第4話 愚かな自分
この日は訓練漬けで3時間以上は訓練をした。
普通に父上とやり合えただけ、十分だったと思う。
九歳児のオレ、最強かよ。
訓練を終え昼食を食べたあと、オレは図書館に訪れていた。どうやら父上曰く、明日は魔法について色々教えたり、特訓したりするらしいので、その予習にというわけだ。
図書館には魔法についての本が死ぬほどある。それ故5時間以上オレはこの図書館にこもっていた。
図書館にある時計の針は午後の五時を回っている。
結構な時間が経ったな。
ふと、図書館のドアが開かれた。
誰かと思いオレは図書館のドアへと目を向ける。すると、そこにはメイドのローナがいた。
「ローナか、どうした?」
「アーク様がどこにもいないので探してみたら図書館にいたので。道理でどこにもいないわけですよ」
「あはは、ごめんな」
「いえいえ、夕食は午後6時ですからそれまでに戻って下さい」
オレがそう言われ頷くと改めてローナが切り出した。
「そう言えば昨日といい今日といい、いつもの場所には行かないのですね」
「ん?いつもの場所?」
「はい、すっかりそこにいるのではと思っていたので」
「えーと………そのいつもの場所って?」
「何をとぼけているんですか。ほら奴隷のいる牢屋ですよ」
…………………は?
奴隷の捕まっている牢屋だと?
そんな場所があるのか?
でも、前にローナも奴隷にストレスをぶつけていると言っていたな。
後々考えてみれば、父上も奴隷の事は頭には入っているのか。
そう言えばあの時はなぜ性欲をぶつけるなどという言葉を九歳児に言ったんだ。
まさかアークは既にその知識があったということか?
………………深く考えないようにしよう。
ともかく今考えるべきはその奴隷の話だ。
「その牢屋って……どこだっけ?」
「忘れてしまったのですか?それでは秘密の部屋の意味がないですよ?」
そういってローナは図書館の出入り口のすぐ隣の本棚のある本を少し押した。
すると、あろう事かその本棚が左にスライドされ隠し扉が現れたのだ。
「うっそだろ……」
「もう忘れてはダメですよ。私も正直この部屋がいやなのですから」
そう言った後、「もうすぐしたら帰ってきて下さいねー」と戻っていった。
それからすぐ、オレは考える事もなくそのドアを開き牢屋へと向かう。
ドアを開けるとそこには下に伸びる階段があり、その階段をゆっくりと降り始める。
しかし、奴隷か。
この異世界ではありふれているのだろうか?
正直良く分からない。
奴隷なんて持っていて何が楽しいのだろうか。
そんな風に考えている内に階段を下りきった。そこには黒い鉄の柵があり、外からその中を見ることが出来た。
しかし、その中の風景をオレは見るべきではなかった。
いや、見るべきではなかったが、見なければいけなかったのだ。
そこにいるのは三人ほどの若い女達だ。
その誰もが顔から体まで全てが傷だらけで体もやせ細っている。
服は着ているものの、それは下着程度だ。
…この目に入れるだけでも分かるその痛々しい傷はこのオレがつけたものなのだ。
しっかりと受け入れなければならない。
「………なんだ、二日も来ないのかと思ったらやっと来たのね…」
ある一人の若い女性がオレにそう言った。
二日もということはつまりいつもは毎日来ていたという意味に捉える事が出来る。
そして、その目的は八つ当たりでしかないだろう。
オレは今改めて自分が、アークヴァンロードという男の残酷性を身に染みて分かった。
コイツはマジのクズである。
怒りしか沸かない。
そんな風に憤慨していると女は言った。
「夜ご飯はまだなの?」
「ちょっとサナス、ダメだよ!そんな口で聞いちゃ!」
もう一人の女の人が必死にサナスと呼ばれた女を止める。
やはり言葉遣いは改めるよう言われているのか。
それで痛めつけられたケースがあるのかもしれない。
と、上から階段を降りる音が聞こえる。
オレが階段に目を向けるとそこはローナではない別の女のメイドの人がいた。
手には食事が持たされていた。
そのお盆をオレが覗くとそこにはパンが二きれほど。
「……アークヴァンロード様、失礼します。こちらの方達にご夕食をお持ちしました」
は?
これが夕食だと言うのか?
このパン二切れが?
ふざけるのも大概にしろよ。
何処までこのアークヴァンロードはクズなんだ?
道理で体もやせ細っているわけだよ。
ともかく今できることをオレはしよう。
オレはメイドさんにあるお願いをした。
※ ※ ※
しばらく時間が経ち、メイドの女性が帰ってくる。そのメイド方の手にはオレに用意された夕食が
それをオレは受け取る。
メイドさんを帰らせた後、オレはその食事を持って柵の前に立つ。持たされている。
「なんだい、わたしたち達には夕食を与えずにそのご飯を目の前で食べる気なの?ゲスの極みだね」
そう、オレは先程の夕食と言っていいのかわからないパン二きれを必要ないと言ったのだ。
だから彼女らは夕食を食べられずあろう事か目の前でオレが夕食を食べると思い込んでいる。
「そんな減らず口も叩けなくさせてやるか」
「……今度は何をするつもり?」
「あ、いや今のは言い方が悪かったな。多分そんな風に考える必要もないよ」
オレは少し口調を優しくしながらオレは言う。
先程見つけた鍵をオレは牢屋に差し込み、開けた。
柵を開くとオレは自分の手にあるその豪華な夕食を中に置いた。
「……………えっ?」
「冷めない内に食べてくれ。おかわりもあるから」
そう言った後、壁に寄りかかりながら座った。
牢屋の三人とも惚けてしまいボーッとしている。
「………早く食べないと冷めるぞ」
オレがそう言うと先程のサナス以外の二人が必死にそのご飯に食らいつく。フォークやナイフがあるにも関わらずだ。
皆が食べている中、サナスは一向に食べようとしない。
あの二人の様子だとすぐなくなるぞ?
