闇の武器商人・野茂島幸太郎 ~Dangerous Daddy~

「ねえ、あなた。ひょっとして……何か、わたしに隠してること、ない?」

ある朝のこと。いつもどおり出勤の準備をしていた野茂島のもじま幸太郎こうたろうの背中に、妻の佐代子さよこがおずおずと訊ねてきた。


「隠してること?」

首元に一張羅いっちょうらのネクタイを結びながら、野茂島は妻を振り返った。

「おいおいよしてくれよ、朝から穏やかじゃないなあ」

何かの冗談かと思って愛想笑いを浮かべるが、佐代子は深刻そうな顔をしている。


「え? ……俺、何か疑われてるのか?」

どうやら妻は本気だと察し、野茂島はネクタイを結んでいた手を止めた。

「疑ってる、ってわけじゃないんだけど……」

佐代子は歯切れの悪そうな返事をする。

「勘弁してくれよ。浮気なんて、俺は天に誓ってしてないぞ」

野茂島は真面目な顔で言った。


本当だ。結婚して12年たつが、妻への愛情はいささかも衰えていない。小学生のかわいい娘もいる。家族に背を向けるような行為は、今まで一切してこなかった。

「ええとね、そういう方面の話じゃなくて。その……あなた、わたしたちに隠れて、なにかとかやってないでしょうね?」

「はあ??」

妻の言葉の意味が分からず、野茂島はぽかんと口を開ける。

「俺が副業? お前や美緒みおに隠れて? パチンコや競馬のことを言ってるのか? それともあれか、デイトレードとかいうやつか?」

そりゃあ休日にギャンブルぐらいは行くが、別に家族に隠してはいない。だいたい、そんなものは副業とも言えないだろう。

株式取引に関しては、今まで一度もやったことがない。


「あのね。……実は、美緒が学校でイジメにあってるみたいなの」

「ええっ!?」

まったく予想外の話になったので、野茂島はますます混乱する。

「美緒がイジメられてるって……どうしてだよ。あんな大人しい子が」

「それがね……原因は、あなたにあるらしいのよ」

「何だって!?」

話はとうとう野茂島の理解を超えた。

「クラスの子たちがね、『美緒ちゃんのパパが、に手を出してるのを見た』って言ってるらしいの」

佐代子の目は、真剣だった。

「あ、あぶない商売って、何だよ」

「それが……『美緒ちゃんのパパは、本当は闇の武器商人なんだ』って噂されてるみたい」

「闇の武器商人!?」

野茂島の声が引っくり返る。

「冗談じゃない。俺の仕事はただの魚屋さかなやだぞ」

「うん。もちろん、それはわたしも分かってるんだけど……」


以前は商社マンを務めていた野茂島は、数年前に脱サラして自営業を立ち上げた。

趣味だった釣り好きが高じて、魚の卸売り業に転職したのだ。


だが野茂島は、ただそれだけの男だ。禁止区域での密漁だとか、条約違反の水棲生物の密輸だとか、非合法な取引に手を出したことなどない。

ましてや、闇の武器商人だなんて。

どういうことだ。この俺が、歌舞伎町でトカレフでも売っていたというのか?


「無茶苦茶だ! 誰だ、そんな嘘八百をばらまいたクラスメイトは!」

野茂島はブチ切れた。

「許せん。今から学校に行って先生に抗議してくる!」

「あっ、待ってあなた。今日の仕事は……」

「臨時休業の札を貼っとけ!」

佐代子の制止を振りほどき、野茂島は玄関を飛び出してガレージに向かった。


「まったく、どこの悪ガキだ。真面目な魚屋であるこの俺が、闇の武器商人だなんておお法螺ぼらを……」

毒づきながら、野茂島は社有車でもあるマイカーに乗り込む。

「俺が一念発起して立ち上げた雷魚らいぎょ販売専門店、『有限会社ゆうげんがいしゃ雷魚らいぎょのノモジマ』にケチを付けやがって……!」

趣味で釣っていた雷魚らいぎょに魅せられて脱サラした男・野茂島のもじま幸太郎こうたろうは思いっきりアクセルを踏んだ。

運転席側の車体にでかでかと『ゆう・雷魚のノモジマ』とペイントされたトラックが、雄々しく走り出す。



「あ……ああああ……!」


大きな唸りを上げて学校に向かってゆくトラックを見つめながら、野茂島美緒の同級生である佐々木ささき智香ともかちゃん(10)はぶるぶると震えていた。


智香ちゃんの瞳には、トラックの助手席側の車体に彩られたペイントが映っている。


『マジモノの魚雷ぎょらいアリ

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