2章 生き写しの少女

五月の、不可思議な転校生の夢



 予鈴の音が鳴ってしばらくしても、教室の中は未だざわついていた。その後少しして、男性がドアを開けて入ってくる。途端に静まる教室。



 いや、………もちろん先生だ。



 担任の渡辺昴は、初めから静かであったかの様な教室に苦笑いし、次いでニィっと悪餓鬼の如き笑顔で、



 第一声は。



「あー、そうそう。今日から転校生来るから」

「「「!?!?!?」」」


 鏡介を除く全ての生徒が、否応なく驚愕せざるを得ない説明。


「嘘! 男子!? 女子!?」

「え!? 今廊下にいんの!?」


 『転校生』と聞けば当然か、性別が気になっている者。マンガとかのことわりだとかのたまって、混乱に乗じて廊下を見に行く者。「なんでそんな大切なコト教えてくれなかったの〜!」と、昴に詰め寄るカースト上位の女子生徒グループもいる。


 阿鼻叫喚のH Rホームルームに、隣のクラスからキレ症でお馴染み井頭いがしら先生の怒鳴り声が飛んでくる。


「また井頭がキレたぞー!」

「うわ! 急げ座れお前らっ!」


 先程昴の入って来たときと同じ、若しくはそれ以上の速度で席に着いて黙る一同。


 それを見て昴は、自分の仕掛けたサプライズの成功にしたり顔を、そこそこ長い自分の教師歴の中でも見たことない程の着席の素早さに今度は苦笑いを浮かべて「井頭先生すいませーん!」と一つ詫びを入れてから、咳払いをする。


 それだけで、教室の生徒の視線は一斉に昴に注目する。


 鏡介は先も今も、ずっと席に座って外を眺めていた。この学校は丘の上にあるため、眺めがとても良く、通行禁止になっている屋上では街を一望できる。


 いくら眺望が良いからと言って、普通転校生が来たら多少なりとも浮かれるものではないのかとお思いだろう。だが、鏡介の耳に昴の声は最初から届いていなかったし、その上『転校生が来たら浮かれる』とか、そんな概念は鏡介には無い。


 教室の(鏡介以外の)注目が集まったところで、昴は再び口を開く。


「あー……、転校生の件についてだけど、俺は別に隠してた訳じゃない。ただ、転校が正式に決定したのが先週だったから、伝えるタイミングが無かっただけだ」


 それを聞き、先も昴に詰め寄っていた女生徒が挙手して話しだす。


「いつ決まったんですかー!?」

「先週の火曜の放課後だ」

「タイミング三日あったじゃん!………あったじゃないですか!」

「それは先生のほんの悪戯ゴコロです」

「隠してんじゃん!!」


 昴のボケに、敬語も忘れ速攻でツッコミ返した女生徒。見てくれはまぁ良いし、なかなか芸人向きなようだ。今度陽太ボケ役と組ませてくれようか。


「転校生と聞きゃあ、君らが気になるのは当然『イケメン/美人かどうか』、だよな」


 陽キャな男子生徒が数人、力いっぱい頷く。その横では、ツッコミAと取り巻きBCも頷いた。


「先生は土曜日に初めて顔合わせをしたんだがな…………」






 溜める、






 溜める、






 溜める。






「─────すごいぞ」

「「「なにがっ!!」」」


 たっぷり五秒間溜めたあと、昴が言ったのは……小学生にも劣る抽象的な説明だった。


 結果、焦らされた高校生は当然納得出来ずに、また騒ぎ、また怒鳴られる羽目になる。


「九時頃になったら来るらしいから、まぁ心して待っとけよ」


 生徒たちの大ブーイングと、それを一身に浴びて尚面白そうな表情を崩さない昴。そんな雰囲気の中、それでも鏡介は一人で窓の外の景色の住人になっていた。

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