三年前、未だ引き摺る夢

「ねぇそれ、何て本? 私前から気になってたんだー!」


 やってきた蒔菜。天真爛漫に問いかけてくる。


 鏡介としても、教えない理由もメリットも無いので、ブックカバーを外して表紙を見せる。


「これだよ。へー、この前アニメ化したのか。─────────したんだよ」

「ふぅん………。二科君こんなの読むんだ。面白い?」

「あぁ。キャラが個性的で」


 本当は、朝に訪れるであろう暇を紛らわす為に、昨日朝食中の虹架の本棚から勝手に持ってきたものだ。


 題名なんぞ聞いたことないし、今言った情報だって、『祝☆アニメ放送開始!』の帯を見た際にたった今知った。


 鏡介自体あまり本を読まないので、まだ目次過ぎて二頁なのだが、それでも舞台設定が独特で良いと思うのは確かだ。


 死んで他の世界に飛ばされるなんてSFな設定、独特と思わなくてどうする。タイムスリップなら分かるが。


 とにかく、これで蒔菜の疑問も晴れ、ようやくどこかに行ってくれるだろう、鏡介はそう思っていたが。


「どの辺が面白い?」


 その質問は想定外だった。いや、実際十分あり得る質問だったのだが、まだ二頁しか読んでいない人に聞く質問では明らかにないために完全に読み違えたようだ。


 ただし、こういうのはあまりネタバレにならない程度に答えるのが常識のはず。それなら、ある程度ぼかした答えでも問題あるまい。


「えっと………主人公の成長、かな」


 無難中の無難。キングオブふつーな回答、だ。もはや冷たささえ感じる程の。


「そうかー。話してたらなんか気になってきちゃった。私も買ってみるよ!」


 ああ、是非そうしてみてくれ。そして読書でもしといて俺に近づかないでくれ。そう思う鏡介。


 だが、現実はそれほど上手く行くものではなかった。


「あのさ、あの、突然なんだけど───二科君ってさ。一人でいるのが好きなの?」





「……………………………は?」






 突然の話題シフト。これまでとは百八十度違う話に動揺する。普通、こんなにも角度の違うボールが飛んでくるのか。それとも女子と話していたら当たり前なのか、いやでも虹架はこんなこと無いし──という具合に、鏡介の脳内は大混乱だ。



「……ど、どうなの?」



 アンタにはデリカシーは無いのか! と言えるもんなら言ってやりたい。けれど、蒔菜の方も、いつもの無遠慮さはなりを潜め、心配がちな上目遣いの目線が、長いまつげから覗いている。


 適当にあしらうことは出来る。ただしその後が面倒だし、何より、いつも一方的に構って来るとはいえども、あの不安そうな顔を見てしまうと、そうはいかない気がするので却下だ。───なんとかならないだろうか。



 考えた末の鏡介は、真面目に重い話をぶつけて距離を作る作戦に出た。この際だしと、少し脚色付きだ。


「俺は……」

「あ、待った!」


 突然目の前に突き出された掌に、出鼻を挫かれた鏡介はやや怒り気味だ。なんというか、虹架以外の女子の相手がこんなにも大変だっただろうか。知花はもっと………


「────?」


 その時ふと、違和感の様なものを感じた。先程何について考えていたか自分でもよく判らないのだが……知花のことを思うからか? ──と、謎の感覚に、鏡介は惑わされる。


 ただ、そんな鏡介の様子を知る由もなく、蒔菜はいきなり会話を途切れ──そもそもまだ始めてなかったが──させた理由を明かす。


「な、なんか……、難しい話みたいだし、どこか静かなところにでも移動して、落ち着いて話さない?」


「あー………、静かなとこかー………」


 廊下から刺さってくるいつもの視線が……二人きりにでもなったら後ろから刺されそうなほどの熱量なのだ。ただ、それを蒔菜にはっきり言う訳にもいかないだろう。


「さ、あっちの空き教室でいい?」

「えーと……、まぁ、うん」


 仕方がない。通り過ぎざりにでも軽く釘を刺してから……そう思い、鏡介が廊下へ振り向くと、既に気配は消え去っていた。





 蒔菜と話す鏡介の監視が目的でないのなら、あの視線は──────陽太ストーカーだったのだろうか。

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