第6話 妹の逃亡
朝、キャサルナが消えたという事態を把握し、オレは昨日の事を後悔していた。
オレがあいつに転生しただなんて言わなければ、こんな事にはならなかった。
昨日、彼女に自分が本当にアークでないことを伝えたのだ。そうすることですぐに慣れてくれるだろうとオレは甘い考えをしていた。
それが恐らく彼女を混乱させた。
自分の実の兄が本物ではないと言われるのだ。恐怖しない訳がなかった。
恐らく、彼女はそれが原因で、その恐怖という感情に囚われ混乱状態となってしまい思わず家から出てしまったのだろう。
本当に自分でもやってしまったと思う。
しかし、今更そんなことも言ってられない。
行動しなければ何も始まらん。
「しなければいけないことは……決まってるよな」
オレは父さんに部屋から出るなと言われている。しかし、そんなことをオレはハナから守るつもりはない。
クローゼットから教会に行く際に利用した服を来て、オレは上からフードを被る。
自分の部屋の窓を開けるとそこから飛び降りる。
場所は二階だからまだましだ。
着地すると雨の雫がオレを濡らした。
そのまま門から出るのではなく魔法を使う。
『
本にあった魔法の一つ、”透明魔法“である。
名の通り自分自身が透明になることが出来る魔法だ。この魔法は魔力や気配も遮断してくれるので嬉しいこと三昧だ。
家の門をオレは軽々通り抜けると濡れ続ける地面を蹴りながら全速力で街へと走り出した。
※ ※ ※
私は、一体何故こんな事をしてしまったのだろう。
何故、家から何出てしまったのだろう。
私はジュリネオン家の長女、キャサルナ・ジュリネオン。
私は生まれつきの天才と言われてきた。最近は魔法も覚え始め、お父様やお母様にもずっと褒められ続けていた。
そんな私には二つ上のお兄様がいる。アークヴァンロード・ジュリネオン。
兄妹だからか、彼もまた生まれつき天才でしかも容姿にも優れた人。しかし、性格が例え強いたとしても良いとは言い難かった。自分が貴族であることを威張るようにしたり誰かに誹謗中傷の言葉を放ったり、そんな事を毎日の様にしていた。
しかし、お兄様がもっと酷くなったのは七歳を超した頃。
お兄様は魔法が発現しなかった。
街ではお兄様を嫌う者達がみな彼をあざ笑った。
それに業を煮やした兄が色んなモノや人に当たるようになった。
言わずもがな私も対象にされており、酷い誹謗中傷を受けたり時には殴られたり蹴られたりと手を上げられることもあった。
しかし、私はそれがお兄様を少しでも楽に出来るならと我慢していた。お兄様の気持ちも私には良く分かったから。しかし、それでもお兄様に対して恐怖していることは変わりなかった。
朝、会うときもつい一度怯んでしまう。
そんな風に私はこの人生を過ごしていた。
しかし、ある日からそんなお兄様のあれこれが急になくなった。最初、私はびっくりした。急にまるで人が変わったかのような事をするのだから。
しかし、数日が経つと徐々に私はそのお兄様が本当のお兄様なのかという疑問に駆られた。
その勘が妙に当たっているような気がして、いつの間にか私には違う恐怖が宿っていた。
そして昨日、私はお兄様は本当のお兄様ではないという事実を、姿はお兄様、けれど中身は全く別者であるその人に告げられた。
それから私は自分の感情に整理がつかなくなってしまった。
これからどうすればいいのだろう。
そんな風に考えている内に大事な私の大好きなお人形を抱きしめたまま家から出て街に逃げ込むようにやってきたのだった。
今は路地の裏の部分でうずくまっている。
これから私はどうすれば………。
考え込んでいると私の肩を誰かがツンツンと突く。
顔を上げると、そこには如何にも怪しそうな顔をした人達がいた。
「おや、嬢ちゃん可愛いねぇ。迷子かなぁ?」
「こりゃあ高く売れそうだな。どうする?持ってくか?」
「ああ、ここまで良い品物を取り逃がすわけにはいかねえよ」
若い男の人達が話し合うと改めて私に言ってきた。
「嬢ちゃん、今からお兄さん達と一緒に来よう」
「なぁに、怖いことはなんもないよー」
私はもう分かった。
これは逃げるべきだと。心の私が逃げろと警鐘を鳴らしている。
私は人形を抱きながら立ち上がって逃げ出した。
「オイコラ待て!」
「逃がすな!アイツを絶対に逃がすな!」
私は全力で逃げる。
全力を尽くして。
しかし、私の努力は果てなく終わる。
腹に痛みを感じた。
いつの間にか私は空中を舞い壁にうちつけられた。
久しぶりに感じた痛みだ。私の口からは見たことのない赤い液体が出ている。
そして、私はそのまま担がれて連れて行かれてしまった。
私の大事なお人形だけを路地裏に残して。
※ ※ ※
ふと、目を開けるとそこには見たこともないような風景ばかりだった。
妙に煙くさいのはお父様が言っていたタバコたるものなのだろうか
「おう、よく戻ったな。なんか良い奴いたか?」
その男の方は大きなイスに亭主関白のように座っており口にはタバコが加えられている。
「へへ、リーダー。見てくだせえ。ちょう良い品物っすよ」
そう言って私を見せると男の方はほぉーと顔を笑顔にする。
「こりゃあいいなぁ。これなら高く売れるぞ」
「はい、奴隷には持って来いですよ」
えっ………私、奴隷にされちゃうの?
「お家に帰りたいです……」
「あ?何言ってんだよ!」
私は何も悪いことを言っていないのに蹴られてしまった。
痛い。
「たく。おい、このガキ、ヒモで縛っとけ。今連絡するから」
そう言ってその男の方は何処かへ行ってしまった。
どうしよう、どうしよもできない。
誰か、助けて。
本当に、助けて。
いつの間にか私の目からは涙が零れる。
「あ?お前、何で泣いてんの?泣くんじゃねえよ」
そう言われ今度は頬に強いビンタを喰らわされる。
私が何をしたと言うのだろう。
何が悪いのだろう。
しばらく時間が経ち、男の方が帰ってきた。
「連絡は取れた、早速そいつを持って行くぞ」
「うっす」
そう言うと私に徐々に近付いてくる男たち。
ダメだ、このままでは大変な事になってしまう。私が売られてしまう。
誰か……
誰か………
助けて。
お願いだから。
例え、偽物でもいいから
私は今の全ての想いを込めて叫んだ。
「助けてお兄様ぁぁぁーー!!!」
「当たり前だ」
「えっ?」
予測外の声に私はついそんな声を漏らしてしまう。
と、建物の天井が一気に破壊された。
ボロボロと天井が崩れ落ちそこから未だに降る雨の雫が濡らしている。
しかし、その真ん中には既にびしょ濡れになった人がいた。
「迎えに来たぞ」
その男の人が、誰であるかを認識すると。
私の目頭は無性に熱くなった。
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