第17話 秘密の相談相手

 私は理絵と付き合うことになった。

 親友の延長線上なので、特に何かが変化した訳ではない。

 学校では一緒に行動して、お昼は一緒に食べる。今まで通りだ。



 変わったことといったら――



「外履き教室に忘れてきちゃったから取りに行くの付き合ってくれない?」


「単独行動できないの?」


「いいからいいからー」



 体育の授業のため更衣室で着替えていたら、理絵が忘れ物をしたらしく手を引かれるがまま付いて行く。

 こうして嫌味ったらしいことを言っているが、こういうことに付き合わされるのは嫌いじゃない。むしろそういう我儘を聞いてあげたいって思う。それは、相手が理絵だから。



 教室に戻ると、理絵は机の上に置いてある外履きの入った袋を手に取った。

 はいはい、見届けましたよ。用件は済んだので教室から出ようとすると手を掴まれ、振り返り際に、理絵の唇がチュっと私の唇に触れた。



「ちょっと不意打ちすぎ……てかここ教室なのに……」



 みんなで授業を受けたり、休み時間はダベったりしている教室でこういうことされるとなんだか変な気分になる……。キスは嬉しいけど。



「誰もいないんだからいいじゃん」


「防犯カメラまわってたらどうすんの……?」


「そんなことある??」


「知らないけど」



 私たちが付き合っていることはまだ誰も知らない。

 同性なこともあってしばらくはお互い黙っていようと決めた。

 


「……2人っきりになれるとこ、学校じゃ全然ないからあんまりイチャイチャできないよね」


「抱きついたり手握ったりするのはイチャイチャには入らないの?」



 付き合う前までは、これといったスキンシップはほとんどしてこなかったが、付き合ってからは無事復活。

 再び学校生活で理絵に触れられることができて、それが嬉しかったりする。



「チューはできないじゃーん」


「まぁ……」



 付き合って変わったことといったら――。

 友達同士のスキンシップに加えてキスが増えたことだろうか。

 


「ねぇ、もう1回しよ?」



 理絵は、んっと唇を突き出してきたので軽く口づけた。



「うふふ、外履き忘れたかいあったなぁ~」


「確信犯じゃん、逮捕するぞ」


「優にだったら捕まっても良いもーん」



 無邪気に笑う理絵の顔を見ているとなんだか愛おしさみたいなものが込み上げてくる。



「体育終わったら屋上行こうよ」


「えぇ、なんでー? 汗かいた後だと寒いじゃん」


「行きたいんでしょ? 2人きりになれるところ」


「あ、そういうことなら大歓迎!」



 なんとなく屋上に行きたくなった。寒いとは思うのだけれど……。思い出の場所だから。

 悪い思い出もあるけれど、塗り替えられて今は屋上は私にとってはポジティブな場所だ。



 放課後になって、制服に着替え終わった私たちは屋上に向かった。階段を上がっていると理絵が手を繋いできたので握り返した。

 空いてる方の手でドアを開ける。相変わらず誰もいない。冷たい風が優しく肌を撫でた。



 屋上から校庭を見渡した。準備体操をする運動部員たちの中に翼を見かけた。理絵と付き合うようになって、1人になる機会が減ったので翼とお昼を食べることはなくなったけれど、相変わらず友達として仲良くしてくれている。

 私のことをまだ好きなのかは分からない。でも、いつか彼にも私たちの関係を打ち明けられる日が来たら良いなと思っている。



「ねーねー、2人っきりになったよ? ねぇ、ねぇ……!」



 期待した顔でこちらを見ている。



「思えばここで色んなことがあったよね」


「あー話そらしたでしょー? ……そうだね、色んなことがあったね」



 理絵は繋いでいる手をぶらぶらさせて言った。


 

