毎日の、煩わしいクラスメイトの夢

 ガラララっと、少々建付けの悪い教室のドアを開け中に入る。早く家を出た成果は、いつもより二十分早い時計が示していた。


 教室の中の生徒達は音にも気づかないくらい騒いでいて、全く見向きもしない。


 辛うじてドアの真ん前の女生徒二人だけがこちらへ視線をやったが、鏡介を見とめるなり直ぐ様自分達の世界へ戻っていく。


 クラスメイトから避けられているのは何となく自覚しているので、鏡介も気を留めることなく移動、窓際の一番後ろの自分の席に座る。


 鏡介のクラスの席替えは、先生曰く『気の弱い生徒にも自己主張性を高めさせる為』に自己申告制だ。


 口数の少ない生徒でも、そういう生徒同士で集まって仲良くなったりしているので、友だち同士で固まりたかったら誰の近くが良いかハッキリ言えと急かす訳である。鏡介的には、合理的で結構好きな考え方だ。


 ただ、鏡介には固まりたい派閥もクラスメイトも当然いやしないので、至極関係無い話だ。


 教材などの準備をして、席に座って本を読んでいると、鏡介の席の前に誰かが立つのが視界の隅に映った。


「二科くんっ。おはよう!」


 視覚の壁のような立ち位置になっている鏡介の本を半ば強引に除けて、鏡介の視界に少女の笑顔(+挨拶付き)が割り込んでくる。



「……………………」



 鏡介に応える気は無い。さっきも言ったが、陽キャとは馬が(鏡介から一方的に)合わないので、除けられた本を立て直し、読書を再開する。


 すると、諦める様子の無い少女は鏡介の周りをグルグル回りながら鏡介に話しかけていく。対する鏡介も、本に目をやっており鉄壁の布陣だ。



「なに読んでるの?」

「………………」

「それ面白い?」

「………………」

「…………返事してよぉ!」



 攻防の末、先に音を上げたのは少女だ。鏡介の席の前で憤慨したように声を張り上げる。もちろん、目の前で叫ばれている鏡介の耳は大ダメージだ。


 耳を押さえている鏡介の前で怒っているのは、クラスメイトの美澤蒔菜みさわまきなである。


 ふんわりとした艶のある黒い髪、庇護欲を煽る様な低い──女子らしい──背。あとはとにかく美人でスタイルが良く、人が良い。要はクラスの中心にいるような人間で、大勢に狙われているし、同時に慕われているという、鏡介とは真逆の世界の住人だ。



 鏡介が蒔菜に目をつけられたのは恐らく進級し、二年になった直後、クラスの自己紹介の際だ。


 数多のクラスメイトが趣味や自分のアピールをして、クラスに馴染もうと必死だったのに対し、鏡介は「二科鏡介。よろしく」で終わらせたのだ。


 鏡介の推測だが、このときの素っ気なさにでも興味でも持たれたんだと思う。


 鏡介にはつけ上がる気は無いが、周囲からすれば、クラス一の美少女に毎日話しかけられ、そして無視する鏡介は格好の的だ。まだこのクラスになって一ヶ月だが、すでに三通も、鏡介宛の恨みの文が届いている。


 知花一筋とはいえ、こうも蒔菜に接近されるといささか緊張(主に周囲に対して)する鏡介だった。



「ねー、聞いてるの?」

「はぁ………。なに? 美澤さん」

「あ! やっと話してくれた!」


  別に折れたのではなく、廊下側から一際強い恨みの視線を感じたためだ。さっさと要件を終わらせて退散してもらう腹づもりである。


 陽太といい、鏡介が我慢弱い訳ではないのだが、周囲の影響で折れざるを得ない状況が多い。真不本意だが。


「で、何か俺に用事?」



 ──陽太の様に『先輩の愚痴を聞いといて下さい』ならとても楽なのだが。そう思う鏡介だった。

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