坂道と、学校の登校風景の夢
五月十二日、月曜日。
いつもよりかなり早く起きたので、通学路の生徒の数はまばらだ。毎日迎えに来てくれる和輝には悪いが、生憎、鏡介は一時間弱も家で時間を潰す手段を持ち合わせていない。
談笑をしながら流れていく人の波に体を委ねながら歩く。
終わってから一週間経った今日でさえ、未だにGWの体験を話し合っている人達がいる。親戚に小遣いを貰っただの、あそこのカフェはおしゃれで素敵だっただの、休みの思い出を話し合っているようでしかしその実、互いに自己満足を得たり自慢をしたりと、鏡介にとって本当に下らない時間だ。
実際は、時間の過ごし方に関しては誰よりも無駄にしている自覚がある鏡介だ。
門へと続く坂道を登って行く。鏡介は微塵も感じていないが、桜並木の坂の上に学校が建っているという、結構青春小説っぽい学校だ。ここらへんは再開発された土地なので、学校もかなり新しい。去年『祝 設立五年』の幟が立っていたので、築六年だ。
案外、建築家の人がロマンチストなのかもしれない。
鏡介の通う
立地というか桜並木といい、建築家の人はロマンチストを通り越して乙女かもしれない。
なので、周りにいる一年だと思われる女子の中には「速くこの制服着たかった!」と友達に力説している輩もいたりする。
実際には、坂道はただ辛いだけ、桜なんて春以外はそこいらの常緑樹と変わんないし、制服も、いくら可愛くとも同じ服を着続けていたら二年目には飽きる。に、決まっているはずだ。
女子の感性はよく解らない鏡介だった。
そんな周囲の中身の無い話を聞き流し──暇つぶしに聞きはする──ながら坂を歩いていると、後ろから、明らかに止まる気の感じられない足音がこちらに向かってくる。
鏡介は溜息をひとつ。恐らく衝突事故が起こるだろうタイミングに合わせて身を右に傾ける。
「せーんぱいっ! おはy…うわあああああぁぁぁぁぁぁ!」
挨拶がてら鏡介にフライングダイブする気だったらしいその人は、避けた鏡介の左側で盛大にコケた。凄まじくコケて、地面と接吻を交わしていた。
左下から起こしてオーラを感じるが、知ったこっちゃない鏡介はそそくさと歩く。
「二科先輩! 無視しないでくださいよおぉ!」
数秒して、左後方からまたも絶叫が上がる。その大声に、周囲の生徒もこちらを注目しているのが視線で分かる。
鏡介は、五月蝿いヤツもオーディエンスもそのままにして正門を抜け、少し緩やかになった坂をまたしばし歩く。するとようやく建物に囲まれた所に出た。あとは一、二分歩けば靴脱場だ。二年の。
その『二年の』はずの靴脱場で。
「はぁ…はぁ…。やっと追いついた……」
「───ここ二年のトコだろ、お前はあっち行け。五月蝿い」
というか、『やっと追いついた』とか言っているが、鏡介はそんなに急いでない。こっちは無視すればいいだけだし。
「あっ! 今日初めて喋ってくれた! 出会って九分は新記録ですよ!」
「………知らん」
新種のストーカーみたいな発言をしたのは
茶髪気味の髪に、一つ下でありながら鏡介よりやや高い背丈。爽やかなイケメンとして、まだ五月にも関わらずに先輩方に評判らしい。
陽太は新聞部の期待の新人らしく、かなり顔が広い。すでに三年にも知り合いがいるらしい。
鏡介自身は「こんなやつに興味は無い」と思っていて、情報は全部和輝の受け売りだ。
あとゲーマーで、陽太と話していると、喋り方とかゲーマー用語とかが出てくるので正直、結構、いや、か な り ウザいのだ。
鏡介は休憩時間も別に何かをしている訳ではないので、特に時間を潰されると憤慨する気は無い。ただ、やっぱりすごく、五月蝿い。
今日はいつもより早く家を出た為に出くわしてしまったわけだ。──陽太に会うかもしれないというのは盲点だった。
「こんなに朝早くから先輩と会話できるなんて今日は幸先いいですねー」
見た目だけは爽やかな顔を見せ、心から嬉しそうに笑う。
「…………」
陽太は終始放置で校舎に入り、二年の教室のある三階へ上がる。流石に先輩達の中を突っ切って来る気は無いのか、陽太がぶつぶつ言いながら引き返していくのを感じる。
恐らく、陽太が鏡介に構ってくるのは先生達と同じで同情なんだろう。そう思いながら階段を上がる。
鏡介とて親しい人間はこれ以上作りたくないと思っていたが、その決まりが無かったとしても、陽太はあまり関わりたくない人種だ。
なんというか、鏡介は陽キャみたいな奴は基本いけ好かない。知花が居なくなる前から、つまり根っから鏡介は陰キャらしい。
「あぁ。そういえば、もう一人俺に構ってくる陽キャがいたなー」
思い出すだけで胃が痛い。突然の胃痛に顔を顰めながら階段を登る鏡介だった
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