「私ここで理絵が青山に告られた時、割と嫉妬したかも」


「あたしはあの時、ここで優が告ってくれたら良いのにって本気で思ってたよ。青山が来た時はお前かーいって心の中でつっこんでた」



 青山は報われない。

 しつこいメッセージに無視を決め続けた結果、今はもう来なくなった。きっとターゲットを変えたんだと思う。

 ……にしても理絵の言った話が本当だったら、青山に告らせる前に、私が理絵に告白しておけば良かったな……。なんて思うけどよくよく考えたら私はちゃんと告白していた。



「告ったじゃん、下着の色」


「そういう意味では告白してくれたね……じゃああたしも優に告白しようかな。今日は白だよ」



 少し照れたような表情になって理絵は言った。



「告白ありがとう。でも、知ってる。ブラの色なら体育の着替えで見たし」



 理絵の短いスカートをめくった。白いレースがチラっと見えた。なるほど、下も白か。



「上下セットか。気合入ってるね」


「ちょっと! 変態!」



 理絵は顔を赤くして両手でスカートを押さえた。

 私は、ははっと笑った。

 自分からいつも来るくせに私から仕掛けると、こういう反応を見せてくれるから面白い。

 もっと彼女を困らせてみたいと思うけれど、屋上という高い位置、校庭でたくさんの生徒が部活動に励んでいる中でスカートを何度もめくるのも罪悪感があるので、やめておく。



 手を引いて近くのベンチに腰掛ける。



「……優は今日は黒だったよね」



 ぽつんとつぶやかれる私の下着のカラー。



「理絵も見てたんだね」


「だって目に入っちゃうし」


「人のこと変態って言えるのかな」


「あたしはスカートめくったりしないし……! でも――」



 理絵は、一度立ち上がるとベンチに座る私の上に向かい合わせになるようにまたがってきた。膝立ちで不安定の腰にそっと手をあてて彼女の身体を支える。理絵は頭ごとぎゅっと抱きしめてきた。



「好きな人のことだったら何だって気になるよ。あたしの知らない優をもっと知りたいし、全部抱きしめたい」



 頬に両手を当てられる。理絵はまじまじと見つめてきた。手の動きに誘導されて上を向かされたので、そのまま視線の先にある理絵の茶色く澄んだ目を見つめ返した。頭上から注がれる驚くほどに優しい眼差しにため息が漏れそうになる。



「好きだよ優」


「私も」


「2人っきりの時にできること、しよ?」



 理絵の唇が近づいてきたので私はそれを受け入れた。

 冬の空。私たちはちっとも寒くはなかった。



 ――――――――――――――



 業務終わりのお店のバックヤードで私は深瀬と話していた。



「七瀬さんは進路調査の紙出した?」



 私のあげたバナナ味のプロテインを飲みながら深瀬は尋ねてきた。

 シフトが一緒になると交互に飲み物を渡す。気がついたらそんな関係ができあがっていた。



「うん、今朝出しだよ。深瀬君は?」


「ずいぶん前に出したよ」


「大学進学?」


「うん。小説家になりたいから、日本文学が学べるところに行きたいんだ」


「そうなんだ。てっきり就職先は店長のところかと思ったけど」


「それも捨てがたいけどね……」


「本を読むのも書くのも好きなんだね。小説家になろうと思ったきっかけとかあるの?」


「あーうん。……実は中学の時にいじめられてたんだ。ゲイだったから。人は自分が理解できないものや自分と違うものを排除しようとするでしょ。僕は……人と違うことが苦しくて何度も死にたいって思ってたんだ。でも、そんな時に1冊の本に出会った。同性愛をテーマにした本でね、主人公がすごくポジティブで……」


「その本に出会って……何か変わったの?」


「変わった。もちろん、本を読むことでいじめがなくなるわけではなかったけど、僕みたいな生き方があっても良いって前向きになれた。それ以来、のめりこむように色んな本を読んでいったよ。本の世界に入ることで、現実の嫌な部分を忘れることもできたから。だから僕も物書きになって、自分は少数派だって悩んでいる人達の力になれればいいなって思ってる」



 思い返せば私は深瀬に最初に渡されたのは図書委員のプリントだったけど、結果的に私は彼から色んなものを受け取ったと思う。ラーメンとか、オレンジジュースとかアセロラジュースとか……でも私が1番もらって良かったと思ったもの。それは、彼の価値観や考え方だ。

 私は少なからず今こうして、理絵と付き合えているのは深瀬の影響もあると思う。恋愛にデフォルトは存在しない。自分の正解を信じろって言ってくれたのは彼だ。

 私は深瀬に影響された。そして、深瀬が本を出していくことを通じて他の誰かの人生にも影響をもたらしていくんだと考えるととても素敵なことだと思うし、応援したくなる。



「私、絶対深瀬君の本買う」


「はは、ありがとう」


「後々はラーメン屋の店主と小説家のカップルになるわけだ。面白い組み合わせだよね」


「そうかもしれないね……。そういえば七瀬さんは新しい恋人とは順調?」


「え?」



 いきなりの話題展開にびっくりした。

 新しい恋人って……なんで知ってるの?



