第14話 失う怖さと手に入らないつらさ
「やっほ……」
ぎこちない挨拶を交わす。
「優ちゃん……髪の毛切ったんだね。前に廊下で見かけて、良い感じだなって思ってたよ」
「そっか……うん、切ったんだ。ありがとう」
「……」
真由美は持っていた本を置いて控えめなニコっと笑った。
「その……久しぶりだね」
「うん、久しぶり」
なんだかぎこちない。気まずさに私はコーヒーを無理やり飲んで喉を潤す。豆の苦味が口の中に広がる。まずい……。
話しかけたのは私なんだし何か会話を繋がなければ……。
「元気?」
「元気だよ。優ちゃんは?」
「うん、元気」
「……」
あぁ、どうしよう。会話が続かない。
真由美と話すのはあの時の告白以来になる。私なんかに声をかけられて彼女はきっと困惑していることであろうし、読書の邪魔をしてしまった。全然会話のシミュレーションが出来ていなかった。やはり声をかけない方が良かったか、自分の行動を後悔し始める。
「優ちゃんは今彼氏いるの?」
「え」
意外にも真由美から恋愛に関する質問が飛んできた。
「っと……いない……」
「そっかぁ」
「真由美は彼氏いるんだよね? 一緒に歩いてるの見たよ」
「見たんだ。うん、いるよ」
彼女はカフェオレを飲みながら微笑んだ。
「彼氏さん良い人?」
「うん……」
真由美は恥ずかしそうに目を細めた。
過去に告白した相手に、現在付き合っている彼氏のことを話すのはどういう気分なんだろうか。でもこんな惚気顔見せるくらいだ、相当好きなんだろうと思う。もう私のことは完全に吹っ切れたって感じなのかな。
「そっか、良いね」
「うふふ」
「あの……謝りたくて。1年前のこと」
「ん? どうして優ちゃんが謝るの?」
「その……色々傷つけたかなって思って……」
真由美は私が「告白を断ったこと」自体に対して謝罪していると思っているんだろう。
そうじゃないんだ。私が謝りたいのは、真由美に対して「間違っている」、気持ち悪いといった差別的な目を向けてしまったことに対してであって……。
でもこの状況で何に対して謝りたいのか、具体的なことを口に出すわけにもいかずに、どうして良いのか分からなくなる。とにかく謝りたいという気持ちが全面に出てしまった。
「真由美は好きだったけど、優ちゃんは違ったんだよね。それはしょうがないことだと思うよ。どうして謝るの?」
改めて聞く「好き」という言葉……。
現在は過去形になっているが、真由美の中には確かに私に対する恋愛感情があったということか。
今になって男子と付き合って、やっぱり女子に恋するなんておかしいと本人が思っている可能性も十分にあると思っていたけれど……。
「いや……ごめん、こんなこと聞くのもどうかと思うんだけど、本当に私のこと好きだった? 今は男子と付き合ってるみたいだし」
「好きだったよ」
真由美は苦笑いした。
「……そっか」
今更聞くこととしてはナンセンスだと思う。
こんな失礼な質問に対して、悪い顔一つせずに好きだったと答えてくれる彼女を見て自責の念に駆られてしまう。
「同性を好きになったのは優ちゃんが初めてだったんだぁ」
「そうなの……?」
「うん。でも今思えば男子とか女子とかじゃなくて、優ちゃんだったから好きになったんだと思う」
「私、だから……?」
「うん。優ちゃんのおかげであの時は毎日が楽しかった。委員会の度に今日は優ちゃんと話せるんだってすごく楽しみだったし。……それが恋愛感情だって気が付いた時にはこういうことあるんだって戸惑ったなぁ。昔のこと言ってもしょうがないかもしれないど」
真由美も私と同じ様に、同性に恋をして戸惑ってたんだ……。
気持ちがバレたら相手に避けられてしまうかもしれない。そんなリスクの中で、告白に踏み込めた真由美にあって私にないものは何なんだろうか。
「そっか。……私あの時は全然真由美の気持ち考えられてなかった。異性との恋愛が当たり前だって思ってたから……だから、ごめん……」
「ううん、いいよ。しょうがないことだと思うし」
