その4 黄色い暇山 原稿用紙約3枚

 気が付いたときは、すでに陽は沈んでいた。わたしはダブルベッドに寝かされている。隣に英雄が眠っている。スマートフォンを握りしめ、頬には涙が垂れている。

 自分で制御できない自分が、間違いなく英雄を苦しめているのに、その思いすらどう表現していいのか、どう扱えばいいのか、あるいは今の自分に上手く処理することができるのかさえわからなくて、途方に暮れる。

 部屋には窓がある。カーテンは閉めていない。明かりが連なっているのが見える。窓辺へ近づいて行く。

 つながって見える明かりは、どうやら登山道を照らしているらしい。ゆるやかな山、暇山の斜面に沿って、暗い空へ向かっている。そんな世界さえ、やはりとても黄色い。

 英雄は、あの山へ登るわたしたちを夢想していたのだろう。大きな声で笑い、はしゃぐわたしたちを……。

 嗚呼! あの山は、特に黄色い。なんて美しい色。金色にも近い、夜だというのに鮮やかに明るい黄色をしている!

 わたしはふらりと部屋を出た。


「やめろ!」

 英雄の叫び声が、耳のそばで聞こえた。

 目の前には濃い黄色の闇が広がり、同じ色をした縄がある。縄の黄色はそのほかの色よりも、少しだけ色が鈍く茶色がかっているから、ほかのものとの識別ができる。太い木の枝がある。

「こんな縄、どこで買ったんだろう?」

「のんきなこと言ってる場合じゃないだろう」

 英雄にかかえられ、わたしは切り株から降ろされる。まるで人形のよう。自分の意識とは別のものに支配され、身動きがとれない。英雄に動かしてもらわないと、動くことすらできないのだ。

 英雄は黄色い雑草のうえにしゃがみ込み、泣きじゃくっている。

 自分の腕ではないように思える自分の腕で――遠隔操作でもするかのように――、短く髪を刈りこんだ英雄の頭を抱きしめる。

 わたしの脚にしがみつき、ますます激しく泣き始める英雄。

 わたしの心は動かない。あまりに濃すぎる黄色が流入して飽和をこえ、心が固体になってしまったように、なんの反応も起こらない。

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