現れし、似通った少女の夢

「─────────ぇ」





 ふと、ある事・ ・ ・に気付いた鏡介の呟きは、前の──黒板側の廊下の奥から響いた、何かを叩きつけるような物音によりかき消された。


「──────ッ!」



 転瞬、ダン! と。



 椅子を蹴倒し、机に掌を打ち付けて、急に鏡介が立ち上がった。


 鏡介の席の周囲の生徒は何事かと目線を飛ばして来るが、先程気付いたそれ・ ・に関心を根こそぎ奪われている鏡介の耳には届かない。


 鏡介の奇行に対する不安の波紋は直ぐ様クラス全体に広がり、周囲の者はおろか、昴や桜羅すらも訝しげに鏡介の様子を窺っている。


 だが、矢張り気にした風も無く、ただ真っ直ぐに鏡介の視線は桜羅に注がれ続けている。




 正しくは、その────かお




 ──静謐な光を湛えた、両の黒い目。


 ──優しげな、垂れ目がちの目もと。


 ──虹架より少し長い程度の、艷やかな髪。


 ──今にも散りそうな、儚さを孕んだ顔立ち。




 顔作りが、否、背から何から、鏡介の目に映る桜羅の情報全てが。




 見つめられ、不安になった桜羅が問う。


「ど、どうしたんですか………?」


 ──だが。




 ────その、までもが。




「あ────」


 その息を吐いたのは鏡介か、それとも桜羅か。


 その瞬間、教室の前のドアが乱暴に開けられ、背の高い、茶髪の男子生徒──和輝が、息も切れ切れに突然として声を張り上げる。


 それでも、鏡介は突然の和輝の来訪にも動じず、視線は桜羅に向いたまま。そして、偶然にも和輝と同時に、だが正反対に掠れた声で──







「「───────『モカ』………なのか?」」







 知花にそっくりな容姿、知花にそっくりな性格、知花にそっくりな声………いや、この表現も適切ではない。


 最後に見たのは三年前とはいえ、この二人が見間違うはずもなかった。『そっくり』ではなく、




 『正真正銘』、鏡介達の幼馴染、桃倉知花だ。




 静かな教室の中で、鏡介と、突如入ってきた和輝の─────その問い。


 それを受けて、だが、当の桜羅は。


「え、…………………え? な、なんのことですか……?」


 ただでさえ、転校初日で緊張していただろうに。そこへ更に、これ・ ・だ。


 その桜羅の戸惑い様に、何かを察したのだろう。呆然とした様子の鏡介に代わり、和輝が問うた。


「アンタは………はぁ………も、モカじゃないのか?」


 未だ息切れ切れに、確認をする。


「? あ、は、はい? 『モカ』って人のあだ名か何かですか? ────で、でしたら恐らくは他人の空似かと……」

「超マジか………」


 そこまで言って、ようやく黒板の文字に気付く。


「えー不知火……桜羅。んぁ? ──どっかで聞いたよーな………」


 零した和輝の呟きを聞いてか、何故か桜羅が少し不満気に何かを言おうとして───


「おい響谷! お前、授業中になにしてんだ!」


 和輝を追ってきて、一組の担任である宮本修二が、先程の和輝の様にドアをバシンと開けた。


 和輝は野球部で、修二は野球部の顧問だ。自然、他の生徒より当たりも強い。


「他所のクラスに迷惑かけんな! ほら戻る!」

「ま、待ってくれ宮本先生! ちょっとこいつらと話があるんだ!」


 折角何かを掴めそうな雰囲気なのだ。仮に今が授業中であろうとなかろうと、こんなところで邪魔をされる訳にはいかない。


「宮本先生待ってあげて下さい。おいみんな! ちょっと自習しといてくれ!」

「渡辺先生……。分かりました。お前らちょっとこっちに来なさい」


 ただならぬ事情を察したのか、昴が修二を宥めてくれ、結局、一旦別の場所に移動してから話をすることになった。


 和輝は、魂が抜けた様に桜羅を見ている鏡介に近づく。


「おい、おーいコウ? ちょっと移動すんぞ」

「……あ、あぁ」


 未だ、意識が判然としていない風な様子の鏡介を、半ば引き摺って連れていく。



「……………」



 そうして、桜羅を連れ立っていく先生や、鏡介の腕を掴んで出て行く和輝達の背を、蒔菜はただ一人、複雑に見送るのだった。

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