その6 梅雨明けバテ 原稿用紙約2枚
「ああだめだ……!」
英雄は、髪の短い頭をかきむしり、ワードの画面を閉じようとする。
「このまま保存せずに終了しますか?」
テキストボックスが親切に尋ねている。
「……クソッ!」
それでもこれが何かの端緒になる日が来るかもしれないと思い、「保存する」を選んでファイルを閉じる。
「英雄……?」背後のベッドから、弱々しくか細い声がする。「上手く行かないの?」
英雄は恋人が横たわるベッドへ腰かける。恋人の長くて細い黒髪を撫でる。
「ごめんな。起こして」
梅雨が明けて、恋人は毎年のとおり、彼女のことばを借りるなら「梅雨明けバテ」を起こした。
「わたし、暑いのもあんまり得意じゃないから、涼しくなったら……冬でもいいわ、また深護市に行きましょう。あそこはおかしいわ。あんなに黄色く見えるなんて。場所がおかしいんだと思う。そういうことを調べるの、英雄の専門でしょ?」
英雄はそれには答えず、恋人をタオルケット越しに抱きしめる。また痩せた。この時期は一年を通して、恋人が一番細くなるのだ。
「有り難う、英雄」
彼女は英雄の頭を抱きしめる。
英雄がいだいている不甲斐なさを、恋人は理解してくれているんだろうと英雄は感じる。
「おれが絶対に解決してやる。原因がわかれば治療や予防もできるようになる」
「愛してるわ」
恋人は乾燥した唇を英雄の額に触れた。
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