来訪と、「そこ」に至る直前の夢

 一限目は物理で、担当は昴なので、生徒から質問攻めに遭いながら授業の用意をしている。


 この様子だと開始に間に合わないように見受けられるが、このクラスは『チャイムがなったときには何故か全員座っているクラス』なので問題ない。まだ五月なのに、その団結力は校内随一だ。


 鏡介は大体座ってボーっとしているので遅れたことは無い。


 その数十秒後にはチャイムが鳴るが、その時にはやはり全員着席していた。


「………言っとくが、もう高校生なんだから三分前行動は基本にしとけよ?」


 どれだけこのクラスの連中が化物じみたスピードで席に着こうが結局、教員としては、「もっと早く座っとけよ」と、そういう訳だ。


 クラスの生徒達は「解せぬ」といった表情だ。どうでもいい鏡介はうたた寝をし始める。


「んじゃー、二日空いたし、金曜の復習からするぞー。教科書は四○ページだ───おい、教科書を開きやがれ、一旦転校生は忘れろ」

「「うぇーい」」




 八時五○分、あと、十分ほどか。




「───おい二科寝るなよー。ここ答えてみろ」

「千三○○m」

「即答かよ………、まぁいいや。次だが───」




 九時四分。目安の九時を過ぎ、鏡介を除く全員が、サッカーのアディショナルタイムを観ているかの様な気持ちで授業を聞いている。




 そして、時計の長針が九時五分を指し示す頃、教室の前のドアが、「コンコン」と、控えめに二度ノックされる。


 一同に緊張が走り、昴も授業を中断して総出でドアを注視する。静けさは壁となり、外の風の音すら今は遠い。


 教室の中の、そのただならぬ気配を感じとってか、未だドアが開く様子はない。


「あぁ、どうぞ」


 不安に思ったか、一応昴が入室許可を出す。すると、さっきとは打って変わって、意を決した様にガラっとドアが開かれる。


 ただ、その決意も数瞬。転校生が顔を覗かせた瞬間、その注目具合に怯み、「失礼します」の声がかなりか細い。


 入って来たのは少女だ。それも、整った顔立ちの秀麗な美少女である。線は細く、華奢で、先程の声といい、あまり活発な性格ではないのだろう。


 蒔菜が快活な向日葵だとするならば、こちらは小さく儚いカミツレだろうか。


 同じく可憐でも、住処が、色が、意味が、そして在り方が違う二輪の花。


 ザワザワと、本日何度目かクラスが騒ぎ出す。


「きゃあ! あの人可愛い!」

「うっわ……、すっげぇ美少女! 連絡先──あ無理だな。分かる」

「席は!? どこ空いてる!? ───あー! そっちか!」


 もう同じてつは踏むまいと、お隣さん井 頭がまたも怒りだす前に昴が騒ぎを鎮める。


 そのまま──転校生の性だろうか──転校生が黒板に名前を書いていく。が、その文字にも性格が出ているのか、やはり文字は小さめだ。


 しばらく、カツカツとチョークの音が静かに響く。生徒達は皆、ただ無言で名を紡ぐその手を目で追っていた。


 しばらくして書き終える。


「……はい注目。───彼女は転校生の不知火しらぬい桜羅さくらさんだ」


 紹介を受けて、ペコリとお辞儀をする桜羅転校生。ただ、その名を聞いた生徒達は、揃って首を傾げた。決して、昴の声が聴こえなかったのではないし、その珍しい名前に頭の理解が追いつかなかったのではない。


 そして、これまで無関心を貫いていた鏡介もまた、その説明を聞いて初めて目線を前へ向けた。


 鏡介の席は窓際の後ろ。つまり、前には転校生に興味津々の生徒が大勢連なっており、そうそう顔は拝めない。


 鏡介にしては珍しく、どうにか桜羅の顔を見る為に体を左右に傾け粘り続けて数秒。 ───遂に顔がチラリと見えた。





「─────────ぇ」





 疑問か、否定か。この際どちらでも良かった。



 鏡介の消え入りそうな呟きを聞いた者は、興奮に湧くクラスメイトの中にはいなかった。

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