「勇気出して気持ち伝えてくれたのに、すごい素っ気なくしちゃって……」
「あはは、確かにすごい勇気出したかも! ……でも変に引きずられるよりバシっと振ってくれたからある意味良かったよ。気持ち切り替えられたというか」
振られたことで逆恨みするなんてよく聞くけれど、真由美は過去のことをこうしてポジティブに捉えられている。委員会が同じだった時はただのほわほわ系の女の子だと思っていたのに……。芯がしっかりしているというか、精神が成熟してるように思う。
「私は告白なんてできないから……すごいなって思う」
「なんで?」
「これまでの関係が壊れちゃう可能性があるから」
関係が壊れて修復できないことに私は恐怖を抱いている。
でも真由美は乗り越える心の強さを持っている。できる真由美と、できない私の違いはきっとそこにある。
「確かにそれはあるね……でもそのままにしてたらいつまで経っても関係は進まないから。真由美ね、物でも何でも欲しいって思ったらすぐ買っちゃうタイプなんだよね。ガラスケースに入れられてお預けを食うってことに耐性があんまりなくて……。手に入らないの、つらくない?」
「……手に入らないつらさ……か」
理絵が青山に告白されてすごいモヤモヤした。
モテるので告白されることなんてしょっちゅうの理絵。その度に耐えなければいけないんだと思うとつらかった。深瀬と仲良くしている理絵を観るのがつらかった……。
真由美の言ってることは分かる。でもそれ以上に関係が壊れることの方が私にとってはまだ怖い。
「後悔したくないんだよね」
「……」
「あの時、もっと勉強しておけば良い高校行けたのに習い事で忙しかったって言ってる人がいて……。その人は過去の後悔を習い事のせいにしてるけど、勉強しようと思えばできたと思うんだよね。結局できなかったことを他のことのせいにして逃げてるだけだって思う。そういう生き方、かっこ悪いなって」
「確かに……」
「優ちゃんに気持ちを伝えないと、真由美の中で後悔が残るって思った。同性だから、とか理由をつけて逃げたくなかった。だから告白したんだよ」
後悔という言葉が深く胸に刺さった。
今、理絵に告白しても、おそらく振られるだろうと思う。私が思いを伝えたところで何も変わらない。勝算のない試合なのは分かっている。
でも気持ちを伝えなかったら……。真由美の言うようにきっと後悔する。引きずってしまうと思う。
このままにはしたくない。ここで終わらせてしまいたくはない。
「今ある気持ちを大事にしたい」、そう思ったから私は翼の告白を「言わせない形」で断ったんだ。あれはずるいやり方だったかもしれない。
だからこそ、翼のためにも今の自分の心に決着をつかなければならないと思う。
怖い、怖いけど……。
私は理絵に――。
「優ちゃん、今好きな人いるんでしょ」
真由美はこちらを見てニコっと笑った。
「え、いや……」
「えーいないの?」
「……いる」
「やっぱり! 告白するの?」
「今の聞いて……告白しようと思った」
「……真由美は好きって思ったらすぐ告白しちゃうけど、正解はないと思うよ。優ちゃん次第だよ」
――『僕が言えたことじゃないけど、恋愛にデフォルトはないと思う』
真由美も、深瀬と同じようなことを言うんだね。
決めるのは私なんだ。私の人生だ。私が決める……。
とっくに飲み終わっているコーヒーに口をつけて、カップを傾ける。当然のように口にコーヒーは入ってこない。
「お待たせ……ってお!」
男の声がしたので見てみると、なんと徳永君が立っていた。
徳永君は冬休み中に私のバイト先のラーメン屋に、翼と一緒に来た野球部員である。こちらを見て口をOの字にしている。
「こんにちは」
なんの偶然か知らないけれど、とりあえず挨拶。
「卵かけごはんの人だよね」
「そういう覚え方されるとつらい」
「あれ、2人知り合い?」
私と徳永君を交互に見て真由美が言った。
「おう。この前ラーメン食べに行ったらそこで働いてて、春日井に紹介してもらった。真由美も知り合い?」
