話だなんてまったくバチ当たりですよ。街じゃあ同じ年頃の娘たちが次々と命を落としているというのにねぇ」

 ずんぐりとした身体をアメルに摺り寄せて、マーサが小声で言い立てる。


「聞こえたわよ、マーサおばさん。今日のクラブはね、事件解決に役立とうと思って開いているの。邪魔しないでくれる?」

 本から目を上げて、メグが反論した。


「私、おとといの事件現場にも行ってみたの。あれはやはり、ヴァンパイアが絡んでいると考えて、ほぼ間違い無いと確信したわ」

 言い切って、メグは胸を張る。

 それをマーサが目を吊り上げてとがめた。


「盛り場だなんて、名門エリザ学院の生徒さんが行くもんじゃありませんよ!」

「あら昼間に行ったのよ。本当は事件のあったのと同じ夜中に行きたかったんだけど、外出許可が下りる訳無いし・・・」

「当たり前ですっ!いいですか、この世にはヴァンパイアなんぞよりも恐ろしい人間が大勢居るんですよ。世慣れないお嬢さんを連れ去って、悪い場所に売っちまうなんて事ぐらい、簡単なんですからねっ!」


 マーサは両手を腰に当てて叱り付けるが、

「どうせなら、素敵なヴァンパイアに連れ去られたいなぁ」

 当のメグは、うっとりとした表情でそんな事を呟く。


 マーサの顔つきが更に険しくなったその時、荒々しく扉を開ける音と同時に、大声が部屋に鳴り響いた。


「誰だあっ!ヴァインパイアなんぞの話をしている奴ぁっ!」


To be continued.

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