「成宮さんと付き合ってるんでしょ?」



 どこから情報が漏れたのか……考えられる犯人は1人しかいない――理絵だ。

 他のみんなにはまだ内緒って約束したのに、どうして言っちゃうのかなぁ。

 あなたが深瀬と仲良いっていうのは知ってるけどさぁ……。別に深瀬に知られること自体は良いけど、私はまだ誰にも言ってないっていうのに。

 なんだかもやもやする。



「理絵から聞いたんだね……まぁ、順調かな……」


「もう言っちゃっていいかな、これ」


「何を?」


「この際ネタバレすると、ずっと成宮さんから相談されてたんだ。自分も同性のことが好きで、しかも嫌われちゃったって。ちょうど冬休みに入ったあたりだよ。相手が誰なのかは教えてくれなかったけど、なんとなく七瀬さんなんじゃないかって思ってた。だって彼女、口を開けば七瀬さんのことばっかりだったから」



 理絵は好きな人を人に言うと恋が実らないっていう謎ジンクスを信じてたから、自分が好きな人が誰なのかを深瀬に言わなかったのかな。



「そうだったんだ。理絵は私のこと何て言ってた?」


「何て言ってたか思い出せないくらい些細なことばっかりだよ。……好きな人の事となると、自然に話題に出しちゃうものだと思うし仕方ないよね。まあそんな感じでずっと相談に乗ってた立場だったから。……相談に乗るって言っても僕は聞くことくらいしかできなかったけど。だから……その間、七瀬さんを寂しくさせてたらごめん。僕も成宮さんにはあんまりつっこんだことを言えなくて」


「全然。気にかけてくれてたんだね、ありがとう」


「ううん……。まぁ、その延長というか……付き合った報告くらいはしとかないとって彼女も思ったんじゃないかな。相手が七瀬さんだって聞いた時はびっくりしたけど、やっぱりねって思った」


「なんか恥ずかしいね」


「絶対に内緒にするから安心して」


「うん」


「……冬休みにシフトがかぶった時、七瀬さんは自分の好きを信じられたら良いのにって言ったよね? もしかして七瀬さんも成宮さんのこと好きなんじゃないかなってその時に直感で思ったんだ。だから、七瀬さんの恋を一押しできればって思ってあんな風に言っちゃった。余計なお世話だったかもしれないけど……」



 恋愛にデフォルトはない。今でも私に深く刺さっているあの言葉。



「ううん、深瀬君の言葉のおかげで私は勇気付けられたと思ってるよ。本当にありがとう」



 深瀬はニッコリ笑った。



「七瀬さんは進路どうするの?」


「私は――」



 ――――――――――――――



 ある昼休みのことだった。教室で理絵と談笑していると私たちのもとに、吉田さんがやってきて声をかけられた。

 吉田さんの横には釜田さんもいる。



「あの、実は駅前のくじ引きでペアの旅行券が2枚当たったんだけど……もしよかったら理絵ちゃん達も一緒に行かない?」



 机に旅行券が2枚置かれた。ペアチケットが2枚なので4人分ということになる。

 ホテル付きの国内旅行……。



「え、いいの?」



 理絵は目を丸くして吉田さんを見ている。



「うん。クラスで2人グループって全然いないし、理絵ちゃん達とはこの前一緒に勉強して楽しかったし」



 吉田さんは私たちを交互に見た。

 釜田さんは黙ってチケットをただ見つめている。私と釜田さんはほとんど話したことがない。私は別に良いんだけど、一緒に旅行に行ったとしても向こうが気まずくなったりしないかな。



「釜田さんと2回旅行に行けば良いんじゃない?」


「ちょっと優! せっかく誘ってくれたんだよ?」



 理絵はむっとした顔で私の肩を叩いた。



のりちゃんも、2人を誘いたいって言ってくれたし……」



 釜田さんは表情のない顔で頷いている。釜田さんが一緒に行きたいと思ってくれているのなら断る理由はないかも。



「出陣するか……」


「よかった! じゃあ早速いつ行くか決めよう」



 吉田さんは釜田さんとハイタッチをした。

 4人の女子旅が決まった。


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