「うん。偶然会って喋ってたんだ」
見るからに徳永君は真由美と何か約束があって来た様子だが……。
「もしかして真由美の彼氏って徳永君だったりする?」
「そうだよ、あれ、知らなかった? 真由美たちのこと見たって言ってたから知ってると思ってた」
そう言うと徳永君の腕を取った真由美。
徳永君をどこかで見たことあるなって思ったけど、そういうことだったのか。真由美が彼氏と歩いている姿は目撃していたけれど、あの時の彼氏は徳永君だったんだ。その時は徳永君と知り合いじゃなかったから分からなかった。謎の既視感の正体が解けた。
「徳永君と知り合ったの最近だったから、同一人物だと思ってなかった」
「あー、一応認知はしてくれてたんだ。俺も春日井が優、優言ってるからどんな人かと思ってたけど紹介してもらった時、あぁこの人だったんだって思ったんだよね。顔は知ってたから」
「世界は狭い」
「狭いねぇ」
「ねー」
真由美と徳永君は見つめ合って笑った。なんか痒くなる。
「またラーメン食べにきてよ、今度は真由美と2人で」
「いいの? 結構うまかったよ、今度行く?」
「真由美ラーメン好き! 優ちゃんの働いてるとこ行ってみたい」
「チャーシューサービスしてあげる」
「やったー!」
会話がひと段落したところで私はカフェを出た。2人のカフェデートの邪魔になってしまうからだ。
夕日が街をオレンジに照らしていた。
気分は晴れ晴れとしていた。
真由美に謝れたこと、許してもらったこと、友達に戻れたこと。
今度ラーメン食べに来てくれたら、たくさんサービスしてあげよう。店長曰くサービスは俺にバレないようにしてくれ、とのことなので頑張る。
真由美の話を聞いて、理絵に思いを打ち明けようと思った。真由美は私次第だと言ったが、決意が固まった。結果は見えているけれど、後悔はしたくないから。迷っていた時よりも心の持ちようはだいぶ違う。達成に向けて動くんだという意思が私を強くしている。
問題はいつ、打ち明けるかだ。早いに越したことはないけれど、ここは少し考えたいところ……。
商店街を歩く。日も出ていてまだにぎわっている。時計を確認した。このまま帰るのもあれだし、バイト先にでも冷やかしに行こうかなっと思ったが、今日が定休日なことを思い出してやはりそのまま家に帰ることにした。
商店街を進んでいくと、ファミレスから出てくる深瀬を見つけた。
なんという偶然。今日はたくさん知り合いに会う日だ。声をかけようと駆け寄ろうとするが、足が止まる。深瀬が1人でなかったからだ。ファミレスから一緒に出てきたのは――店長だった。
休日に従業員とご飯か。深瀬と店長って結構仲良いんだ。果たして私も誘ってくれる日は来るだろうか。そのまま裏道に消えていく2人の影。一言くらい声かけておこう、と思い追いかけることにした。
裏道を覗いた時だった。
重なる2つの影を見て思わず立ち止まる。
深瀬と店長は手を繋いで、細い道を歩いていたのだ。繋ぎ方は深い絆を感じさせるもので、私は茫然とそこに立ち尽くすしかなかった。女同士で手を繋ぐことは結構あるけれど、男同士のものは見たことがない。
え、深瀬と店長って……。
でも深瀬は以前、恋人がいないって言っていたじゃないか、と思ってハっとする。
私が以前聞いたのは
――『彼女いないの?』
に対する返答だった。
まさか、彼氏ならいるってこと……?
それが店長……?
その時だった。視線に気が付いたのか深瀬が振り返ろうとしたので、私は咄嗟に走ってその場から離れた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
やばい、見てはいけないものを見てしまった。
……気が付かれる前に早くここから離れないと!
ひたすら走って家を目指す。心臓は大きく脈打っている。脳裏に焼き付いて離れない光景。走りながら周りの景色を楽しむ余裕なんてなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます