大切な、大切な家族の夢  4

 冬華の説教から逃れた鏡介が、足音に振り返ると、洗面所から帰ってきていた虹架がテレビの前の冬華におはようを言った。


 そして「あ、そういえば」と、


「今日お父さん帰りに電気屋寄るから遅くなるってー」

と言った。


 二科家の父──二科光弦みつるは普通のサラリーマンだが、実積を積み続けて部長に登り詰めた努力の人で、半ば反抗期を抜けきっていない鏡介ですら尊敬する存在だ。


 いつも忙しく、朝五時少しには家を出る。言伝を貰ったのなら、虹架もその時間には既に起床していたらしい。


 電気屋には、例の壊れた固定電話を見に行った。


 見に行くだけで一日を使うのだから、如何に忙しいかが分かるだろう。今日品定めをして、またしばらくして、仕事のあとに時間が取れたら買いに行くようになるのだろう。


 光弦がとても忙しいのは知っているし、鏡介もたまには手伝いたいと思うのだが、そういったものに興味──これは知花がいるときから──が全く無く、どれが良いのかサッパリなので任せざるを得ないのだ。


 なかなか外に連れて行ってくれなかったし、休日の夜は酒臭かったが、なんだかんだで一家が尊敬しているのは確かだ。この間の結婚記念日に虹架が問い詰めると「努力家なところが……」と吐いていた。鏡介にとっては砂糖を食ったかと思う程甘い事この上なかったが。


「そう。んじゃ今日の夕飯は焼きそばかなー」


 冬華の献立の立て方は九分九厘気分なので、別に光弦が遅くなるとかは関係ない。


「その前に朝食は? 今日朝会あるから早く行かなきゃ」

「おー、適当に昨日の残り食っとけー」


 そのままソファに座り、ニュースを見だした冬華。もう朝会を作る気はなさそうだ。


 そんな母の態度は十余年の付き合いで心得ているので、昨日の夕食──焼きうどんだ。最近麺類ブームらしい──を冷蔵庫から取り出し、レンジに放り、何となくで温める。横では虹架が先を越されたのが悔しかったのか、頬を膨らませていた。


「怒んなって。子供じゃあるまいし順番くらい」

「いーもーん。どーせ子供ですぅーだ」

「それより朝から麺の現状に文句はないのか」


 リビングの方から「じゃー食べんなー」と聞こえてきたが、腹が減っているのは事実なので二人で優雅にスルーしてレンジを待つ。


 結構長くねぇか? と思いタイマーの表示を見ると、あと2分だった。これめちゃくちゃ熱いんじゃないだろうか。硬直した鏡介の目線を虹架が追い、タイマーを見て一言、


「もう開けていい?」

と聞いてきた。


「いや、あと20秒待ってくれ」


 再び虹架の頬が膨らむ。余程の腹空きかよ。





 話は変わるが、鏡介は自分がシスコンな気はしていない。


 ただ、あれ・ ・以降身内や知り合いには甘々なので、両親より年が近く、和輝より話す頻度が多い虹架の方がどうしても近い・ ・


 ……取り敢えず、虹架のその膨らんだ頬を指で潰してから頭を撫でる。意味は無い。


「うわっ、お兄ちゃんがシスコンに!」

「……人が考えてること的確に言うんじゃない」

「「えぇ…」」


 撫でるのはどうかなー、と虹架も冬華すらも思っていたが、鏡介の想い人がずっと変わらないのは分かっているので、まぁ許容だ。


 それに、虹架こそブラコンではない。もし鏡介がシスコンでも一方的になるので、鏡介と虹架の二人で両親にご挨拶、なんてことにはならないだろう。


「この前、伊月いつきにブラコンだって言われたから絞めた。お兄ちゃんには悪いけど最悪」

「非道い言われようだな。大銛クンといい、お前の人間関係どうなってんだ」


 伊月さんは虹架のクラスメイトで幼馴染だ。

 伊月は重い心臓病だった。一年前までは、だ。

寿命を待つだけだった伊月だが、移植手術で無事完治した。虹架とは二年振りに生活できるようになり、前以上に仲良くなった虹架一番の親友だ。


 性格──は関係ないんだろうが、虹架の周りの人は面倒見がいいらしい。最近どんどんわがままになっているので、あまり甘やかさないでほしいと思う鏡介だった。

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