第2話 胃ろうの話

天国のママへ


ママは、自分が胃ろうをしていたことを知っていますか?

意識がなくて体も自由に動かせなくなって、ママは一切の飲食ができなくなったあと、しばらくは点滴で栄養を取ってたの。

でもそのあと、お兄ちゃんと私はお医者さんの勧めで胃ろうを選択しました。

胃に穴を開けて、チューブから栄養を流し込むこの方法は、賛否両論あります。看ている私も、痛々しくて好きではなかったです。

お腹に穴を開けるなんてどうやったって痛そうだし、傷口も膿んだりして、心配なことが多かったし。


案の定、チューブを通す外科手術のあとは熱を出したし、傷口もテープでかぶれたりして、順調にいくようになるまでは少し時間がかかりました。


でも、良いこともあったんだよ。

栄養点滴では、ママは体を維持することができなかった。黄色い大きな、スクールバックみたいな点滴を受けている間、ママの身体は痩せて痩せて、あっと言う間に骨と皮みたいになっちゃった。

あのころのママは肌色もくすんで茶色くて、肌もかさかさで、看ているのが本当につらかった。うっかり触ったら崩れてしまいそうなくらいで、怖かった。肩も手も、どこに触っても身体がひんやり消えきっていて、寒そうにも見えました。

人間、多少の脂肪が必要なんだということを痛感しました。

固い骨と皮膚の間のクッションになっていたのね。

点滴の針がうまく刺さる場所もなくなっちゃって、胃ろうの話がでたとき、やっぱり多少迷いました。

胃ろうに、良い印象はなかったから。

そうまでして栄養を摂っても、ママが苦しい思いをするだけならかわいそうだし。

でも、点滴ではママはもう生きていけない。

骨が直接皮膚を刺激するから、床ずれも大問題でした。介護ベッドで自動的に体勢を変えてもらっても、床ずれができるときはできました。

あれ、痛そうだったんだよね。


だから、胃ろうを開けてもらうことにしました。

これが大正解でした。


胃ろうの内容がママに合っていたのか、それともママは点滴がうまく作用していなかったのか。

胃ろうを始めると、ママは少しずつ肉付きが戻ってきたの。

肌がつやつやに潤って、身体全体にもうっすら肉がついて、そこからはもう奇跡のようでした。

どう見ても、ただ眠っているだけの健康な人みたいだった。

頬にもお肉が戻って、一時期体重が戻り過ぎて、胃ろうの内容をダイエット仕様に切り替えられたくらいです。

つい笑っちゃったのは、胃ろうのパックに添えてある看護師さんたち用のメモ。

胃ろうの中身に、セレブシロップと醤油をプラスって書いてあったんだけど、あれ、何だったの?

セレブシロップ、ずっと気になってます。


ベッドに投げ出された手を握って、その手がやわらかくて温かいことに、涙が出るほど安心しました。時々ぼんやり開けている目にも光が戻ったみたいで、時々、意識があるんじゃないかな? と思えることが増えました。

お医者さんの話では、もう意識がないという説明だったけど。

わたしたちがそばにいてお喋りしているとき、親戚やお友達がお見舞いに来てくれたとき、会話に合いの手を入れるようについたママのため息は今でも忘れられません。タイミングが良過ぎです。狙ってやっていたのなら、完璧よ。


ずっと寝ていると、人間、皺が取れるものだということも、ママを看ていて初めて知りました。皺どころかシミまで消えちゃったのは、セレブシロップの効果なんでしょうか?

すっかり白くなっていた髪までところどころ黒髪に戻ったりして、本当に不思議。

ママの回復力に感服していました。

生命力ってすごいのね。ママってすごいのね。

もしかしたらある日ぱちっと目を開けて、いきなり喋り出すんじゃないかしら。

そんな希望が湧くくらい、元気そうな様子が嬉しかった。


たった数か月で(言葉は悪いけど)ミイラみたいになったママが、ああまで回復したのは、胃ろうのおかげだと、私は思っています。

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