その5 仮説 原稿用紙約7枚

特殊色覚受容体と磁場に関する考察 槇原(まきはら)英雄


 心理学博士浪岡克則(なみおかかつのり)氏の協力のもと、以下のサンプルデータを採取。

一.被験者A(二十五歳日本人女性)。春先から梅雨明けにかけて、黄色の色覚異常と統合失調症に類似した精神疾患を発症。現在加療中。

* 五月初旬、兵庫県深護市暇山にて自殺(縊死)未遂。

二.被験者B(十七歳日本人男性 但し年齢は当時)。冬場に青色の色覚異常と統合失調症に類似した精神疾患を発症していたと、遺族による証言。

* 二月終わり、静岡県樹の海にて自死(縊死)。

三.被験者C(四十六歳イタリア人女性)。九月、白色の色覚異常と統合失調症。現在加療中。

四.被験者D(五十四歳オーストラリア在住日本人、男性)。五月から七月にかけて、赤色の色覚異常と統合失調症。現在加療中。


 浪岡氏のデータによると、日本人(特に西日本在住者)に最も多いのは「黄色型」、次いで「青色型」(関東地方に目立って多い統計は、下記の折れ線グラフ参照のこと)、日本人には少なく、欧米人に多いのが「白色型」、南半球の人に見られるのが「赤色型」であるが、「赤色型」についてはサンプル数が極めて少ないため、断定はできない。しかし、血液型に世界的偏りがあるように、色覚異常のタイプにも、遺伝子レベルの要因があると推測、断定に向けて研究中とのこと。

 また同氏は色覚異常の原因を、その時期の大気に流れている「何か」を識別する、受容体を持つ者が、その季節に色覚異常を起こすと仮定。

 さらに同氏は、その受容体から神経系統への流入が、同じ時期の統合失調症の原因になっているとの仮説のもとに、現在研究中。


 被験者Bが自死した樹の海、被験者Aが自殺未遂をした暇山、ともに自殺の名所としれ知られている。樹の海については、隣接する晴山(はれやま)が噴火した際に流出した溶岩流の影響で、磁場が歪んでいることが実証されている。

 暇山に関しては、「噴火することがないほど暇な山」という理由でその名が付いたとされているが、文献を遡ると、千二百万年前に噴火した記載が残っているが、現在は休火山の分類。

 暇山付近の磁場を調査した結果、樹の海同様に、磁場の歪みが判明。

 よって、樹の海、暇山、ともに、近辺の磁場に歪みを生じさせていると断定できる。

 その磁場の歪みが、特定の色覚異常を起こした者を引き寄せ、統合失調症を強め、多くの者を自死に至らしめていると結論する。

 しかし、樹の海=青、暇山=黄の根拠となる理論については、いまだ研究の段階であり、その根拠となるものは見つかっていない。


気象学博士鎌塚梨奈(かまつかりな)氏著『インドモンスーン』より抜粋。

 西日本と東日本において、「梅雨前線」は性質が異なる。東日本におけるそれは、中学・高校の教科書にあるように、南方海洋性の太平洋高気圧と、北方海洋性のオホーツク海高気圧との衝突による、温度差によってのみ発生する。

 しかし西日本の梅雨前線は、前線の南北における湿度の差が大きいのが特徴である。メカニズムが東日本のそれに比して、はるかに複雑であるのが要因である。

 結論から言うと、夏のインドモンスーンである。

 これは、南インド洋からアフリカ東岸沿いに北上し、そこから北東に向きを変え、インド半島の西岸に向かう。この風はそのまま西から東へと吹くが、チベット高原をこえることができない。そこでインドの南西モンスーンは、チベット高原の南北を迂回し、中国・東アジア方面に北上する。

 この、インドモンスーンに由来する湿った気流が、チベット高原の北から流れて来た冷たく乾いた偏西風と、中国北部から西日本付近で合流する。

 これが西日本における梅雨前線生成のメカニズムである。

(以下省略)


 ここで冒頭一の被験者Aについて改めて検証する。

 彼女は「黄色型」色覚異常=統合失調症に該当。

「黄色型」の発現が「春先から梅雨明けまで」というのは、浪岡氏の研究結果にも一致している。

 別に、この、

「春先から梅雨明けまで」

 という時期に着目。

 ここではこれを、

「四月から、気象庁が発表する梅雨明けまで」

 と定義する。

 するとこの時期に、日本の各地で無差別大量犯殺人事件が多発していることが統計的に明らかになる。

 逆に、これ以外の時期の同じ種類の犯罪は、ほとんどデータに現われて来ない。

 さらに、無差別大量殺人事件が起きている地点は、ほとんどが西日本であった。

 一件新潟県で起きたことがあった。その年のモンスーンのデータを入手したところ(添付図A)、その年はインドモンスーンが例年になく強い年であり、その影響は新潟県を含む甲信地方にまで及んでいたことが明らかになった。

 つまり、「黄色型」の者が色覚異常及び統合失調症を起こす原因となるのは、ほかのタイプのように季節的なものに限られてはおらず、梅雨前線を形成する原因となる、インドモンスーンからの影響も強く受けているのではないかという仮説をここに提案する。

 以上を踏まえ、(根拠は調査中ではあるが)「黄色型」への影響が特に強い深護市へ、春先から梅雨明けまでの期間、「黄色型」の者が在住もしくは滞在した場合、統合失調症タイプの精神疾患を発症するリスクが平時より何倍にも増す、と言える。

 また、インドモンスーンの始まりの地であるインド地方の磁場についての調査も必要であると考えており、近い将来出張調査を行う予定である。

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