第5話 最近の悩み

「ふっ!…ふっ!」


オレはいつも通り50キロ前後の重りをつけた剣を振り続ける。

公爵家、『ジュリネオン家』の長男、アークヴァンロード・ジュリネオンに転生してから早一週間が経ち、最初にすべきだと考えていたことがある。

それは家族との関係をより良くすると言うこと。

これから生活をするに当たり、やはりしっかりとした生活を送る環境がないと話にならない。

なので、そこから土台を固めていたわけだが。

今、オレ達家族の関係は予想以上に良い。

家族の範疇を今は越え、現在オレは城にいるお世話係の人や執事のめちゃくちゃ仲良くなっている。


「おーい、アー坊」

「ん?あ、サナス達か」


声を掛けてきたのは美少女メイド、ローナにも引けを取らない女性だ。


その女は、ついこの間まで奴隷として酷い扱いをされていた三人の一人、サナスである。

後ろには件の女達二人もいる。

あの後、父親から了承を貰ったオレはローナにお願いして、彼女と同じオレの配属にして貰ったのだ。


着付けされた彼女らのメイド服がそれはまあ似合っているのでオレの選択はあっていたと今でも思う。

特に、サナスは本当に似合っている。

奴隷として捕まっているときはあまりにも傷だらけでやせ細ってもいたので分かりにくかったがオレが覚えたての魔法、『治癒ヒール』を使い回復させた上に、ご飯も沢山上げた結果かなり整った顔をしていると分かった。


彼女とは最初からかなり仲が良く、オレのことはアー坊と呼んでいる。オレも普通にサナスと呼んでいる。


「アーク様、いつも練習お疲れさまです」

「うん、ありがとう、ノルハ」

「いえいえ」


タオルを渡してくれたノルハに笑顔でお礼をする。

ノルハはサナスとは打って変わってお淑やかなタイプである。最初はオレに対して少し恐怖感があったが日常を過ごしている内にかなり、仲良しになった。

呼び名も「アーク様」とローナと同じ呼称で呼んでくれる。


「アーク君、調子どう?」

「ばっちしだ。皆のお陰かもな」

「あはは、可愛い奴めー」


ウリウリーと頭を撫でてくるのはサナスの口答えに対して止めに掛かっていた女性、リールだ。

彼女はお姉さんタイプのような人で非常に接しやすい。オレのことはアーク君とかなり気軽に親しんでくれている。


まあ、こんな三人とオレは今仲良くやれている。それだけでもオレは嬉しかった。するとそこにローナがやってくる。

彼女は腰に手を当てて言う。


「ほーら、三人とも!アーク様とお話ししたいのも分かるけどまだお仕事があるでしょ!」

「うわっ!ローナ!」

「すいません!すぐに!」

「じゃあね!アーク君!」

「もう…アーク様、失礼します」


ローナはぺこりとオレに対し礼をして四人で戻っていった。考えてみれば随分と華のあるオレのメイド達である。


まあ、オレはこんな感じでメイドともなよく出来てるし、両親とも仲良く出来ている。

しかし、オレには一つ大きな悩みがあった。


「あっ……」


向こうにいたのは妹であるキャサルナである。

そう、彼女こそが今オレを悩みである。

その原因が。


「おーいキャサルナー」

「っ!………!」

「………行っちゃったな」


そう、オレに対して何処かよそよそしいのだ。

親の前ではちゃんと挨拶してくれるのだが、このようなプライベートの時は本当に反応してくれない。それどころか逃げてしまう始末。

この状態をどうにか出来ないものだろうか………



     ※     ※     ※



「どうすれば良いと思う?」

「「「「うーん………」」」」


オレは夕食を食べ、風呂に入った後に急遽四人のメイド達を部屋に呼び出しオレの悩み、即ち「キャサルナと仲良くするにはどうすればよいのか」について」会議を行ったのだった。


