鏡介の、ずっとあった想いの形の夢


 そうして、渡り廊下を挟んだ東校舎の空き教室へ移動した鏡介と蒔菜は、窓付近の空いた椅子に掛ける。


 しばらく二人の間には沈黙が流れ、微妙な空気が生まれる。


 所在無さげに、そわそわしている蒔菜は俯き気味だ。


 一方で鏡介は、しきりに周囲を観察している。


 理由は───誰かが見てないか確認する為だ。


 一年生ながら、既に想いを馳せる者、玉砕する者が星の数ほどいたらしい蒔菜。その噂は、周囲と関係を持たない鏡介にすら風が運んできている。


 二つの美澤ファンクラブが、チャームポイントの違いで対立したほど勢力拡大しているらしい。この現場二 人 き りをファンクラブの連中にでも見られてみろ。ひとたまりもない。


 周囲の安全を確保した鏡介は溜息一つ、ついに話を始めた。



 ──俺はさ、と。



「別に一人が良い訳じゃない。でも、この後にでも美澤さんが事故でも通り魔でも死んでしまったら? ひと時でも楽しく言葉を交わした人間が、二度と会えなくなったら?」

「……! そ、それは……」


 先の想定通り、蒔菜は突如雰囲気の変わった鏡介の話に、返す言葉も無いようだ。そこで鏡介は更に畳み掛ける様に言葉を重ねる。


「美澤さんは友達が多いから、俺は悲しむ人の束の中の一人に映るかもしれない。でも、俺からしたら違う、一人でも悲しいんだ」


 独白のようなことを言っているうちに鏡介の中で、先程も感じた違和感の様な黒いモノが這い上がってくるのを感じる。


「それだから……?」


 一時逡巡したが、話を催促されたので考えるのは後回しにして話を続ける。


「あぁ、俺は必要以上に周りと関わらないようにしたんだ。俺はもう悲しみたくないし、あんな辛さ、他の人にも味わせたくない」




 ───本当にそうなのか?




 何かを感じる。




「つまり、もし美澤さんが亡くなったら俺が辛いし、俺が死んだら、これまで俺に好意を持って接してくれた人達が悲しむ」




 ───本当は逃げてるだけじゃないのか?




 これは……自分に語りかけられている様な。




「だ、だから、もう」




 ───死から目を逸らしているだけだろう?




「………さいんだよ……」

「え?」




「───うるさいんだよ! そうじゃない! 

そりゃ、モカがいなくて辛いし、寂しいよ!」

 止まらない。

「でも! 立ち直ったカズや、優しくしてくれた家族に弱さを見せちゃいけないだよ!」

 続く。

「悲し───かったけどっ! 今日もこうして!

気持ちを殺しているんじゃねぇかっ!」

 思わず、叫んだ。




 学校であることも、目の前に蒔菜がいることも忘れてこの瞬間だけは、ありのままの、素の鏡介の本音が口をついて飛び出た。


「モカだってきっと! 俺を恨んでるに決まってる! あぁそうだ、俺のせいで誰にも気付かれず死んでったんだからな! 大体あの時は──!」


 一度口から出ると、際限なく後悔が、懺悔が、自己嫌悪が押し寄せてくる。


 そうして後悔を吐露し続けて、ようやく現状を理解しだす。


 ここは、誰もいないとはいえ教室であること。始めは蒔菜を追い払おうとして話し始めたこと。


「あ……いや、…………ごめん」


 いつの間にか、鏡介の心のドロドロは消え去っていた。否、消さなくてはいけなかったのだ。


 恐る恐る見ると、眼前の蒔菜は、目を見開いて驚いた表情で硬直していた。


 鏡介が咄嗟に謝ると、ようやく硬直が解けたのか、慌てた様子で喋りだす。


「い、いや。良いの。大丈夫だよ。───わ、私で良ければいつでも話聞くよ?」


 蒔菜にそう言われ、その様子を想像してみる。これはさすがに───


「………いや、それはさすがにキツい」


 もちろん蒔菜の取り巻きではなく、鏡介の精神的な話だ。同い年とはいえ女に慰められるなんてまっぴら御免だ、とは鏡介のプライドである。


 それを聞き、蒔菜はふふっと微笑んで、


「そうだね。でも、安心したよ。二科君にも人を想う心があって」

「……俺をなんだと思ってたんだ?」

「えーと……彫刻、かな?」

「……? ははっ」

「ふふふっ」


 蒔菜は、快く受け入れてくれた。鏡介の、自責の念を聞いても、自己肯定の言葉を聞いても、見捨てないでくれた。


「なぁ美澤さん。俺さ、今から超嫌なこと聞く」

「ん? なーに?」

「その………死なないでくれよ」

「──! ……死なないよ。私まだ、この世に未練ありありだもの」










「ごめんな。結構時間取って」

「だから大丈夫だって〜もう」

 教室に帰って来た鏡介と蒔菜は、そう交わして自分の席へ戻った。




 知らぬ間に、朝のHRの始まる時間はすぐそこに迫っていた。

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