「食べないのか?」
「毒でも仕込んでるんじゃないの?」
二人の食事が止まった。
やめてあげなよ…幸せそうに食べてじゃないか…
「考えてみろ、元々オレが食べるものだぞ?入ってるわけもないだろう?」
そう言うとサナスは何も言えないようだった。
少し考えれば分かるだろうに。
すると、サナスはゆっくりとその食べ物を一口食べる。
直後、目を光らせて二人と同じように食事にがっつき始める。
可愛いな。
※ ※ ※
「まさかおかわりの分も全部たべるとは…」
「しょうがないでしょ、お腹空いてたんだから。それより、ごはん食べなくていいの?」
「当たり前だろ」
「でも、お腹空くよ?」
「お前らの方がずっとそうだろう」
それならオレだって夕食を食べる権利などないだろう。
「………メイドの人からも少し聞いたけど随分と変わったね。一体どんな心境の変化があったの?」
「うーん……」
正直なぁ。
オレは元々アークではないからそのアークの気持ちが分からない。
自分には才能が全くなかったからこのように誰かにあたりたくなったのかもしれない。
何かに当たらないと自分が本当に壊れてしまうのだと思っていたのかもしれない。
今いない彼の気持ちなんてオレが分かるはずもない。
「自分でも何でかは分からない。でも」
それでも。
「今、オレが何かを変えたい事は事実だよ」
アークがそうかどうかはまた別の話だが。
「…………なんか…本当に人が変わったね」
そりゃ人が違いますから。
と、オレは一つ彼女らと話をしたいことが。
「奴隷になって、自由じゃないことや、全ては……やっぱり辛いのか?」
「……そうね。まだここに来たてだった頃……半年前はそうだった」
でも、と彼女は言う。
「いつの間にか慣れちゃった」
その言葉を聞いたときオレの心の何かがどこか痛くなった。
つい、皺を作るように胸のあたりを服ごとギュッと握った。
すると、涙腺が熱くなった。
地面には雫がポタポタとゆっくりと垂れている。
これは本来慣れてはいけないことなのだ。
辛いということに慣れてはいけない。
そうしたら、その人の人生が、その人の世界が壊れてしまう。
辛いことが当たり前と考えてはいけないのだ。
クソッ………なんでこんな事にしてんだよ、アーク……。
怒りしかわかない。
憤怒の感情がオレを襲った。
オレは彼女らに気付かれないように泣いているつもりだった。
しかし、サナスだけは気付いたらしい。
「……なんで泣いてるのよ」
「………あまりにも自分が愚か過ぎるから……」
この人生というものをこのアークという存在が壊してしまったのだ。その逃げることも避けることも出来ぬその罪を、オレは背負わなければいけないのだ。
だからこそ、今のオレにはやることが、やれることがある。
オレは鍵を改めて開ける。
そして、彼女らに近付くとオレはサナスの首についている鉄の首輪の鍵を外した。
「えっ?………なんで……」
「…………なあ……………」
オレは彼女らに落ち着いた声で言った。
※ ※ ※
オレは牢屋から上がりすぐに両親の部屋へと向かった。
時刻は既に午後八時を過ぎており外は夜の暗闇に覆われている。
駆け足で部屋につくとノックもせずに中に入った。
「父上!母上!」
「「!」」
そこにはちゃんと二人ともいた。
二人ともイスに座りながら飲み物を飲んでいる。
「お二人にお願いがあります!」
オレがそう言うと二人は顔つきが強ばった。
空気が少し変わった。
「………アークよ」
「……はい」
「…………奴隷を孕ませてはいけないぞ」
「そんなんじゃないわ!」
シリアスブレイク過ぎるだろ!
「まあ、奴隷についての話ではありますが」
「………なんだ?」
「奴隷三人を………ここでメイドとして働かせて下さい!」
「………なに?」
「それは……どういうこと?」
母上が聞いてくる。オレは言う。
「奴隷の三人の内、サナスという若い20歳の方がいます。彼女にオレは辛いかと聞きました。すると彼女はただ一言、慣れた、と言いました。オレは、この辛さに慣れるということは即ち幸せを忘れたということだと思います」
だったら、その幸せを。
「だから、オレはその忘れた幸せをせめて思い出させてから自由にしたいです。だからまずメイドとして働いて貰い、オレ達やメイドの仲間たちと仲良く過ごし幸せを改めて知って欲しいと思います。だからどうか奴隷の三人をメイドとしてやとらせて下さい!」
オレは必死に頭を下げた。
せめて、このオレの曇りなき思いを伝えようと。
オレが頭を上げると、父上も母上も笑っていた。
「………?」
「本当に……お前は変わったな」
「…………立派になったわね」
「わかった。息子の願いとあらば叶えてやろう」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「ただ、この私からの頼みも聞いて欲しい」
父上はそう言った。
一体頼みとはなんだろう。
「父上、母上という言葉やその敬語は私達が公の時だけに使ってくれ。このような家での時は普通に喋り、呼び方も父さん母さんでいい」
「そんなことですか?」
「ああ、それだけでいい。自分の今までの過ちに気付いてくれたらそうしようと話していたのだ。気付いたようだからな」
「これからはそうしてくれる?」
「………勿論だよ、父さん、母さん」
この出来事は小さいか大きいかは分からない。
それでも一歩前に進んだということだけは分かった。
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