「そうですね………何かプレゼントしてあげたりとかですかねえ……」

「いいかもしれないですけど……」

「それ以前の問題なんじゃないの?」

「確かに。アーク君の妹さんへの仕打ちは聞いた限り酷いものだもん」

「そこなんだよなぁ………」


そう、昔ローナにした仕打ちはオレからしても本当に酷いものだった。

誹謗中傷は勿論のこと、時に手を振るうこともあったという。

距離を縮めるにはかなり時間が掛かるかもしれない。よし、ちょっとある人達に話をしてみるか。


「そうだな、良し分かった。悪かったな時間とって」

「いえ、別に良いのですが、この後どこへ?」

「父さんと母さんの部屋だよ」



     ※     ※     ※



オレは両親の部屋に訪れた。

トントンとノックしてオレは足を踏み入れる。

そこには母さんはいなく、父さんがいた。


「アークか。どうしたんだ?」

「一つ、悩みがあってさ」

「ふむ、どんなことだ?」

「…………キャサルナのこと、」

「あー、その事か。キャサルナと仲良くしたいといった悩みか?」


オレはコクリと頷く。


「……お前はキャサルナにどんな仕打ちをしたか覚えているのか?」

「……………ありすぎて、よく………」

「そうだな、アイツには悪口を言っていたり、時には手を出したりした。その回数は数えられるものではないのだろう。けれどな、お前はその罪を受け入れようと、背負う覚悟がある。ならば、今はそれでいいのではないか?」

「………」

「もし、それがいやならキャサルナと、ゆっくりと話をしてみるといい。まあ、逃げられるかもしれないがな」


父さんの言う通りだ。

オレは今、焦っていた。どうしてもみんなと仲良くなりたい。そんな風な想いで一杯だった。

だからこそ、どうすればいいのか分からなかった。


しかし、今分かった。

オレはこの罪を背負おうとしているのだ。まずはそれだけでもいい。

だからこそ、その背負う意思も含めてキャサルナに伝えるべきだ。


「ありがとう、どうするべきか分かった」

「うむ」


夕暮れ時、日が沈み始めた頃、先ほどまで話をしていた部屋を出て、オレはキャサルナの部屋に行くことにした。

彼女の部屋はオレの隣にあり、行くには簡単だ。

ドアの前に立ちオレは息を吸って吐いてで落ち着かせる。ヒッヒッフー。

いや、ラマーズ法じゃねえか。


「……ふぅ」


オレはドアをノックした。


「アークだ。入っていいか?」

「………お兄様ですか。……いいですよ」


許可を得たのでオレは中に入った。

ギイィとドアの音を鳴らしながら入り部屋の奥へと進む。


部屋には人形が数多くあり、ウサギやら何やらと色々とある。

そして、奥へ行くとそこにはオレの部屋にあるような豪華な布団の上で人形をギュッと抱きしめて体操座りしていた。


「…………どうしたんですか…………?」

「いや……その…な……少し話をしたくて」

「お話し………ですか?」

「うん」


オレはベッドの近くにイスを寄せ座った。


「キャサルナはさ、オレの事、今も怖いのか?」

「………はい。怖いです……」


やはりあの時のトラウマがあるのかもしれない。もし、そうだとするのならば、それはゆっくりと時間を掛けて消し去る必要がある。


「それは、やっぱり……今までの事でか?」

「…………実は、そうじゃないんです………」


えっ?


「お兄様がした事なんてもう私にしてはどうでもいいんです………ただ、最近変わってから……まるで……お兄様じゃないようで………本当にお兄様か分からなくて怖いんです………」


なん………だと。

これは妹の勘という奴か?

なんと鋭い事を言ってくるのだ。

まさにオレは本当のアークではないのだが、父さんや母さんが気付かないので妹でもいけると思っていた。

オレを避ける理由とはそう言うことだったとは。

盲点だった。ここで、オレが真実を言わない方法もある。けれど。


「………もし、オレが………本当のアークじゃないと言ったら?」

「……………怖い……です」

「…………そっか。じゃあ、キャサルナはちょっと大変かもな」

「………そ、それって?」

「オレは、アークじゃない」

「!!」


このことは言っておいた方がいいだろう。


「オレは元々違う人物だった。でも、転生というものをして違う世界から遥々ここにやってきて、この体になったんだ」

「…………」

「まあ、無理して近付こうとはしないから。今日は部屋に戻るな」


伝えてからはやはりまだ年もはかない少女だ。頭の整理がつかないだろう。

だから、あえてオレは今夜は近付かないようにした。

オレは部屋を後にして自分の部屋に戻り眠りについた。しかし、これが後に後悔することになるのだった。



     ※     ※     ※



朝、妙に外が騒がしいので目が覚めてしまった。

時刻はいつもより早い。

目を擦りながら部屋を出ると、雨が降っていた。すると、タイミング良く父さんが現れる。


「アーク、大変だ!」

「父さん、どうしたの?」

「朝、キャサルナを起こしに行ったらいなかったんだ!」


………………………は?

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